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コロナの向こう側で(1) “全員が障害者”で見えたもの 熊谷晋一郎さん

記事公開日:2020年06月05日

新型コロナの影響で大きく変わってしまった社会。私たちはいま何を大事にして、どう歩いて行けばいいのでしょうか。東京大学の研究者の熊谷晋一郎さんは、脳性まひの当事者として、人のつながりや、差別・障害者をめぐる問題がよく見えてきたと言います。顕在化したさまざまな社会問題について、解決のためのヒントを伺いました。

コロナによって起きた“総障害者化”

小児科医で東京大学の研究者・熊谷晋一郎さんは、脳性まひの当事者として、障害がある人と社会のあり方について幅広く情報発信してきました。今回、熊谷さんは新型コロナの影響で生活が大きく変わったと言います。

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小児科医/東京大学 先端科学技術研究センター准教授 熊谷晋一郎さん

「ストレスが増す部分と、ストレスが緩和している部分と両方感じています。私の身の回りのことは、トイレに行くときとか、お風呂入るときとか、自分ひとりではできないことがかなり多いですから、介助をしてくれる人と密接な距離で関わり合わなければ生活自体が止まってしまう。そういうなかで“3密”と言われても、(3密を避けるのは)簡単ではありません」(熊谷さん)

一方で、在宅勤務によって通勤のストレスが軽減されたり、これまで入りにくかった憧れのレストランが弁当を始めたので食べられるようになったりと、小さな楽しみも増えてきたと言います。
社会そのものが大きく変化したなか、熊谷さんが気になっているのは、“障害者は誰なのか”ということです。

「体が平均的な人と違うから障害者ではなく、その時々の社会環境に体が合っていない人々のことを障害者と定義します。体が変化しなくても社会が変化すれば、昨日まで障害者でなかった人が、ある日、障害者になることは起きるんですね。そういう考え方のことを“障害の社会モデル”というのですが、これほどまでに急激に社会が変化すると、大なり小なり全員が障害者になったと言えます。みんな不便を感じているはずです。社会環境が自分のニーズを十分に満たしてくれない状況あるという意味で、社会モデルの観点からすると、総障害者化が起きたのです」(熊谷さん)

画像(誰もが不便を感じる“全員が障害者になった“(イメージ))

誰もが不便を感じる今、全員が“障害者”になると何が起きるのでしょうか。

「潜在的にはみんながこれまでにないほど不便を経験しているのだから、連帯のチャンスです。自分と同じようにしんどい思いをしている人がたくさんいるということでチューニングすれば、連帯に向かうと思うのです。でも一方では、総障害者化の状況では、みんな余裕がなくなります。みんな余裕がなくなる延長線上には、自分以外の人々よりも自分のニーズを大切にするという形で、他者を排除する方向に総障害者化が向かっていく可能性ももちろんあります」(熊谷さん)

誤った知識が差別を生む

人々が連帯ではなく排除に向かうと、差別も起きやすくなると熊谷さんは危惧します。

「コロナ下の差別の問題と深く関係している研究があります。人間が差別するのは、多くの場合は“何々さん”という具体的な名前ではなく、カテゴリー名です。例えば“コロナ感染者”というカテゴリーとか、“障害者”というカテゴリーとか、その人々を束ねるカテゴリー名で差別します。『本人の自己責任でその属性になったんでしょ』と、間違って信じられている属性。本人ではどうしようもない様々な偶然性や社会のプレッシャーによってその属性に押し込められているにもかかわらず、あたかも本人の選択でその属性に陥ったと過度に間違って信じられている属性は、差別の対象になりやすいという知見があります」(熊谷さん)

画像(人が差別するときはカテゴリー名で差別する)

熊谷さんが特に心を痛めるのは、感染した人が謝罪する場面です。

「感染症はどんなに気をつけていても、かかるときはかかるというのは明らかです。自己責任=その人のせい、という問題ではありません。これは明らかに“自己スティグマ”です。自分でその属性を恥ずかしいと思う気持ち、申し訳ないと思うことを自己スティグマと言います。自分で自分を差別するという意味です。『感染症になってごめんなさい』というのは、自己スティグマのわかりやすい例です。自分を差別してしまうことは、社会の中に差別がまん延していることのある種の証拠だと思います」(熊谷さん)

そして、差別の根底にあるのは“間違った知識”だと熊谷さんは指摘します。

「差別は、ベースには間違った知識が影響しているわけです。正しい知識で差別が起きることはないです。誤った知識の上に差別心が生まれます。ですから、どのように正確な情報を提供すれば差別がなくなるか、ぜひ一緒に考えていけたらいいなと思っています」(熊谷さん)

アジャイルな社会が問題を解決する

分断か連帯か、そのためには“知ること”が大事。熊谷さんが特に知ってほしいのは、人によって新型コロナの影響が異なることです。

「感染症のインパクトの大きさの度合いは人によって違います。これまで存在していたマジョリティーとマイノリティーの間のギャップが、より広がった部分も多くあります。例えば障害があると、“3密”という言葉が人口に膾炙(かいしゃ)していますが、人とは2メートル以上距離を開けなさいと言われても、お風呂にはいるとき、着替えるときは、2メートル距離が開いては何もできないわけです。そういう意味ではケアをしなければ、とても感染症に対して脆弱(ぜいじゃく)な状況です。感染症の被害を受けやすいという意味で、より脆弱な人とそれほど脆弱じゃない人が歴然といる。そこに格差が生じています」(熊谷さん)

熊谷さんは脆弱さの格差が、実際に命の選別につながり始めていると言います。アメリカのある州では、医療資源が足りない場合、重度の知的障害者などは人工呼吸器をつける優先度が低いことがあるとされ、議論が巻き起こりました。

画像(脆弱さの格差がある(イメージ))

「有限な医療資源のなかで、より脆弱な人へ医療を提供しなければならないというのが大筋の合意です。重症な人に、より濃厚な医療資源を分配しようというのは、脆弱性の原則で行っているわけです。ところが世の中を見ていると、例えば高齢者や障害者には分配しないという主張があります。優生思想という、救うべき命、価値のある命と、救うほどの価値のない命という線引きをしてしまう間違った考え方や実践、例えば障害があるというだけで命の価値が下がるといった元々存在していたものが顕在化したと思います」(熊谷さん)

そうした流れに、どう対抗するのか。熊谷さんは、国連が5月に出した報告書にヒントを見つけました。

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2020年5月に国連が出したレポート

「国連の事務総長が声明で、パンデミック下において障害がある人々をどうインクルーシブに治療するか、そしてアクセシビリティーを保つかという指針の文章を出しました。文章を読んで、非常に目にとまった一文があります。“アジャイル(Agile)な社会”という表現がされていて、アジャイルとは機動性が高いという意味です。何か不測の想定外のトラブルが起きたときに、迅速にそれを把握して、立て直す組織のことを“アジャイルな組織”と言いますけど、アジャイルな社会を実現する、こういった障害の問題にも対応できるということは、コミュニティーの試金石だと。そういうことが書いてありました」(熊谷さん)

そのうえで、人々が多様化している社会において、困難を解決するには、ボトムアップであることが必要だと熊谷さんは考えます。

「コロナが始まる前から人々は非常に多様で、障害がある人もいれば、ない人もいる。男性もいれば女性もいる。LGBTの方もいる。それぞれの現場で、他の人には思いつかないような困りごとを抱えているわけです。たぶん誰一人として全貌は知らない。強権的なリーダーが1人いて、その人の指揮系統でうまくいくわけではない。こういった非常に多様な困りごとが多様に分散している状況では、指揮系統を現場に移さなければならないということが“アジャイル”の意味することです。トップダウンではなくボトムアップです。現場から声を吸いあげて、そこから組織全体が絶えず学習して、そして適切できめ細やかな対応をとっていく、それがアジャイルという言葉がイメージするものだと思います」(熊谷さん)

今こそ差別のない社会について考える

熊谷さんが発信してきた言葉に、「自立とは依存先を増やすこと」という言葉あります。今こそアジャイルな仕組みで、この精神を守ることが大事だと語ります。

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熊谷晋一郎さん

「自立している状況というのは、何者にも依存しないのではありません。少数の者に依存するのも違います。なぜなら少数の者から裏切られたらひとたまりもないから、それは自立とは言えないわけです。そうではなく、ひとつのものから裏切られても大丈夫なほどに、たくさんのものに依存している状況が、自立するためにとても重要だというのが、これまで発信してきたことです。確かに感染症ということだけを考えると、経済活動も停止して、ステイホームで、依存先も広げないほうがいいですが、感染症だけで私たちは生きているわけではいりません。そんなことをしていると、むしろかえって生きられなくなる人たちは実は多いと思います。そういったことは、きめ細やかに考える必要があって、これは多分、障害だけではないです。子育てや介護を含むケア全般の依存先を増やすことも、この半世紀大切にしてきた方向性です。それは引き続き重要だと思います」(熊谷さん)

新型コロナの前から取り組み続けてきた社会問題について、この機会に多くの人にも考えてもらいたい。それが熊谷さんの希望です。

「多様な人々が平等に生きられる社会、そして差別のない社会という問題にずっと取り組んできましたので、その問題は引き続き変わらないと思います。ただ、より一層、顕在化してくる部分があって、それまではあまり目立たなかった格差とか差別が、このコロナの状況のもとで拡大されることは間違いなくあります。連帯にいくのか、それとも人を蹴落としていくのかという岐路に立たされていることなど、そういった一つ一つのトピックが皆さんの生活の中にどのように応用され得るのか、少し振り返って頂けたらうれしいなと思います」(熊谷さん)

コロナの向こう側で
(1)“全員が障害者”で見えたもの 熊谷晋一郎さん ←今回の記事
(2)“会話”よりも“対話”を 斎藤環さん
(3)1億分の1としてできること 湯浅誠さん

※この記事はハートネットTV 2020年6月1日放送「インタビューシリーズ『コロナの向こう側で~熊谷晋一郎さん~』」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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