「食べられるものが極端に少ない」「同じものばかり食べる」…。発達障害のある子どもたちが直面する大きな問題として、いま注目が集まっているのが「偏食」です。好き嫌いをするのはワガママと捉えられてしまいがちですが、発達障害の特性によって引き起こされている可能性があります。その実態と、偏食改善のための取り組みを取材しました。
静岡市に住む、須田雅樹(すだ・まさき)くんは、3歳の時に広汎性発達障害と診断されました。会話が苦手なのに加えて、食べられるものが極端に少ないという悩みを抱えています。この日の晩ご飯は、酢豚とスパゲッティ、ごはんでしたが…。
母親「ごはんです、立ってください」
雅樹くん「ごはんいらない」
席に着くと、雅樹くん、ごはんをさけ、食事が進みません。冷蔵庫にあったチーズを食べ始めました。
雅樹くんは4歳から偏食が始まり、小学校入学時には、チーズ、コロッケ、納豆、ポテトサラダ以外は何も食べられなくなっていました。白いごはんなど、炭水化物が食べられない時期が続き、成長期に増えるはずの体重が逆に減少。小学5年生(取材当時)で21キロしかありません。
「食べられるものがない。見るからにがりがりで骨が見えていたり、足が細かったり、栄養が足りていない」(母 亜紀さん)
長年、発達障害の子どもたちのカウンセリングを行ってきた、東京学芸大学教授の髙橋智(さとる)さん。発達障害の子どもたちの半数以上に何らかの偏食がある、という調査報告が出たことなどから、原因を探るための研究を進めてきました。
髙橋さんは、発達障害の当事者137人に、偏食について聞き取り調査を行いました。
すると、その背景には、発達障害のある人に特有の「感覚過敏」などの感じ方があるとわかりました。
例えば、赤くて丸い、おいしそうに見える、この「イチゴ」。
発達障害のある人の中には、「気持ち悪さ」や「怖さ」を感じる人が多くいました。
イチゴの表面にあるいくつものツブツブが、目に飛び込んで来るというのです。
一方、こちらのコロッケ。
サクサクした食感の衣ですが、発達障害の人の中には、口の中を針で刺されているように感じられ、「痛くて食べられない」と訴える人が少なくありませんでした。
このほかにも「食べ物をかむ音が耳障りでがまんできない」など、音や臭いについても同様の感覚過敏の傾向が確認され、食事がとれない原因となっている実態が浮かび上がりました。
「従来は“好き嫌い”“わがまま”と言われがちな問題だったが、これは生理学的な問題。そもそも食に対する見え方の問題や、口に入れた感じ、中にはうまくそしゃくができなかったり、飲み込みが困難な方がいて、そういった特性や身体的な問題が、食の困難・偏食を大きく規定していることがわかった」(髙橋さん)
こうした発達障害のある人たち特有の感じ方は、なかなか周囲の人からは理解されず、長い間、見過ごされてきました。
高校2年生のあっくんは、小学2年生の時、ADHD=注意欠如・多動性障害と診断されました。
あっくんは、キノコや豆など表面が滑らかな食感に敏感に反応してしまい、体が一切受け付けません。ゴムやプラスチックを口に入れられたように感じ、強い吐き気に襲われるのです。保育園や小学校の給食の時間、食事がほとんど食べられず、昼休みも1人だけ教室に残され、泣いていたといいます。
「食べられない」と主張しても、「わがまま」だと聞いてもらえず、人前で食べることが次第に怖くなりました。
「先生が(偏食は)おかしいと決めつけて、無理やり食べさせてくるのがつらかった。
怖かった、また同じことをさせられるんじゃないかと、トラウマがよみがえってくる」(あっくん)
高校生になった今もトラウマは消えず、極端な偏食が続いています。
医師からは、糖尿病の予備軍と言われ、定期的に血液検査を受けています。
母親は、周りがもっと理解してあげていれば、こうした状況にはなっていなかったのではないかと考えています。
「(子どもが)小さい間は気が付いてあげられるのは周りしかいない。ごめんねと思った」(あっくんの母親)
発達障害の当事者でその研究を続けている、東京大学の研究員・綾屋紗月さんによると、例えば日常生活でも、落ち葉を見た時に葉っぱの細部がクローズアップされて見えるのだといいます。
発達障害の当事者が抱える問題を、当事者の目線で解決していこうという研究がここ数年で進んだことで、「偏食は好き嫌いの問題ではない」ということ、また、周囲の無理解に苦しむ子どもたちの実態もわかってきました。
発達障害のある子どもの中には、強いこだわりがあったり、経験したことがないものに極度の不安を感じたりする子も多くいます。まずはこうした不安を取り除くことが大切になってきます。
広島市にある療育センターでは、子どもが食べやすいように調理して偏食を改善していこうという取り組みを行っています。
ここではまず、子どもの食事の傾向を細かく親から聞き取ります。それをもとに、一人一人の子どもの感覚の特性に応じて、給食の調理方法を変えています。たとえば、固いものが食べられない子どもには、食材をミキサーにかけたり、ふやかしたりして食感を軟らかく仕上げます。
反対に、軟らかい舌触りが苦手な子どもには、具材を素揚げして、サクサクの食感で提供します。さらに、イラストなどを使って食べられる食材だということを示し、子どもに安心感を与える工夫もしています。
こうした工夫を重ねることで、偏食の子どもの9割以上が特別な調理を施さない通常の給食が食べられるようになっているということです。
療育センターに子どもを通わせている保護者からは、「こんなに色んな食材を食べられるようになるとは思っていなかった」とか「食べることを好きになってくれた」などの喜びの声が寄せられています。
学校現場では、なかなかここまできめ細かい対応はどこでもできるものではありませんが、例えば事前に献立を見せて、どんな食材が使われているのか子どもに説明してあげるだけでも、不安が取り除かれて食べやすくなるケースも少なくないといいます。
発達障害のある子どもたちの“偏食”に対する取り組みは、まだまだ始まったばかり。ワガママで食べないのではない、ということを周囲に知ってもらうだけでも、本人のつらさが軽減されるのではないでしょうか。
取材:池端玲佳記者(科学文化部)
※この記事は、2017年4月5日(水)放送の「おはよう日本」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。