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発達性協調運動障害(DCD)(2)支援のあり方 ~見えているのに理解されにくい発達障害

記事公開日:2023年09月22日

手先が不器用、運動が苦手などDCD(発達性協調運動障害)の子どもたちの支援はどうあるべきか。これまでも保育や教育の現場では、子どもたちの遊びや運動には、力を入れてきました。しかし、子どもたちが集団で同じような動きを次々と展開する場面では、運動が極端に苦手な子どもたちは戸惑いを覚えると言います。ひとりひとりの特性に応じた、そして、子どもの主体性を尊重する療育について、事例とともに考えます。

不器用でも身体を動かすのは楽しい

 小学4年生のS君は、注意欠如・多動性障害(AD/HD)の疑いがあり、運動にも苦手さがあります。そのため、神戸市のしあわせ村にある「神戸医療福祉センター にこにこハウス」に月2回療育に通っています。

 S君の支援にあたっているのは、診療部リハビリテーション科の作業療法士(OT)である勝原勇希さん。療育の現場で13年間子どもたちの支援を行ってきました。現在、日中OTとして働きながら、夜間、大学院にも通い、中井昭夫さん(武庫川女子大学教授・小児科医)のもとでDCD(発達性協調運動障害)について学んでいます。

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作業療法士の勝原勇希さん

 午後4時、S君は父親に連れられてくると、ひっきりなしにリハビリテーション・ルームの中を走り回ります。思いつくままにトランポリンに乗ったり、床に転がったり、運動が苦手とは思えないほど活発に動きます。

 「協調」という脳機能の発達に課題のあるDCDの子どもは人並外れて不器用かもしれません。しかし、だからと言って、身体を動かす遊びや運動が嫌いとだとは限りません。うまくボールが投げられなくても、縄跳びができなくても、定型発達の子どもと同じように身体を動かすのは楽しいのです。

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作業療法士の勝原勇希さん

 S君がにこにこハウスに通うようになったのは1年前から。運動のことだけではなく、発達全般にわたって、不安を覚えた両親が学校に相談して、この施設を紹介してもらいました。集中力が続かなくて勉強についていけない、「た」と「か」の発音の区別がうまくできない、字を書くのに人一倍時間がかかる、学校で友達から「S君がいると運動会でかならず負ける」と揶揄される。そんなさまざまな要因も重なって、専門機関のサポートを受けようと思ったのです。

小さな成功体験を重ねる

 療育のメニューは家族やセラピストの側から提示するのではなく、本人が希望を述べて、それに沿った課題を行います。

 療育を受ける子どもたちは「字がきれいになりたい」「リコーダーが上手になりたい」「縄跳びができるようになりたい」「ボールをうまく投げたい」「運動会のダンスで恥をかきたくない」「自転車に補助輪なしで乗りたい」など、さまざまな思いを抱いています。S君はサッカーを習いたいと思い始めていて、その日は大きな積み木ブロックをゴールに見立てて、サッカーボールを蹴り込むことにしました。

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ボールを蹴りやすいようにブロックで挟みます

 OTの勝原さんは、「何をするのか教えて?」「それでうまくいく?」「どうやればうまくいくかな?」「ゴールはどこ?」とS君に絶え間なく問いを投げかけていきます。

 定型発達の子どもは先生や指導者、上手な友達や先輩のやることを手本にしながら、意識するか、無意識かは別として、複雑な動作や作業をこなして、スキルを身につけていきます。しかし、DCDの子どもは何も考えずに直感に頼ってやれば、同じ失敗を繰り返すだけで、スキルを身につけるのは容易ではありません。意識的に目的を明確にし、できるだけ具体的な目標をもたせるようにします。基本は「スモール・ステップ」です。

 勝原さんは、S君の様子をタブレット・パソコンで撮影していきます。そして、その動画を本人にその場で見せます。一流のアスリートたちがやるのと同じように、「なぜうまくいかなかったのか? どうすればうまくいくのか?」をS君と一緒にチェックするのです。

 「うまくいかなかった原因を教えるのではなく、子どもに声かけをしながら一緒に考えます。そして、子ども自身がボールを置く位置を変えたり、蹴るタイミングを工夫したり、作戦を立て直して、もう一度やってみるのです。試行錯誤を繰り返す中で、うまくいくこともあります。そんな小さな成功体験を積み重ねていくことで、課題への挑戦が喜びになっていきます」(勝原さん)

子ども中心にすると応用力が育つ

 DCDの子どもであっても、ていねいにサポートを続けていれば、例えば、縄跳びやボール投げができるようになります。しかし、それがどんな環境でも、どんなシチュエーションでも同じようにできるかどうかはわかりません。リハビリテーション・ルームでOTさんと一緒であればできたことが、一人で家でやってみたらうまくいかないことがあるかもしれないし、学校で友達に囲まれるとできなくなるかもしれません。また、サッカーで身につけた動きを、他の競技で活用したくても、その度に一から新たな指導が必要になるかもしれません。大切なのは身につけたスキルを広げていくための応用力だと勝原さんは話します。

 現在、勝原さんが行っているのは、作業遂行に対して、子ども自身が解決法を発見することで、スキルを身につけていくCO-OP(コアップ:Cognitive Oriented to daily Occupational Performance)アプローチです。カナダのトロント大学名誉教授でDCDの研究者であるヘレン・ポラタイコ氏が開発した療育の最新メソッドで、多くの効果がエビデンスとして報告されています。

 とくに「獲得したスキルをどのようなシチュエーションであっても使用することができる(般化)」「獲得したスキルを別のスキル習得に応用できる(転移)」などの、応用力に重点が置かれています。ポイントは本人自身の解決力です。

 「本人に何度も問いかけるのは、“おもしろかった”で終わらせないでほしいからです。困りごとが生じたら、それをごまかしたり、回避したりするのではなく、自分で考えて解決してほしいのです。指導者が教えて、すぐにできるようになるよりも、少しずつでも自分の力で目標に近づいていくことが大切で、それが応用力につながると思うのです」(勝原さん)

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神戸市医療福祉センターにこにこハウス

 S君の父親はかつて高校球児で、いまでも草野球チームで野球を続けているほどのスポーツ好きです。「自分が簡単にできてしまうから、息子にも“何でそんな簡単なことができないんだ”と叱ってしまいがちでしたが、ここでの療育の様子を見ていて、それではダメなんだなと気づかされました」と話します。

 療育を通じて縄跳びができるようになった我が子を見て、スモール・ステップの大切さを感じるとともに、日常にも良い影響が出ているそうで、「それまでは自分の話したいことをバーッと話すだけだったのに、最近は相手の言うことも聞けるようになりました。そういうやり取りができるようになったのは、支援の効果かなと思います」と話します。

 勝原さんが実践するCO-OPアプローチにおいて、中心に置くのはあくまでも子ども。大人は子どもの困りごとを本人から聞き出し、きちんと向き合い、一緒に考える。そして、解決するのは大人ではなく、子ども本人。その点が何よりも重視されています。DCDの療育に限らず、あらゆる子ども支援に通じる基本セオリーだと感じます。

執筆:Webライター 木下真

※この記事は、2018年10月18日公開のものに新たな取材を加えて更新しました。

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