じっくり観察してみると、いつもとは違った世界がみえてきたり、実はいろんな音に囲まれていたり・・・
障害のある人たちが、日常風景や家族への思いなどをつづった詩を紹介する展覧会「NHKハート展」。25回目となる2020年の入選作品から、作品に込められた思いや作者の人となりなどをお伝えするシリーズ。今回は、読んだ人の世界観まで広げてくれるような、「観察する」ことから生まれた詩を2点ご紹介します。
詩「あさのおと」をイメージしたイラスト
「あさのおと」 すー
とんとんとんとん
「おきるよ」
「んー」
どんどんどんどん
ピー
きゅるきゅるー
がっちゃーん
きゅるきゅるー
がっちゃーん
ぱくぱく
ずずっ、ずずっ
ごっくん
あー、うまかった
「質問はイエスかノーで答えられるようにお願いします」
詩「あさのおと」を書いた岩里武洋さんは、脳性まひのある、中学3年生です。作品に込められた思いを取材しようとしたところ、母親の一理さんから、冒頭の言葉を伝えられました。
左より 岩里武洋さん、母・一理さん
理由は、武洋さんが文字盤を使ってコミュニケーションを取っているからです。文字盤とは、「あいうえお表」のようなもので、本人の視線や発声などの合図によって、どの文字を指しているかを読み取り、それを積み重ねることでコミュニケーションを図るのです。会話をしたり文字を書いたりすることが出来ない人のための意思伝達装置です。
武洋さんが使用している文字盤
難しい質問をしてしまうと、時間がかかり、読み取る側の一理さんにも負担をかけてしまう。でも、イエスかノーかで答えられる質問だけで、詩の背景にある武洋さんの思いを理解していくのも難しい…。
武洋さんが描写したのは、どんな様子なのか?なぜ音だけで表現しようとしたのか?
普段、どんなことを考えて、どんなふうに過ごしているのか?
知りたいことがたくさんあることを一理さんと武洋さんに伝え、ご理解いただいたうえで、イエス・ノーで答えられない質問をさせてもらうことにしました。すると、思いもよらない答えをたくさん聞くことができました。
「とんとんとんとん」は、朝、一理さんが武洋さんを起こしにやってくる足音。詩で描かれていたのは、1人で自由に動き回ることの出来ない武洋さんならではの、朝起きてからご飯を食べるまでの日常風景でした。
朝 エレベーターで移動する様子
武洋さんは、こうした自分の日常を「ふつうじゃ考えつかない生活」だと言いました。そして、歩く、食べる、話す、など生活のほとんどすべてに介助が必要な自分の生活を、いろんな人に知ってほしかったのです。
取材を進めていくなかで、一理さんを戸惑わせてしまうことがありました。「武洋さんは自分の障害をどのように受け止めているのでしょうか」という質問をした時のことです。
「その話をすると、重苦しい空気になってしまいそうで・・・」(一理さん)
今回の取材は、新型コロナウイルスの影響で非常事態宣言が出ている最中、電話やメールだけでのやりとり。お互いの顔が見えない状況で、家族どうしの関係性もよく分からないままに踏み込んではいけない質問をしてしまったと反省し、謝りました。
すると一理さんは、「これまで様々なコミュニケーションツールを試してきたが、どれもうまくはいかなかったこと」、「文字盤でのやりとりには時間がかかり、お互いにストレスを感じてイライラしてしまうことも少なくないこと」、「(武洋さんには)普段いろんな気持ちをため込ませてしまっていること」などを打ち明けてくれました。武洋さん自身もご家族も、「ふつうじゃ考えつかない」もどかしさや悔しさを抱えてきたのだと知りました。
そんな岩里さんご家族の関係性に変化をもたらしているのが、武洋さんの詩です。
武洋さんが詩を書くようになったのは、中学生になってから。国語の担任の先生に勧められ、パソコンのコミュニケーションソフトを使って1人で書くようになったそうです。
音の表現だけで詩を書いたのは、武洋さんの障害特性に関係があります。自力で好きな場所に行くことが難しい武洋さんは、いつも耳を澄まして周囲の状況を観察しているのだそうです。そんな武洋さんならではの、独自の表現方法だったのです。
武洋さんが非常事態宣言中に書いた詩を、一つご紹介します。
「休校中」 ひまだ
カタカタカタ
ピーンポーピーンポー
あそぼ!
ざーあざー
がたがたがたがた
カチャンカチャン
かたかたかたかた
ああ たのしかった
これは、武洋さんの弟・泰幸さん(中1)の友だちが家に遊びに来て、ベランダにござを敷き、ゲームで遊んでいる様子。武洋さんは、一緒に遊ぶことが出来ないので、家の中から1人眺めていたそうです。「ああたのしかった」は、弟と友だちの声。
武洋さんは、例えば「うらやましい」とか、「つまらない」など、自分の気持ちを詩に書くことはありません。
でも、こうした詩をきっかけに家族どうしのコミュニケーションが深めることが出来るようになってきたと、一理さんはうれしそうに語っていました。
岩里さん家族
毎日一緒に過ごしている家族どうしだからこそ、話しにくかったこと。お互いに思いやり合っているからこそ、打ち明けられずにため込んできた思い。家族のあいだにあったコミュニケーションの壁が、武洋さんの詩によって、少しずつ解消されつつあります。
「みずたまりのみずお」をイメージしたイラスト
「みずたまりのみずお」 ピカーン!
ぼくたちのはだは、
なんでも、うつすぜー!
青空も、たてものも
でんしんばしらも、
きみの顔も、
すべてうつすよー!
長野県松本市にある松本盲学校に通う中原琴乃さん。
好きなことは絵を描くことです。
中原 琴乃さん
琴乃さんは、未熟児網膜症により右目が義眼、左目はご本人いわく「若干ぼやけている」そうです。
この詩がうまれたのは、担任の先生が考えてくれた特別授業がきっかけでした。校内の身近なものを観察して写真に撮り、そこに言葉をのせるという授業です。
普段は、白杖を使って歩くことに必死だという琴乃さん。この授業を通して初めて、身近なものをじっくり観察するようになったと言います。
「葉っぱとかお花を見てると話しているような感じに見えるときもある」(琴乃さん)
琴乃さんは、授業を通して「すべてのものが生きている」ということを感じるようになりました。これまで書いてきた詩には、身近にあるものの生き生きとした声が綴られています。
「朝の会」の写真
「朝の会」 ピピピー! はい、せいれつ! 今日の目標 はい、以上、おわり
番号、1、2、3
「かがやくこと!
おひさまをあびたもん、勝ち」
「ぼさお」の写真
「ぼさお」 きりかぶから ぼっさ、ぼっさ
ぼさおが
ぼさ、ぼさ
とびだすで~
琴乃さんにとっては、水たまりをじっくり見るというのも、初めての新鮮な経験でした。
授業で実際に撮った「みずたまりのみずお」の写真です。
「『みずたまりのみずお』に出会って、まわりを見たら違う世界が広がっているなって自分は感じたので、自分の詩を見た人にも、世界が広がればいいなと思っています」(琴乃さん)