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【特集】がんと共に生きるAYA世代(2)職場でのカミングアウト

記事公開日:2019年09月03日

10代後半から30代という若さでがんになったAYA世代(=Adolescent and Young Adult 思春期・若年成人期)は、年間およそ2万人以上。医療技術の向上もあって、がんの治療が一段落し、職場復帰できる人も珍しくありません。しかし、治療前と同じようには働けないことを周囲に打ち明けられず、孤立してしまうケースがあります。がん患者やサバイバーが無理をせずに働き続けるにはどうしたらいいのか考えます。

職場でのカミングアウト 山本さんのケース

AYA世代の多くが悩む「仕事」。職場復帰し、働き続けていく際に、「がんのことをどう伝えるか」が大きな課題となります。

愛知県にある自動車部品の製造会社で働いている山本翔太さん(31歳)は、以前、力仕事中心の製造作業を行っていましたが、がんを機にパソコンを使った事務作業に移りました。

画像(パソコンを使った事務作業をする山本翔太さん)

「いま、こうやって打つことができてますけど2年前まではこんなに打てなかったです。パソコン自体あんまり使ったことがなかったので」(山本さん)

山本さんには、病気のことを職場にどう伝えればいいか苦しんだ過去があります。

画像(医療機器の前で横たわる山本さん)

27歳のとき、鼻の奥にあたる上咽頭にがんが見つかりました。
2か月間の放射線治療を終え、職場復帰したものの、1年後、背中や腰の骨にがんが転移します。進行を抑える治療を行いながら、仕事を続けることを決めましたが、医師からは骨折の恐れがあるため、重いものを持つ力仕事は避けるようにと言われます。

「子どもが3人います。その子どもを養わなくちゃいけない。何がなんでも仕事を続けなくちゃ、という思いはありました。今後必要とされなくなるんじゃないのかな、言い方が悪いですけど捨てられるんじゃないのかなっていう恐怖もありました」(山本さん)

当時、山本さんから相談を受けた現場の上司です。

画像(当時、山本さんから相談を受けた現場の上司)

「重たいものを持てないと自分に言ってきているので、それはもう絶対に配慮しなければいけない事項だと思って職場の人間を集めて、彼の現在の状況等を話して。彼ができる仕事を探さなければいけないので」(上司)

山本さんが新たに担うことになったのが、パソコン中心の事務作業でした。周りはやさしくフォローしてくれましたが、慣れない作業でミスを繰り返してしまい、役に立てない自分を責めるようになります。

「ちょっとしたことでも『ありがとう』『ごめん』『すみません』、ずっとそれしか言ってなくて。そう言っている自分に対してダメだなって思い始めるときもあって」(山本さん)

体調面でも放射線治療の後遺症が出始めていました。白内障やめまいが出たほか、口を動かすことが難しくなりました。体の状況は上司にだけ伝え、同僚の前では平静を装いました。

「みんなには言える余裕がなかったです。言おうとも思わなかったんですけど、その当時は。伝える必要がない。そういう恥ずかしい部分や弱い部分を、それがたとえ親しい同僚であったとしても見せたくはなかった。こういったこともできないんだと思われるのが嫌で嫌でしかたがなかった。苦痛でしかなかった」(山本さん)

入社当初から付き合いのある同僚の竹ノ谷さんは、周囲と山本さんとの間に少しずつ溝ができるのを感じていました。

画像(職場の同僚の竹ノ谷さん)

「たぶん、みんなもどう接していいのか分かっていなかったので、よそよそしいというか、しゃべりかけづらそうでした。下手になんか聞いて・・・とかいろいろ考えてたんじゃないですかね、みんなも」(竹ノ谷さん)

必要な配慮を伝えることは“恥”ではない

山本さんが救いを求めたのが、同じ病を経験した患者同士の交流会でした。

画像(患者同士の交流会に参加する山本さん)

――当事者同士なら気楽に悩みを吐き出せる
毎週のように交流会に足を運ぶ一方で、家族との会話が少なくなっていました。

「妻に『なんで同じ患者さんにはそういった悩み事を吐き出すことができるのに、私にはそれを言ってくれないの』って言われて。最初は、『同じ立場の当事者同士でしか分からないこともある、そこまで理解してくれなくていい』って冷たく言い放ったんですけど、それを言ったあとにずっと考えて。確かにそうかもしれないなぁって。一番身近で支えてくれてる人、理解してくれようとしてくれてる人が身近にいるのに、当事者にしか理解できないと思い込んでる自分が恥ずかしいなと思うようになってきて」(山本さん)

――自分から向き合わなければ、誰も理解してくれない。
そう気づいた山本さんは、自分の思いや体の状況をさらけ出すことにしました。

画像(同僚と同じ食卓で口を動かすための準備体操をする山本翔太さん)

たとえば、食事前に口を動かすための準備運動。以前は誰にも見せず、一人、車の中で行っていました。
ほかにも、「話が聞き取れなかったら遠慮せずに聞き返してほしい」、「めまいが起きたときには休憩を取らせてほしい」など一人一人に、詳しく伝えたのです。何ができなくて、どんな配慮が必要か。明確に分かったことで、同僚たちも、声をかけやすくなったといいます。

いまは体調も安定している山本さん。同僚から作業の状況を聞き取って入力する、新しい仕事にも慣れました。信頼を得られるようになり、やりがいを感じています。

「やっぱり必要とされたいと思っていたので、少しでもありがとうって言われることによって必要とされている気持ちが伝わってきたので、その期待にますます応えたいなって思います。気持ちを吐き出せるということは少なくとも、僕の中では状況を、いまの現実を受け入れてそれを言葉にできることって立派なことだと思うんですよね。決して恥ずかしいことでもないと思います」(山本さん)

互いに理解し合えるコミュニケーションを

自分の体調をさらけ出すことで周囲の理解を得られた山本さん。がんの当事者でアイドルグループSKE48元メンバーの矢方美紀さんも、同じような経験があると言います。

画像(アイドルグループSKE48 元メンバー 矢方美紀さん)

「自分自身、やっぱり弱いところを見せたくないということはあって、当事者の方にしかきっと分からないんだろうなと思って、周りや家族に言わないということがありました。でも、恥ずかしいで終わるんじゃなくて、言ってみることからまた理解を深めて、お互いの気持ちを高めることができると思いました。最初は自分で解決しようと思っていたことも、『実はこういうのがちょっと大変で』って話したら、そこから交流ができたというか、だったら私こういうのを手伝うよというのもどんどん私は広がっていけましたね」(矢方さん)

配慮を受けたい場合はどうしたらいいのか。NPO法人がんノート代表理事の岸田徹さんは、こう話します。

「互いに伝え合っていくことでプラスになっていくと思うんですけど、やっぱり病気になってしまって申し訳ない、自分が悪いんじゃないかと思ってしまう。ただ、『頼ることも愛することだよ』という言葉をくれた患者さんがいて。自分が伝えることも一種の愛情表現で、それで相手と互いに分かり合っていく、そしてプラスになっていくということを知りました。それでも、伝えても分かってもらえないとか、片思いになってしまうこともあるので、その場合は違う方法も考えていければいいかなと思います。カミングアウトのタイミングは、それぞれだと思います。数年、数十年かける人もいるので、いまカミングアウトしないといけないと思うのではなく、自分の楽なタイミングでいいと思います」(岸田さん)

画像(NPO法人がんノート代表理事 岸田徹さん)

一方でがん患者を受け入れる側の職場はどうしたらいいのか、がん患者の就職活動の支援にあたっている桜井なおみさんはコミュニケーションの大切さを訴えます。

画像(がん患者の就職活動の支援にあたっている桜井なおみさん)

「やっぱり今までできたこととできなくなったこともあると思います。その部分を本人も一生懸命折り合い見つけようとがんばっているので、ちょっとの間、温かく見守ってほしいと思いますね。その上で何をしてほしいのか、何ができるのか、コミュニケーションを密にして、ぜひいつも通りに接して、孤独にさせないでほしいなと思います」(桜井さん)

がん患者が自分らしく無理せず働くためには、必要な配慮を伝えるカミングアウトをはじめ、職場とお互いに理解し合いながらコミュニケーションをとることが大事だと言えそうです。

【特集】がんと共に生きるAYA世代
(1)就職活動でのカミングアウト
(2)職場でのカミングアウト←今回の記事
(3)妊よう性をめぐる葛藤
(4)子どもを巡る夫婦の選択
(5)がんとの向き合い方

※この記事はハートネットTV 2019年9月3日放送「がんと共に生きるAYA世代 第1回 職場へのカミングアウト」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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