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【特集】変わり始めた精神医療 (1)子どもをめぐる精神医療

記事公開日:2019年06月10日

精神科を受診する子どもたちが増えているいま。子ども特有の悩みに耳を傾けようと、徐々に児童・思春期専門の精神科も増えてきています。しかしこれまで、子どもの心の不調は「家庭や学校の問題」とされ、精神医療にはつながってきませんでした。発症のピークが10代後半~20代前半といわれている精神疾患。医療機関は、子どもたちの心とどう向き合えばいいのか考えます。

子どもをめぐる精神医療の難しさ

子どもが心の不調を感じていても、誰かに相談したり、精神科の専門医にかかったりすることは簡単ではありません。

精神障害当事者が経験を語る教育活動を実践・研究している桃山学院大学社会学部社会福祉学科教授の栄セツコさんは、ソーシャルワーカーとして病院に勤務していたときの経験をこう話します。

画像(桃山学院大学社会学部社会福祉学科教授 栄セツコさん)

「出会った子どもたちが大人になったときに振り返ってみると、初診が耳鼻科であったり小児科であったり、なかなか精神科っていうのが出てこない」(栄さん)

10代で精神疾患を発症したアルタイルさん(19)は、発症当時のことをこう話します。

画像(アルタイルさん)

「僕は高校1年生のときにかかったんですけど、そのときは知識も何もなかった。いろいろな人に理解されるっていうのはすごく難しいことですが、やり始めなければ何も変わらないのかなとは思いましたね」(アルタイルさん)

適切な精神医療を受けられないままでは、病状がより深刻になってしまうおそれもあります。
院長を務める広島県の精神科病院で25年間子どもたちを診察してきた精神科医の松田文雄さんは、子どもの精神医療の難しさを指摘します。

画像(精神科医 松田文雄さん)

「子どもの精神科というのは、精神科の中でも非常にマイナーな分野で、関心がある人が一部でやってるという領域。しかも、いろんなリスクがあります。子どもたちと向き合うといろんなことが起きてくるので、ある意味で覚悟がいります」(松田さん)

気持ちや背景を丁寧に聞き取る

松田文雄さんが院長を務める広島市内の病院では、1994年から児童・思春期専門の病棟を設け、子どもたちの治療をしてきました。子どもは大人と比べ、自分自身の状態を正確に言い表すことが難しいため、丁寧な聞き取りが必要です。

画像(子どもの患者に聞き取りをする松田さん)

子ども「自分でパニックになって発動して。バンバンしたりとかして」
松田さん「バンバンっていうのは何?」
子ども「枕で戸をバンバンした」
松田さん「戸を手でバンバン叩いたの?それはどうして?」
子ども「悔しかったから」
松田さん「悔しかったからか。そうか」

時間をかけて症状の背景にある本人の気持ちを引き出していきます。さらに、言葉には表れない子どもたちの心境を、さまざまなアプローチで分析します。

「『家で何してる?』っていう流れの中で、『音楽聴いてる』って返事返ってきたら、『何ていう曲?』とか。次に会うまでに大抵youtubeか何かで聴いてみます。歌詞をじっと眺めてると、ああこんなふうなこと言いたいんだろうなって。メッセージとして受け取ってますね」(松田さん)

好きな音楽やゲーム、趣味の中から、心の奥に抱えているものを探っていくのです。

「たんにその病気で診断して何かの治療法にのっとってやるという、そんな単純なものではなくて、親や教師などそれぞれの思いが複雑に絡んでいて。例えば、大人の側は『学校に行けなくなったから、どうやったら学校に行けるようになるだろうか?』と、やはりそこに焦点が当たっている。だけど私たちの立場はやはり、『学校に行けなくなった理由は何だろうか?』。そこを一緒に見つけていく」(松田さん)

子どもの診察を始めた当初、松田病院の年間延べ外来患者数は、900人ほどでしたが、去年、1万8000人を超えました。患者の増加に対応するため、院内を改修して、もう1つ診察室を作る計画です。

発達障害や不登校が社会に広く知られるに伴い、受診する子どもは増加しています。かつては精神医療につながらず、小児科や児童相談所で解決するとされてきた子どもたちです。こうした子どもたちへの治療では、本人だけでなく、背景にある発育環境、家族関係にも目を向けることがより大切と松田さんは考えています。

自立していない子どもは、家族とともに過ごし、学校に通う中でその影響を大きく受けるため、ケース会議で詳しく分析していきます。本人の診察とは別に、両親と面談も行い、時には親自身の生い立ちにまでさかのぼるのです。

画像(ケース会議で話し合うスタッフと松田さん)

臨床心理士「お母さんはすごく、兄弟が多い」
医師「●人兄弟」
臨床心理士「っていう特徴があって」
松田さん「●人兄弟だと、存在感ってどうやって示してきたんだろう?末っ子?」
臨床心理士「結構真ん中なんですよね」

精神疾患のある子どもと家族が、どう生活を共にしていけばよいのか。本人と親、それぞれにアドバイスを行います。

成長に合わせたサポートで社会復帰を目指す

松田さんの病院には、デイケア施設が併設されており、子どもたちの成長に合わせたサポートをしています。復学や就職などを目指す際のステップとして、社会性や対人スキルを身につけるためのプログラムが組まれているのです。

この日行われていたのは、卓球。小学生とその親向け、中高生、20代以上の人まで、年代や状況に応じてグループに分かれ、お互いが楽しく過ごすためのやり方について話し合いながら活動しています。

画像(卓球を始める前に心がけを確認するスタッフ)

作業療法士「いつも確認してますけども、卓球のときに心がけてほしいこと。どうぞ!」
利用者「サーブの前に一声かける」
作業療法士「はい、その通り!」
(拍手)

こうしたプログラムを共にしながら、診察だけでは解決が難しい、人間関係や社会生活を送る上での問題を、スタッフと一緒に考えていきます。

去年2月から、デイケアに通う20代後半のAさん。
中学2年のときから、妄想や潔癖症などの症状に悩まされ、精神科を受診。4年前までは、別の病院で治療を受けていましたが、症状が改善せず、20代になっても就職できずにいました。さらに、日常生活を送る上である悩みも抱えていました。

SNS上でのトラブルで体調を崩したことから、家族や主治医に、スマートフォンを持つことを禁止されていたのです。しかし、Aさんにとってスマートフォンは、社会とのつながりを感じられる、大切なものでした。

「求めれば求めるほど周りにはいわゆるスマホ依存みたいなふうに見られて、そんなんじゃないのに、そんなのとは別の苦しみなのに。なんか、絶望感があって」(Aさん)

作業療法士としてデイケアを担当するスタッフは、Aさんの状況や思いを丁寧に聞き出し、一緒に解決策を探ってきました。そして、就労を目指し、Aさんが家族や主治医の納得を得た上で、自分のお金でスマートフォンを買う、というプランを作ったのです。

画像(プランの紙)

作業療法士「何のためにがんばってるんでしたっけ?」
Aさん「何だったっけ?(笑)自立を目指していきたいからです」
作業療法士「ね?それで?」
Aさん「まずはスマホ代を自分で払えるようになりたいから」

少しずつデイケアに通う日数を増やしていったAさん。3カ月後、作業所に通うことが決まり、その後スマートフォンを購入しました。料金も自分で払っています。

「スマホ買うときに、壊れないやつにしてくださいって言って(笑)」(Aさん)

本人の気持ちを尊重し、周囲の理解を得るためのサポートが、社会復帰への第一歩につながっています。

「行動したからこそ得られたものが少しずつ出てくるにつれて、『あっ俺はいま行動できてるし、行動したら意味があるんだ』っていうのを感じていくにつれて、俺はもしかしたら大丈夫かもしれないって思うようになったのはあります」(Aさん)

子どもの思いを受け止めて理解する

子どもの精神医療において、大事なのはどんなことなのでしょうか。松田さんが印象に残っている過去の診察について語ってくれました。

「中学生の男の子で、いじめられっ子だったんですね。彼が通院するようになって、2週間に1回私の外来にきちっと彼は通ってきて出来事を話してくれるんですね。『いじめっ子対策を考えた。集団でいれば怖くない』と。そのうち、その集団が『全学年に広がって、学校全体に広がって、数十人のいじめられっ子たちのグループができた。名前は、イジメラレーズっていうふうにつけた』。彼はその『サブリーダーになった』と。私は『すごいね』とびっくりして」(松田さん)

しかし、松田さんは、その子の母親から意外なことを聞かされます。

画像(男子中学生の診察について語る松田さん)

「あるとき、珍しく彼が来なかったんですよ。お母さんが珍しく来られて、お母さんと2人で話をしたときに、『イジメラレーズってすごいですね』ってお母さんに言ったら、『それはうそだと思います』と。私はまったくそう考えてなかったので、えっ!ていうふうに思ったんですけど。また彼と1対1で話したときに、『お母さんから聞いたよ』っていうふうに言ったら、彼はしばらく沈黙をして、私が『これからどうしようか、イジメラレーズの話』って切りだしたら、『もうちょっと続けたいです』って。私もすごくその言葉がうれしくて、『じゃあ続けよう。聞かせて』というふうに。あと数回の診察でイジメラレーズが解散する話までしてくれて、私は最後に、彼に『とても楽しかった。ありがとう』っていうふうに。うそか本当かじゃなくて、その言葉を全部受け取るっていうことが大事なんだろうなと思いましたね」(松田さん)

アルタイルさんは、調子が悪いときに家出をした話をクリニックのスタッフに受け止めてもらったことがありました。

画像(中野アナ、松田さん、栄さん、アルタイルさん)

「そんなことしちゃだめだよとか言われるのかなって思ったんですけど、『そうなんだ』みたいな感じで、普通に、何事もなかったように受け止めてくれたので。やっぱりそこで現実的に、『ほかにあなたのいる場所はないでしょ』とか言われても、それは分かってると」(アルタイルさん)

悩み、苦しんでいる子どもに厳しい現実をそのまま突きつけるのではなく、まずはその子どもの思いや話を受け止めて、理解しようとする。そんな姿勢が、子どもの精神医療に求められているのかもしれません。

【特集】変わり始めた精神医療
(1)子どもをめぐる精神医療 ←今回の記事
(2)教育現場にできること
(3)“オープンダイアローグ”の可能性
(4)精神医療の課題と未来

※この記事はハートネットTV 2019年6月4日放送「変わり始めた精神医療 第1回・子どもたちの心」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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