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発達障害と向き合う少年院

記事公開日:2018年03月30日

罪を犯した少年に、立ち直るための教育を行う少年院でいま、発達障害が注目されています。こだわりが強い、集中力が続かないなどの特性があるために、これまでの指導が通用しないことが多いと分かってきました。2016年、国は発達障害のある少年に対する指導方針を打ち出したガイドラインを全国の少年院に配布。教官たちによる試行錯誤の現場を追いました。

発達障害者へ新たな教育課程

犯罪や非行で家庭裁判所から送致された少年に対し、適切な教育や社会復帰の支援を行うことを目的とした少年院。しかし指導が難しく、施設内でトラブルを起こしたり、少年院を出たあと再び罪を犯したりしてしまう少年がいます。近年そうした少年たちのなかには、発達障害、またはその疑いがある人たちが一定数いることが分かってきました。

発達障害とは、コミュニケーションが苦手・こだわりが強いなどの特徴があるASD(自閉スペクトラム症)。注意を持続させられない・じっとしていられないなどの特徴のあるADHD(注意欠如・多動症)、読む・書く・計算するなどが苦手なLD(学習障害)など。これらは脳機能の障害と考えられています。

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そんな中、法務省は2015年、少年院法改正により発達障害に配慮した対策に乗り出しました。発達障害は見た目だけでは判断が難しく、発達障害のある少年も一般の少年と同じ教育が行われてきました。そこで今回の法改正でこの発達障害のある少年たちに配慮した新たな教育課程を設定。どのような成果と課題が見えてきたのでしょうか。

集団生活と個別対応 狭間で悩む教官

15歳から20歳までの少年およそ90人が集団生活を送る、茨城県牛久市にある茨城農芸学院。その多くが窃盗や詐欺を犯した少年で、およそ11か月更生を目指して教育を受けます。この少年院では2015年から、発達障害のある少年に対応した教育に取り組み始めました。なかでも重視しているのは、対人関係のスキルです。

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19歳の加藤さん(仮名)は、発達障害のなかの自閉スペクトラム症と注意欠如・多動症があると診断されています。コミュニケーションの授業では模範的な回答をする加藤さんですが、実生活では人の気持ちを想像するのが苦手で、人とぶつかっても謝らず、トラブルになったりすることも。

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加藤さんの担任の南雲(なぐも)教官は、去年ここに赴任して以来、加藤さんの指導方法に悩んでいました。

「彼の場合、分かりやすく言うと視野が狭い。自分の感情で突っ走ってしまうので、そこを『そうじゃなくてもうちょっと広げた方がいいよ。周りにはもっといろんな世界があるよ』っていうのを示すために、いろいろ言葉を選び、状況を説明し、例え話を使いっていうところで、かなり苦労しているところです。」(南雲教官)

加藤さんが抱える問題は対人関係だけではありません。毎日頻繁に身体のだるさを訴え、日課の時間にもかかわらず、一人部屋で休むことも。

法務省が2016年に配布したガイドラインには、発達障害の人の身体の感覚に関する詳細なチェックリストが含まれています。発達障害のある人は感覚の過敏を抱えていることが多く、教官がその特性に気づき、適切に対処できるよう方法が示されています。南雲教官は加藤さんのチェックリストを見返し、指導方法のヒントを探しました。

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加藤さんは周囲のザワザワした音や、物を食べるときの「くちゃくちゃ」という音が苦手、とチェックしています。音の感覚過敏により強いストレスを感じ、疲れやすくなっていたのです。体育の授業でだるそうに運動する加藤さんに対し、集団生活のなかでどこまで配慮すべきなのか、南雲教官は悩んでいました。

「集団で生活していく場面でよくないことをしたときは、大きな声を出して分からせる。どうしても集団をみなければいけないけれども、個別に手あてしなければいけないっていう葛藤と毎日戦っているんですけど。」(南雲教官)

この少年院では去年から、発達障害の専門家にもアドバイスをもらうようにしています。法務省のガイドラインを作成した髙橋智(さとる)さんは、加藤さんと南雲教官の双方から話を聞きます。面談で加藤さんは、体調が悪いという自分の訴えを、周りが信じていないのではないかと不信感を口にしました。

高橋さんはそのことを南雲教官に伝えますが、南雲教官は集団の維持と加藤さんへの配慮の2つの間で悩みます。そこで高橋さんは、一つの考え方を提案しました。

「受容されていないとそこから先に進んでいかないのですね。信頼されれば、認めてくれれば、たぶん、もう一歩進んでいけるんだという思いを持っていたのではないかと思うんですね。自分自身の回復力といいますか、修復力といいますか、それで変わっていくという感じなんですよ。」(高橋さん)

高橋さんとの面談後、南雲教官はこう話しました。

「少年が自分で立ち直る力を持つんだという。私はこの仕事を長くやっていますけど、そこまで至れなかったのは悔しいですし、でも、今日改めて気づけたのは、非常に新たな発見というか。かなり参考になる意見でしたので、取り入れていきたいなと思います。」

あえて苦手な集団生活で人との距離感を学ばせる

茨城農芸学院では、発達障害の診断を受けている少年がおよそ3割を占めています。
4つある寮のうち1つは、特に集団生活が難しい少年が暮らす個人寮です。

個人寮から集団寮に一人の少年が移ってきました。
吉田さん(仮名)18歳です。

吉田さんは自閉スペクトラム症と診断されています。
集中力が低く対人関係が苦手で、人に巻き込まれやすい吉田さん。
勧められるままに覚せい剤に手を出し、逮捕されました。
5か月前も集団寮で他の少年につられてふざけてしまい、個人寮へ移されたのです。

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長年ここで、発達障害のある少年も多く見てきた小島教官です。
吉田さんに、あえて苦手な集団寮で、人との距離感を学ばせようと考えていました。

「本人の将来を考えれば、集団の中で人と関わっていくっていうことができるようになることが一番かなと思って、今回戻すようにはしたんですけど。」(小島さん)

集団生活に戻り、また同じ失敗を繰り返したくないと、吉田さんは気を張り詰めていました。
その様子を見ていた小島さんは、声をかけます。

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小島:どうだった今日は?
吉田:今日ですか?すごい疲れた。
小島:どういう場面でどういう風に自分が注意しなきゃいけないか、ずっと1日中考えながら生活してるのは、非常に疲れることだから。
吉田:そうですね。いつ自分がくずれてくるのかちょっと心配。
小島:崩れることばっか考えちゃだめだよ。
吉田:ああ、まあ…。小島先生は結構見てくれてるなって。
小島:見てるよ。

この日の日課は、グラウンド整備。
他の少年達が、ふざけあっておしゃべりをしていました。
吉田さんは、その少年達から離れて、一人で黙々と作業を続けました。
小島さんはその様子を見て、何か理由があるのではないか、と話しかけました。

小島:午前中の環境整備の時に、進まないでずいぶんいたじゃんか。あれはなんか考えがあったの?
吉田:結構ふざけてる人がいたんで、避けなきゃいけないんだって。
小島:警戒してる人間がいたので避けようと思ったの?すごいね。自分がどういう状況になったら危なくなるのか、考えてやったところもあるんだ?
吉田:それは頭に入れてた。
小島:そういうの自分で察知して行動に出るっていうのは大事なことだし、
そのままいっていいと思うな。ちっと疲れっけど、このままがんばれ。いけそうか?
吉田:頑張ってみます。

一人一人の特性に合わせた指導を目指して

そもそも、発達障害のある少年が犯罪に至ってしまうのは、なぜなのでしょうか。

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発達障害と犯罪の関係性を研究する、京都工芸繊維大学・特定教授の藤川洋子さんは、発達障害のある人が脳科学的な特性を小さいときに見つけてもらえず、虐待やいじめを受けたりしたことで社会に対する不信感が増し、その結果取った行為が犯罪や非行と呼ばれるというふうになるのではないかと分析。
茨城農芸学院の取り組みを「各教官たちが非常に丁寧に子どもたちの特性をつかんで、効果的な処遇というのを探っておられるなというのが、ひしひしと伝わってきました。」と評価します。

また、うまくできたときに褒めることの意義についても触れます。
「発達障害の方というのは、直感的にこれは正しい道なのか、間違った道なのか、というのが分からないので。いいことをしたときに『それはいいんだ。そう、その調子、その調子。それはまずいよ。それはまた失敗につながるんだよ』ということをちゃんと説明してあげる。それから評価してあげるという。個別に関わるというのは、そういうことじゃないかなというふうに思っています。」(藤川教授)

発達障害のある少年が、再び罪を犯すことなく社会で生きていけるように。現場の模索は続いています。

※この記事はハートネットTV 2017年5月30日(火)放送「シリーズ 罪を犯した発達障害者の“再出発” 第1回 少年院の現場から」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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