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【特集】がんと共に生きるAYA世代(3)妊よう性をめぐる葛藤

記事公開日:2019年09月10日

10代後半~30代のAYA世代(=Adolescent and Young Adult 思春期・若年成人期)と呼ばれる若いがん患者。がんの治療と同時に直面するのが“妊よう性”(子どもを妊娠する・させる力)の問題です。抗がん剤や放射線などを使うがん治療は生殖機能にダメージを与えるため、妊よう性が失われる可能性があります。妊よう性を温存するのかどうか、難しい選択を迫られるAYA世代の葛藤を見つめます。

妊よう性を温存しなかった井上さんのケース

がんの治療によって妊よう性が失われても、今では卵子や精子などを凍結することで、子どもを授かる人もいます。しかし、実際に妊よう性を温存する人は多くありません。妊よう性を温存しないという選択の背景には何があるのでしょうか。

画像(井上裕香子さん(38歳))

山口県に暮らす井上裕香子さん(38歳)が、乳がんの手術を受けたのは35歳のとき。地元で事務の仕事をしていました。「ちゃんと生えました!」と、治療で一時は抜けてしまった髪の毛がまた生えそろったことを教えてくれながら、井上さんはこう話します。

「抜ける前が一番やっぱり嫌だったから。(ヘアアクセサリーを)見ないようにしていました。でも、こうやって生えてくるんだから、そんなに脱毛に関しては怖がらなくていいよって当時の自分にいいたいくらい。妊よう性と同じくらい最初は嫌だって思ったから」(井上さん)

術後、再発を防ぐために医師から勧められたのが、生殖機能に影響を与える抗がん剤治療でした。

「(医師から)抗がん剤治療をすると妊よう性を喪失してしまう可能性があります、と。やっぱり、いつかは普通に母親になると勝手に思っていたところもあるので、『子どもが産めなくなる』っていうワードのパワーが受け止められなかった。どうしても(抗がん剤は)嫌だなと思っていましたね」(井上さん)

抗がん剤治療は本当に必要なのか。井上さんは、海外の機関が行っている遺伝子検査で再発のリスクを調べました。結果はハイリスク。抗がん剤治療を受けなければ、5年以内の再発の可能性が非常に高いというものでした。

画像(「ハイリスク」の結果を示す遺伝子検査)

「自分の命があってこそだと思っていたので、ちゃんと抗がん剤治療をやって、生きることが第一優先だというのはありました。ただ、『だけど』っていう・・・。一度でも抗がん剤を入れてしまうと、子どもを持てなくなるかもしれないっていう恐怖ですよね。ずっとずっとそれを考えてましたし、夜になると、真っ暗な家の中でひとりで泣いてました」(井上さん)

井上さんは、悩み抜いた末に、抗がん剤治療を受けることに決めました。医師からは、卵子を凍結することもできると説明されましたが、それは選びませんでした。凍結には高い費用がかかることが分かり、パートナーもいなかったからです。治療のときに、必ず持参していたノートを見せてくれました。

画像(井上さんが治療のときに必ず持ち歩いていたノート)

「卵子凍結についても、妊娠できる確率、着床率は10%程度で、費用は30~100万。別途保管料も年間かかります。治療費と別でかかってくるお金なので、治療費を捻出するだけでも大変ななか、可能性がそこまで高くない卵子の温存に自費でかけられるかというと・・・。しないって決めるしかなかったんでしょうね」(井上さん)

3か月にわたり抗がん剤治療を受けた井上さん。
自宅の机に飾ってある手描きの可愛らしい絵を見せながら、前向きな表情をのぞかせます。

画像(井上さんの机に飾られた絵)

「私は自分では子どもは産めないかもしれないけど、とても自分に近い姪っ子・甥っ子がたくさんいる。疑似母親体験じゃないですけど、そこで救われている部分すごくありますね。」(井上さん)

抗がん剤治療が終わったいまでも、井上さんの妊よう性は回復していません。井上さんの場合、女性ホルモンによって乳がんが増殖します。そこで再発防止のため、毎月ホルモンを抑える注射が必要です。治療を続ける限り排卵は止まり、妊よう性が失われた状態が続きます。

画像(井上裕香子さん)

「『抗がん剤治療後、生理が戻るかもしれないから注射しますね』っていうことを主治医から聞いたときに。戻るかもしれないっていうことは、私の卵巣は持ちこたえてくれたのかな、みたいな、淡い期待じゃないですけど、一瞬やっぱりうれしかったところはあります。限りなくゼロには近いけど、もしかしたら、みたいなところが気持ちのよりどころになっているのかもしれないですね。たぶん、ずっとそうなんじゃないですかね。死ぬ瞬間も、もしかしたら私思うかもしれないと本当に思っていて。『やっぱり子ども産みたかった』って思って死ぬかもしれないとは思ったりします」(井上さん)

どんな選択でも残る将来像の不安

現在もがんの治療中で、アイドルグループSKE48元メンバーの矢方美紀さんも、井上さんと同じような経験をしました。

画像(アイドルグループSKE48元メンバー 矢方美紀さん)

「病気になっただけでもすごく大変な思いをしたんですが、その後に子どもをどうしようと考えたときに、自分も井上さんと一緒で卵子凍結をしないという選択を選びました。それもすごく悩んだのですが、やはり治療がどれくらい続くか分からないというのと、費用がすごくかかるというのと、自分自身もパートナーがいなかったというのも、この先が分からないなという不安があったので、温存しない選択をしました」(矢方さん)

「妊よう性を温存しない」と回答した人が7割以上という調査もあります。主な理由としては、「がんの治療を遅らせたくない」ということ。女性の場合は、卵子の保存のために排卵日を待つ必要があり、数週間から1~2か月程度、治療が遅れる可能性があるためです。ほかには「子どもを持つことを考えられなかった」、また保険が効かないため「費用が高額」といった理由があります。

画像(妊よう性の温存を選択しない理由 出典:平成27~28年度厚生労働科学研究)

一方で、NPO法人がんノート代表理事の岸田徹さんは、治療前に精子を凍結しました。

画像(NPO法人がんノート代表理事 岸田徹さん)

「僕の場合2つ理由があって、1つは、男性の場合は当日や翌日に精子保存することができ、治療を遅らせずに済んだということ。もう1つは、費用が女性に比べたら自費ですけど安くなるので、それが理由ですね」(岸田さん)

しかし、将来、子どもが産めなくなるかもしれないという不安は大きかったといいます。

「不安はありましたし、実際に僕は、手術の後遺症で射精障害という性機能の後遺症を持ってしまって、自然に子どもを持つことができなくなってしまったんですね。そうなってしまうと、僕は『男性として生きてる意味あるのかな』と、自分の男性としてのアイデンティティがとても揺らいで、ほんとに落ち込みましたね。だからすごく、男性としても大事なことだと思います」(岸田さん)

矢方さんも、自分の将来像が変わってしまうという現実に直面しています。

「まず、治療で生理が止まるというのも知らなかったので、当たり前のように体の中で起きていたサイクルが急になくなってしまうっていうのがすごく不思議で。今まで20代、30代で自分は結婚して、子どもを産んで、っていうのを理想として描いていたんですけど、それも簡単なことじゃないんだなっていうことに直面しています」(矢方さん)

長年、乳がんの患者会に携わってきた上智大学准教授の渡邊知映さんは、将来像や描いていたものが崩れてしまうことはAYA世代ならではの大きな悩みだといいます。

画像(上智大学 准教授 渡邊知映さん)

「AYA世代でがんになるということは、仕事だったり、学校だったりという、そのとき大切に思っていたものを一時的に喪失する可能性もあるわけです。中でも妊よう性については、辛いがん治療を乗り越えたあとに、それまで当たり前のように親になるという価値観を持っていたものが崩れていくような、そういった自分の将来に対する不安感につながってくるんだと思っています」(渡邊さん)

そして、治療が終わり、たとえ妊娠できる体に戻ったとしても、なかなか妊娠に踏み出せない人もいます。

「そこが一般の不妊治療と異なる点なのではないかと思っています。がんと共に生きるなかで、新たな家族を作るということは、やはりがんの再発への不安でしたり、場合によっては、がん治療によって何か後遺症があって、妊娠・出産・育児に影響がある場合もあるでしょうし、パートナーとの関係性のなかで、子どもを持つことに対する意見が大きく異なったりということもあるかもしれません」(渡邊さん)

若いときの発症だからこそ、その後に続く長い人生に大きな影響があるAYA世代のがん。けっして身体的な問題だけではないのだという意識が必要なのです。

【特集】がんと共に生きるAYA世代
(1)就職活動でのカミングアウト
(2)職場でのカミングアウト
(3)妊よう性をめぐる葛藤←今回の記事
(4)子どもを巡る夫婦の選択
(5)がんとの向き合い方

※この記事はハートネットTV 2019年9月10日放送「シリーズ がんと共に生きるAYA世代 第2回 子どもを授かること」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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