ハートネットメニューへ移動 メインコンテンツへ移動

「悲しみが喜びに、不安が希望に」ダウン症児のこころ育ての10年

記事公開日:2019年01月29日

知的障害者のための民族学講座「みんぱくSama-Sama塾」を開講している国立民族学博物館の教授である信田敏宏さん。娘の静香さんにはダウン症による知的障害があります。娘の「感動を大切にしたい」という信田さん一家のお話をまとめた記事『知的障害者にも知的な学びを その2』には大きな反響がありました。そこで今回、信田さん一家を初めて取材したときに伺った子育てのお話を、あらためてご紹介します。

画像(「ホーホー」の詩 ホーホーとなきます。パサパサととびます。くらいところにいます。さがしてみてね。きょうのよる まっています。)

ホーホー 作:信田静香

これは、当時小学4年生だった静香さんが書いた詩です。
ハートネットTVでは、第19回NHKハート展に入選したこの作品とともに、静香さんとそのご家族をご紹介しました。

「ホーホー」という詩は、京都御所の森にひそむフクロウの詩です。深夜、鳴き声だけは聞こえますが、姿が見えません。静香さんは、そのフクロウの気持ちを描こうとしました。

母親の知美さんは、初めて生まれた子どもに障害があるとわかったときには、頭の中が真っ白になって、泣き暮らしたと言います。しかし、障害のある子どもの幼児期の重要性について思い至ったら、「泣いてなんかいられない」と、ダウン症に関する専門書を次々に読んで、子育てに邁進しました。

画像

母 知美さん

しかし、専門書が与えてくれた知識はかならずしも自分たちの子どもには当てはまらないことが多くありました。2歳までにできると書かれていることが、3歳を過ぎてもできない、そんな戸惑いやあせりから、書物の知識だけに頼っていてはいけないと悟りました。

「専門書の知識はもちろん参考になりましたけど、結局子育てのバイブルはありませんでした」(知美さん)

信田さん夫婦にとって、のんびりとふつうの子育てができないと思っていた当初は、大きなプレッシャーがありました。そんな二人を支えてくれたのは、大阪医科大学附属病院の「タンポポ教室」というダウン症児専門の赤ちゃん体操教室で知り合った先輩お母さんたちでした。アドバイスされたダウン症児の子育てのコツや日常生活の過ごし方は夫婦にとって大いに参考になりました。そして、一人ひとりの育ちに違いがあって当たり前、ゆっくりでもささやかでも成長の喜びは味わえることを学んでいきました。

画像

動物の絵本を見る母親の知美さんと静香さん(9か月)
親子で同じものを見て喜ぶ“共同注視”は障害のあるなしに関わらず、発達に良い影響をもたらすと考えられています

専門家によれば、ダウン症児の発達は健常児の2倍の時間がかかると言われています。しかし、そのゆっくりとした成長によって、お座りやハイハイ、ひとり立ちや発語の様子をじっくりと味わうことができ、障害のある赤ちゃんならではの子育ての楽しさがあることがわかってきました。「悲しみが喜びに、不安が希望へと」変化していったと言います。

ある療育の専門家からは、「知能を高めるのは難しいのですが、社会性を伸ばしたり、心を育てることで、豊かな生活を送ることができます」と言われて、家庭での日常が、そこで味わう幸せがすべて静香さんの成長の糧になることに気づき、子育ての方針が決まったと言います。妻の知美さんは、かつて見たダウン症の子どもが家族でボードゲームをやっている写真が忘れられません。「いつか、こんな素敵な日がやってくるに違いない」、それを励みにがんばろうと思いました。

画像

画家であった知美さんの父親の大熊峻さんと静香さん(当時7歳)

「この子にはハンディがあるかもしれへんけど、どんなすばらしい人生が待っているかわからへん」。その言葉が信田さん夫婦を勇気づけていました

父親の敏宏さんは、そんな信田家の子育ての10年を本にしています。
タイトルは『「ホーホー」の詩ができるまで』。NHKのハート展に入選した詩にちなんでつけました。

画像(「ホーホー」の詩ができるまで)

具体的な子育ての工夫やコツをエピソードを交えて盛り込み、周囲からのどんな言葉や励ましが自分たちを支えてくれたのか、そして、静香さんの成長から何を学んだかを記しました。自分たちを支えてくれた先輩のお母さんたち同様に、ダウン症の子どもを育てている親御さんたちに具体的なアドバイスとエールを送るのが目的です。

敏宏さんは、国立民族学博物館教授でマレーシアの先住民の研究をしている社会人類学者です。人間と社会との関係について考察する社会人類学者としての意見もお聞きしました。

画像

父親の敏宏さん
背後に飾ってある2枚の絵は静香さんが描いたフクロウの絵

「社会的弱者に対する差別や偏見は、未熟な社会のものであって、文明の発展とともに解消されていくと考えがちです。しかし、近代社会では、高度な教育が行われ、高い技能や知識を身につけないと生きていくのが難しい。そのために素朴な社会では居場所のあった人たちが、以前よりも排除されるということが起こります。実は、文明そのものが生み出す差別や偏見というものもあるのです。私たちはそのことも自覚した上で、誰もが安心して暮らせる社会をつくっていかなければなりません。静香の目線で社会を見るようになって、私のものの見方も深まっていると感じます」(敏宏さん)

画像(信田さん親子)

信田さんご夫婦は、静香さんの美質を「人の気持ちを大切にして、他人の悪口を決して言わないところ」と口を揃えます。

静香さんには、まだまだできないことがたくさんあります。でも、限られたできることの世界も十分豊かです。静香さんがこれからどんな素敵な夢を与えてくれるのか、信田さんご夫婦は楽しみにしています。

執筆者:WEBライター 木下真

※この記事は、2015年4月のハートネットTVブログ「『悲しみが喜びに、不安が希望に』ダウン症児のこころ育ての10年」を再構成したものです。情報は取材当時のものです。

あわせて読みたい

新着記事