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聞こえない弁護士 松田崚さん (後編) 幸せに生きる権利をつかむために

記事公開日:2020年04月11日

ろうの松田崚さんは、社会的に弱い立場にある人のために力を注ぐ弁護士です。松田さんが、進路に不安を抱える母校の後輩たちに伝授したのは「伝える力」の必要性。今回は、伝える力をさらに磨くための「模擬裁判」に挑戦します。生徒たちは、架空の事件をもとに情報を整理し、「相手に伝える力」を身につけることの大切さを学びます。白熱した松田さんの授業、後編です。

相手を見ながらわかりやすく話す力が大事

ろうの松田崚さん(29)は、旧優生保護法の被害弁護団の一員として活躍する弁護士です。

画像(ろうの弁護士 松田崚さん)

母校・山形聾学校で行われた松田さんの授業には、中等部から卒業生まで13人の後輩が集まり、聞こえる人とのコミュニケーションにチャレンジ。会話の方法を自分で考え、答えを導き出す大切さを学びました。

今回は「伝える力」をさらに深めるため、模擬裁判を行います。模擬裁判の題材は、ある架空の事件です。家がなく貧しい男性がマフラーを万引きしました。

画像(イラスト:貧しい男性がマフラーを万引き)

防犯カメラには、お金を払わず店を出る姿が映っていました。店を出た男性は、雪が降るなか、半袖で凍えています。

画像(イラスト:半袖で凍える男性)

弁護士、検察官、裁判官3つのチームに分かれ、それぞれの立場で主張をまとめ、発表します。

画像(弁護士、検察官、裁判官3つのチームに分かれた生徒たち)

松田さんは弁護士として働くなかで、自分の考えを正しく伝えられないために不利益を受ける人たちの姿を見てきました。そして、社会的に弱い立場にある人たちの主張を伝える代弁者として活動しています。

松田さん:わかりやすく説明すること、相手の心理状況を見ながらわかりやすくお話しする力がいちばん大事。いちばんというか、弁護士になった自分に必要だと感じたかな。(手話)

3つのチームに分かれて罪を考えた模擬裁判

生徒たちは、さまざまな事実や証拠をまとめ、わかりやすい主張を導き出せるのでしょうか。弁護士チームは、男性が罪を犯した背景を話し合います。

生徒:罪を軽くするためには理由が必要だよね。理由がないと罪が重くなると思う。(手話)

生徒:難しいね。

画像(話し合う弁護士チーム)

生徒:どう思う?

生徒:何で盗んだか?

なかなかポイントが見つかりません。

松田さん:何を悩んでいるのですか?

生徒:難しいです。

松田さん:実際はお金がない貧乏な人なんです。半袖で、家もなくて。

画像(生徒たちにヒントを出す松田さん)

置かれた状況に着目するよう、松田さんはヒントを出しました。

生徒:寒い冬に雪が降るなか、半袖で。

生徒:寒くて生きていけない状態だ。

寒さ、そして、お金がないという切迫した事情が見えてきました。さらに、男性の表情に着目します。

生徒:普通は黙ってこうやって、とって行ってしまうけど、この人は暗い顔をして盗んでいて、しかたなく盗んだような、申し訳なさそうな顔をしているから。本当は盗みたくなかったんじゃないかな。

画像(話し合う弁護士チーム)

生徒:本当はお金を払いたいんだけど、後で(お金を)渡すということもあるのかな?

寒さや貧困というポイントを主張としてまとめていきます。

一方、検察官チームです。

松田さん:カバンに入れて店を出ました。でも、男性は『盗んでいない、後でお金を払おうと思った』と言っています。(手話)

生徒:1回、お店を出ているから『後で払う』と言ってもダメだと思う。

生徒:防犯カメラがあるじゃん。カメラに写っているから証拠があるよ。

画像(話し合う検察官チーム)

客観的な事実だけを抜き出すことにしました。

生徒:マフラーで5000円は高いよね。

生徒:金額が高過ぎて払えなかったんじゃないかな。

生徒でも盗むのはダメだから。

生徒:貧乏でもルールは守らないと。

証拠がなく、不確かな情報は省きます。事実と証拠をシンプルにまとめていきました。

画像(検察官チームのノート)

いよいよ発表。まずは検察官チームから。

検察官チーム:マフラーを盗んだのは事実です。防犯カメラにも映っています。『後で払いにいく』と言っていますが、それは言い訳だと思います。盗むことはダメだと思います。貧乏でもしっかりルールは守るべきです。(手話)

画像(発表する検察官チーム)

今度は弁護士チームの発表です。

弁護士チーム:罪を軽くしたほうが一番いいと思います。理由はマフラーを盗むときに、普段は黙った顔をして盗むけど、この人は盗みたくない気持ちが顔に表れています。

画像(発表する弁護士チーム)

検察側は「盗んだ事実」を強調し、弁護側は「やむをえない犯罪」という点を強調。両チームの主張を受け、裁判官が判決を下します。

裁判官チーム:罪はどちらかといえば、軽いほうかなと思います。理由は、見ていると半袖なので、生活が苦しく、貧乏だからやってしまったんだと思います。

画像(発表する裁判官チーム)

自分の意見を説明できる力をつけよう

どのチームも、それぞれの立場から論点をまとめ、わかりやすく主張することができました。

松田さん:今後、みなさんが社会に出たとき、相手に対して説明する、伝えるということが増えていきます。そのときに自分の意見を説明できる力をつけてほしいです。感情的に話すだけでなく、きちんと考え、時間がかかってもいいから、意見を伝えられるようになると良いと思います。(手話)

生徒たちは、聞こえない自分たちが生きていく上での大切なことを学びました。最後は、松田さんからのメッセージです。

松田さん:今、旧優生保護法の裁判に関わっています。テレビで見たことはありますか?40~50年くらい前に、ろう者は子どもを産んではいけないということで、無理やり手術を受けさせられた。その手術を国が認めていました。

先輩たちの歴史を知り、その苦しみを伝えていくことは、自分たちの未来にも深く関わると考えています。

松田さん:私が関わった理由は、もしかしたら不妊手術を受けさせられていたかもしれないし、私たち自身が生まれていなかったかもしれないですよね。みんな一人一人、同じ人間であり、平等です。一人一人違うけれど、一人一人幸せに生きる権利があります。その幸せをつかまなければいけない。そのためには、まだまだ壁がありますが、それをなくすために、自分がどう動くかということを考え、動いていってほしいと思います。教えてもらうのを待つだけでなく、いろいろな場に行き、いろいろな人と会い、自分から学びとってほしいです。

画像(生徒たちにメッセージを送る松田さん)

先輩からのエールを受け止めた生徒たち。

奥山さん(介護施設に就職):聞こえる人たちの世界、新しい環境に入ることは初めてなので、いろいろ悩んだり不安に思うこともあると思うんですけど、自分の障害をしっかり相手に伝えて、働きやすい環境にしていきたいと思います。

画像

奥山さん

村田さん(大学生 就職活動本番):私は何か挑戦したいことがあっても、周りの目が気になってしまったり、『自分には無理だろう』とあきらめたりすることが多くありました。今日教わった、自分から行動して、たくさんの人と出会い、たくさんの場所に行って、自分の考え方を広げていきたいと思いました。今日はありがとうございました。

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村田さん

松田さん:長い時間お付き合いいただき、ありがとうございました。これからぜひ、今日の授業を思い出して、これからも元気に楽しく生活していってほしいです。ありがとうございました。

聞こえない弁護士 松田崚さん
(前編)「伝える力」を磨いて不安を解消する
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※この記事はろうを生きる 難聴を生きる 2020年4月11日(土曜)放送「聞こえないセンパイの課外授業 ろうの弁護士 後編」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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