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“依存症”からの回復【前編】 家族の苦しみと回復への道

記事公開日:2019年10月07日

薬物などに依存する状態から抜け出せなくなる“依存症”。家族の1人が依存症になると、ほかの家族にも影響があります。「自分の対応が悪かったのではないか」と自らを責め、周囲や専門家に相談もできず、神的に追い詰められていくことも少なくありません。依存症は、専門的な対応が必要な“病気”であり、家族だけで解決できるものではありません。依存症の人の家族の思いを探り、どんな支援が必要なのかを考えていきます。

依存症の家族の苦しみと回復への道

宮城・仙台市で旅館を経営する伏見忠義さん(69歳)は、長男の薬物依存症のため20年以上にわたって苦しんできました。

画像(長男について話す伏見忠義さん)

長男の忠理さんが最初に薬物に手を出したのは高校1年生のとき。友達に誘われ、軽い気持ちでシンナーを吸ったといいます。そのことに気付いた伏見さんは、すぐに叱りつけ、やめるように説得しました。それが、効果はほとんどありませんでした。

画像(長男(右から2人目)が写る家族写真)

「私も病気だなんて意識がなく、“遊び”だって。話をすれば「分かった」って言うからやめるんだと思えば、またやる。なんで止まらないんだろうなと。相談に行けば、親の愛情が足らないとか、コミュニケーション不足だとか言われる」(伏見さん)

次第に忠理さんは伏見さんと顔を合わせることを避け、夜通し遊び歩くようになりました。警察に補導されるたびに引き取りに行き、厳しく叱りましたが、それでもシンナーは止まらず、夜遊びもひどくなり、高校は中退。しばらく経ったころ、忠理さんが「自立したいのでアパートを借りてほしい」と頼んできました。

「仕事をちゃんとやるからという話で、お金を出してやって。でも駄目でした。部屋に行ったときにはシンナーの匂いがプーンとして。親の愛情では全然何も変わらなかった」(伏見さん)

自立させようと預けた新聞販売店ではお金を取って逃げ出し、大麻や睡眠薬にも手を出すように。問題行動もエスカレートし、窃盗や恐喝などの事件を起こして警察に逮捕されます。その後、しばらく真面目に旅館の手伝いをしていた時期もありましたが、彼女と別れたことがきっかけで働く気を失い、覚せい剤に手を出すようになりました。

回復施設を通して取り戻した親子のかたち

自分たちでは長男の薬物依存を止めることができない。伏見さんは、インターネットで探した施設「ダルク」(DARC = Drag Addiction Rehabilitation Center)に連絡を取りました。

ダルクとは薬物依存症から回復した人たちが、リハビリテーションのために作った施設で、全国に70か所ほどあります。伏見さんが仙台のダルクから紹介されたのが、かつて重度の薬物依存症だった、茨城ダルク代表・岩井喜代仁さんです。

画像(茨城ダルク代表・岩井喜代仁さん)

岩井さんの答えは「子どもを突き放して自分で考えさせろ」というものでした。いっさい家には入れず、接触もしない。そして与える選択肢は、①親から自立して好きなように生きる、②ダルクなどの施設から病院に行き治療する、③犯した犯罪の責任を取る、の3つだというのです。

この話を聞き「世間に迷惑をかけるのでは」と不安になったという伏見さん。しかし、「これしかない」という思いで、岩井さんが作った茨城ダルクの家族会に通うようになりました。家族会の学習のなかで、伏見さんがとくに印象に残ったのが「共依存」と「イネイブリング」という言葉でした。

画像(「イネイブリング」について)

「共依存」は、依存症の人を支えることが生きがいとなり、自分も相手も自立できなくなってしまう不健全な人間関係のこと。もうひとつの「イネイブリング」とは、依存症の人の世話を焼いたり、尻拭いをしたりすることによって、依存を続けやすくしてしまう行動のことをいいます。

「共依存」に陥っていることを自覚し「イネイブリング」をやめるため、伏見さん夫婦は自宅を出てホテルを泊り歩き、忠理さんと一切の接触を断つことにしました。窮迫した忠理さんの行動はエスカレートし、ついに弟にナイフを突きつけて金の要求までするようになります。これ以上放っておくことはできないと、伏見さんは断腸の思いで警察に通報、忠理さんは覚せい剤取締法違反の罪で2年半の実刑判決を受けることになりました。

その後、忠理さんは仙台を遠く離れた九州のダルクでプログラムを実践し、薬物依存からの回復を目指しています。忠理さんがダルクにつながって約12年。その間、何度も再発を繰り返し、ダルクを飛び出すことや刑務所に服役することもありましたが、いまは利用者のまとめ役も任されています。

2013年の夏、仙台ダルクのフォーラムに九州ダルクの一員として忠理さんがやって来たときには、親子3人が久しぶりに顔を揃えました。

画像(伏見さん、忠理さん、民子さんが写る家族写真)

「会ったときは昔の子どもに戻ったという感じがしましたね。本人は、もう俺は仙台に戻らない、仲間と共に生きていく、と。仙台に入ると薬をしたい欲求が入ると困るからと言ってました。それを聞いて私は安心しました。あぁ学んだなって」(伏見さん)

忠理さんが薬物依存症に陥って20年あまり。親子はようやく普通の関係を取り戻しつつあります。

孤立した家族が陥る「共依存」と「イネイブリング」

元全国薬物依存症者家族連合会理事長で、子どものシンナー依存に苦しんだ経験のある林隆雄さんは、依存症の人を家族で抱え込んでしまう理由についてこう話します。

画像(全国薬物依存症者家族連合会理事長 林隆雄さん)

「私たちは薬物依存というものを知らなくて、世間体を背負っているし、子育てが悪い、と自分を責めている。刑罰だということで、なかなか相談できない。孤立化して、なんとか止めさせようと頑張りすぎて悪循環になってしまい、かえって回復を長引かせることになりました」(林さん)

「依存症は親の育て方の問題」という間違った認識が世間に広がっていて、問題が起これば親が責められる。そんな現実が、家族を孤立させ、問題を長期化させることにつながるのです。

そこで、孤立した家族を支援する上で必要な概念が、「共依存」と「イネイブリング」です。国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦さんに詳しくお聞きしました。

画像(国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 松本俊彦さん)

「家族に依存症の人が出ると、なんとかしようと常識的な親の愛情をもって動くなかで、どんどん家族が巻き込まれていく。そのなかで共依存という現象は見られます。ちょうどアルコールや薬物に依存している本人が、絶えずお酒や薬のことで頭がいっぱいなのと同じように、ご家族も『今頃あの子どうしているかしら、また薬を使っているのかしら』と頭から離れなくなる。それはある意味、ご本人と似ている。関係性の依存症。まさにその状態が共依存なのです。イネイブリングは、直訳すれば『尻拭い行動』です。1人暮らしするためにお金を出してあげたり、借金をなんとかしてあげようと肩代わりしてあげたり。こういったことは、結果だけを見ると本人が安心してお酒や薬物を使い続けることを支援していることになる。よかれと思って周囲がやる手助けが、結果的にどんどん本人の病気をこじらせる現象をイネイブリングといいます」(松本さん)

本人を支えるつもりが、依存症を支援することになる。しかし、孤立化した家族は、なかなかその事実に気付くことができません。本人や家族を、専門知識に基づいた医療につなげることが重要となります。

「突き放し」の意義と必要な支え

伏見さんが長男に行った「突き放し」。家族が共依存関係を断ち切り、本人に自覚を促して、回復につなげるための行動です。林さんも、依存症の子どもを自宅に入れないという厳しい「突き放し」を行いました。

「医師と相談しながら、テント生活にするか、ダルクに行くかという選択を息子にやっと迫れた。そこから本人がダルクを選択してくれたんですね」(林さん)

ダルクの施設に入ると決めたことで、ようやく回復への希望が見えたと言います。

「送り迎えをしてくれるスタッフが回復4年の方で、そのとき初めて回復のモデルを見た。こんなにも回復できるんだ、ということを目の前にしたときに私たちも本当に生きる望みができたし、家族会やダルクに通うことはしなきゃいけないと」(林さん)

「共依存」と「イネイブリング」の悪循環から抜け出すために、「突き放し」は有効な方法です。
しかし依存症からの回復には長い時間がかかるため、「突き放し続ける」ことは、家族だけの力では困難です。専門的な知識を持った人のサポートが必要だと、松本さんは言います。

画像(国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 松本俊彦さん)

「突き放しには、常識とはちょっと違う対応が必要です。『子どもを見捨てるために突き放しているわけではなく、依存症と戦うための方法なんだ』ということを絶えずフィードバックしてくれる人が必要です。家族会の仲間や、精神保健福祉センターの職員ですね。また、突き放しは非常に難しい方法で、家族が誰にも相談せずにやってしまうと、逆に本人が自暴自棄になったり、かえってひどいことが起きたりする可能性もあります。また、突き放しをより効果的なタイミングでやるコツもあります。そのためにはぜひ第三者の助言を受けながら進めてほしいと思います」(松本さん)

依存症の相談窓口として、精神保健福祉センターが都道府県と政令指定都市に設置されています。また、依存症の回復施設ダルクやアルコール依存症からの回復の手助けをするマックも家族の相談を引き受けています。まずは「依存症は親の育て方の問題ではなく、回復可能な病気である」との認識を持ち、家族が専門機関に相談することが、依存症からの回復の糸口となります。

“依存症”からの回復
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【後編】新たな家族支援「CRAFT」とは?

※この記事は福祉ビデオシリーズ『“依存症”からの回復』(NHK厚生文化事業団・制作)「第3巻・家族を支える」を基に作成しました。

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