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治療、その先へ 児童・思春期精神科病棟の現場から

記事公開日:2022年02月09日

福岡県久留米市にある精神科病院・のぞえの丘病院には、子どもの入院専用の「児童・思春期精神科病棟」があります。入院しているのは、いじめや虐待などで心に傷を負っている子どもたち。心理士や看護師、栄養士など、さまざまな専門スタッフに見守られながら治療を受け、退院を目指しています。子どもたちは何に苦しみ、どう退院していくのか。奮闘する現場を見つめます。

社会に戻るきっかけをつかんでほしい

およそ30人の子どもたちが入院する、のぞえの丘病院。児童・思春期病棟の一日は、院長の回診から始まります。子どもたちの多くは不安定な養育環境などから、暴力や自傷行為に及んだ経験があります。
毎朝、子どもの細かな変化を見つめ、不安の声に耳を傾けます。

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回診する院長

病棟ができたのは2019年。きっかけは、母体となる精神科病院に入院する子どもが増えたことでした。

病棟では「暴言や暴力は禁止」「人のものをとらない」といったルールを設け、人間関係を築いていきます。自分や周りを傷つけてしまうときにはスタッフが寄り添い、思いを受け止めます。

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病棟に貼られていたルールの張り紙

自分の気持ちをことばで表現できるようになると、自由に過ごせる時間が増えていきます。目標は3か月での退院。入院が長期に及ぶと家庭や学校、施設などへの適応が難しくなるからです。

院長の堀川直希さんは言います。

画像(院長 堀川直希さん)

「こうすればもっと人とうまくいくんだっていう体験を積んで、それが自信になって、『人との関係ってこんなふうにすると心地いいな』とか、『ちょっとは信じてみようか』とか、少しでも感じ取ってくれて、社会に戻るきっかけになればいいなと思っています」(堀川さん)

思いを分かち合うホームルーム

この病院が力を入れているのが、毎週行われる集団療法「ホームルーム」。精神科医や看護師、公認心理師などが同席するなか、年の近い10人くらいのグループで自由に話し、困っていることや気になることなどを分かち合います。

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ホームルームの様子

臨床心理士(公認心理師)の稲永要さんは、子どもたちが入院した背景などを細かく把握した上で、それぞれのことばを引き出します。

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臨床心理士(公認心理師) 稲永要さん

稲永:入院前に、『こんなことがきつかった』とか、でもそのこと『言うに言えんな』っていう気持ちとかあったりせん?

ともや(仮名):友だちは親に制限されずにLINEとかできる。(自分は)ネットも見れんかったし、(親に)常に何をしているのか、携帯で何をしているのか見られてる。それがいややった。

稲永:周りの家に比べてうち厳しいなあとか、強く感じてたところはあるよね。

時には、虐待など過去の苦しい記憶を思い出すことで、落ち着かなくなったり、攻撃的になったりと不安を見せる子どももいます。
稲永さんは、こうした変化を見逃さず、子どもたちに声をかけます。

「過去を思い出すと、きつくなって当然。病棟に帰ってからもきつい人は、いつでもスタッフに言ってほしい。」

ここで子どもたちが話したことばは、主治医や看護師などのスタッフにも共有されます。ふだん見られない子どもたちの様子を知ることで、治療の進め方を確認していきます。

“ことばにすること”を大切に

3週間後のホームルームです。

活発に発言する、中学3年のともやくんは今回が2度目の入院です。ゲーム依存で課金がやめられず、家族に暴力を振るうこともありました。

稲永:ともやくんは今後の予定、どんなふうになってると?

ともや:家族面談で「16日に退院しよっか」って主治医に言われたときに、おれが「まだ退院せん」って言った。

稲永:それはどんな思いで?

ともや:そのとき退院しても、うまくいくような気がせんかった。

入院当初、ともやくんは気持ちをことばにするのが得意なわけではありませんでした。

画像(ともやくん(仮名) 中学3年)

「ホームルームは、最初は『意味ないんじゃね』って思ってたけど、でも、みんなの本音が聞けるっていうか、そこできつくなる人もいると思うけど、『たしかに』ってなるときもあれば、『そうは思わんな』って思ったりするときもある。あとはアドバイスっていうか、『自分やったらこうする』っていうのを話し合うことで、みんなの知識が増えるからいいんじゃないかなって」(ともやくん)

「うちは基本的に“ことばにすること”をとても大事にしています。ことばにできないものが、いろんな行動暴力になったり、症状になったり、自分を傷つける行為になったりする。その大元にある気持ちをことばにしていけたら、そうならずにすむかもしれない。1対1の関係だと、自分のきつさ自体が自覚できなかったり、何に困っていたとか、何にイライラしていたのかわからなかった子が、いろんな人から『実は親にこんな思いがあったんだ』と聞くと、『あ、(自分も)ある』となって、『実は自分もそういうところがあったんだ』とようやく気持ちがことばになることもあります」(臨床心理士(公認心理師)稲永さん)

画像(臨床心理士(公認心理師)稲永要さん)

状況を変えるために気持ちを伝え続ける

児童・思春期病棟では毎朝、全職種のスタッフで、治療の進め方や、退院の時期などについて議論します。退院しても、壁にぶつかり、再入院してくる子どもは少なくありません。

画像(総合診療会議の様子)

病院には、退院後を見据えて院内学級があります。近隣の学校から先生が派遣され、治療の合間に勉強を教えています。

中学2年生のあおいさん(仮名)は、一日でも早く元の生活に戻りたいと、授業を受けています。
生まれてすぐ乳児院に入り、2歳から児童養護施設で育ちました。中学に入ってから、大人が手をつけられないほど暴れたり、授業中に飛び出したりすることが続き、入院することになりました。ここに来てからは落ち着いて過ごせていますが、ホームルームではまったく口を開きません。

画像(あおいさん 仮名・中学2年)

なかなか口に出せない本当の気持ち。あおいさんは、毎日自分のことばでノートに書き続けていました。

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あおいさんのノート

入院から約2か月。あおいさんの退院の日が近づいてきました。帰る先は2歳から暮らしている児童養護施設です。施設に戻って、これまでと同じ学校に通い始めるつもりです。

しかし施設側は、退院したら新たな環境で再出発するために、転校させたいと考えていました。あおいさんは、施設の園長と面談をすることになりました。どうすれば施設側に自分の思いを伝えることができるのか。看護師の堤千佳子さんが相談にのります。

画像(あおいさんと看護師の堤千佳子さん)

堤:もう面談で話すこと書いてるやん。自分で考えたの?すごい。

あおいさんが見せてくれたノートには、学校で落ち着いて授業を受けるための対策などが、びっしりとつづられていました。

堤:1か月頑張ってみて、それでもだめなら転校する?その1か月、頑張る目標みたいなのはあるの?

あおい:教室に入る。授業を受ける。

堤:それ、ここに書いておこう。たぶん聞かれるよ。ちゃんと自分のことばで伝えたら、きっと伝わるんじゃないかな。いま言わないと、「やっぱりこうだった」ってあとで後悔しちゃうのはもったいないから。

5日後。病院スタッフの立ち会いのもと、あおいさんと施設の園長の面談が始まりました。希望通り同じ学校に通えることになりましたが、予想外のことが告げられました。

退院したら施設に戻れると考えていたあおいさん。しかし、施設の園長は、施設に戻る前に児童相談所の一時保護所で、あおいさんが落ち着いて生活できるか確認させてほしいと伝えました。

画像(あおいさんの退院後の予定の図)

あおい:児相は関係あるの?せっかくここで頑張ったのに…。(施設は)なんか、自分の家みたいな感じ。ずっと小さいころから暮らしてきたから、急にほかの施設(一時保護所)になるのは…。

面談では思い通りにはいきませんでしたが、施設の園長に自分の気持ちを伝えることはできたといいます。

あおい:きょう(施設に)電話して、「言っても変わらないことはあるけど、これからも気持ちを伝えてね」って言われた。伝えられる。いまなら伝えられる。続ければずっと伝わるようになる。

あおいさんは、入院したまま、施設に外泊する機会を作ってほしいと願い出ました。自分の変化した姿を見せれば、退院後そのまま施設に戻れると考えたからです。

院長:ちゃんと自分の気持ちを伝えられるようになってきてるじゃん。僕はすごく変化してると思う。(施設の)スタッフにも安心してもらおう。

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あおいさんと話す院長

施設で1泊したあおいさんが帰ってきました。

あおい:「いったん児相に行って」って言われた。言っても変わらん。なんもかんも言っても変わらん。「気持ちを言って」っていうのに変わらん。「変わらん部分もあるよ」って言われたけど、変わらんすぎる。

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あおいさん

堤(看護師):なんか表情がかたいなと思った。帰ってきたとき、笑顔がないなと思ったけん。今後の不安とか「本当は自分の気持ちはこうなんだ」っていうのがあったらノートに書いてもいいし、教えてもらったら伝えることもできるけん。また教えて。

あおい:伝えても変わらんけん。

堤:でもそこをバンって切っちゃったら、施設に帰ったときとか、今後がまたきつくなるやん。私もできる限りあおいさんの気持ちを伝えたいし、「こういう気持ちがあるんだよ」って伝えることでも、意味はあると思う。いままでみたいに気持ちをノートに書いて伝えるっていうのは、継続してほしい。

治療の先へ進む子どもたち

退院の日。あおいさんの最後のホームルームです。入院してから3か月、初めてホームルームで自分の話をすることができました。

心理士:あおいさんがきょう最後の参加なので、なにかみんなにメッセージありますか?

あおい:頑張ってください。

参加者:(拍手)

結局、児相の一時保護所には行くものの、1泊だけで施設に戻れることになりました。2週間後、あおいさんが、外来の診察に来ていました。

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あおいさんと看護師の堤千佳子さん

堤:どう?トラブルとかは?

あおい:ない。たぶん。

堤:たぶん?ほんとに?自信なさそうやけど。いま暴れてない?

あおい:うん。

堤:おー。なんか我慢してんじゃない?

あおい:学校は担任の先生とあんまり合わない。

堤:担任の先生と合わないんだ。何が合わないかがわからない?勉強はついていけてる?

あおい:してない。

堤:学校行ってないの?

あおい:行っとうけど、ずっと保健室。

堤:そっか。髪切って、ちょっとお姉さんになったんじゃない? もう入院したくないでしょう?

あおい:うん。

堤:うん。それでいい、それでいい。

※この記事はハートネットTV 2021年11月29日放送「治療、その先へ 福岡 児童・思春期病棟の現場から」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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