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ハート ネット ピープル

「誕生死」という言葉に込められた思い」〈2〉

流産や死産などを経験した母親たちを、医療側はどのように支えたらいいのでしょうか。ある医療機関のとりくみと、渦中にあった母親の思いを紹介します。

                  *  *  *  *
医療側のサポートは
『私は死産を体験しました。母親が私じゃなかったら、娘は生まれてこれたかもしれない、と毎日後悔しています』

石渡希さんが、3年前に寄せた読者カードです。石渡さんは7か月の定期健診のときに異常を告げられ、病院に入院。しかし、その日のうちに赤ちゃんの心音が停止してしまいました。
突然の出来事に気が動転する石渡さん。そんなとき、一人の看護師が声をかけました。
「赤ちゃんに会いませんか」

死産にもかかわらず、これから分娩台に向かい、出産しなくてはならない過酷さを、「『我が子に会うため』と考えて、乗り越えて欲しい」という励ましでした。

出産後、石渡さんは出産した子どもに会いました。石渡さんは当時の気持ちをこう振り返ります。
「会わせる顔がない、どんな顔で抱っこしてあげればいいんだろう、元気で産んであげられなかったのに……、最初はそう思いました。でも今は、あのとき会わなかったら、ずっと後悔したなと思っています」

さらに石渡さんは、病院が用意した特別なベビー服にも心を癒されました。小さいまま亡くなった赤ちゃんに市販のベビー服は合いません。小さなベビー服を、「天使のブティック」という、お母さんたちがつくるボランティアグループがつくって病院に寄付しています。実は、「天使の?」のメンバーもこの病院でわが子をなくしたお母さんたちです。
また、この病院では、ソーシャルワーカーがよびかけて、誕生死を経験した母親たちが年に2、3回集まり、胸に秘めた思いを語り合う機会も作っています。

病院のサポートによって、娘の死と向き合えるようになった石渡さん。2005年3月には新しい子どもを授かりました。娘を亡くした悲しみが消えることはありません。しかし、今はその事実を受け止め、懸命に子どもと向きあう毎日です。

(2006年11月16日 福祉ネットワーク「忘れられない小さな命」より再構成しました)

コメント

昨年11月、里帰り先のクリニックで男の子を出産しました。
出産の約4時間後、容態が急変し、市内の総合病院に搬送されたものの、生後5日目で逝ってしまいました。
妊娠経過はずっと順調だったので、まさかこのようなことになるとは考えもせず、しばらくの間、全く現実感がありませんでした。

現在はとにかく時間を、生活を前に進めなければいけないと思い、仕事を始めたばかりです。

この100日間で気持ちは随分安定してきたようですが、まだまだ辛いです。
ふと涙を流していることが多いです。
解剖の結果、医学的な説明はなされました。
ただ、どうしてこういうことが私の赤ちゃんの身に起こったのか、今もよくわかりません。

ただ、振り返れば、彼が息をひきとった前後、NICUの方々に非常に温かい心を持って接していただいたことが有り難く、今も心の支えになっています。
お風呂に入れ、体を洗い、オムツを当て、手作りの下着やお洋服を着せる。
初めての赤ちゃんのお世話をゆっくりと時間をかけて、見守っていただきました。
何より嬉しかったのは、その間、彼の名前を呼んで頂いたこと。
人は普通、生まれてから死ぬまでの間、一体どれだけ自分の名前を呼ばれるのかはわかりませんが、私はとにかくこの子の名前を少しでも多く、呼んであげたかった。
だからスタッフの方々に「くん」づけ、「ちゃん」づけで呼んでもらえたことが嬉しく、誇らしく、今も忘れられません。

出産したクリニックでは私は泣いてばかりいました。
他のお母さん達は育児で忙しいんだろうな、私ばかりが寝ていてはいけないと思い、必要以上に部屋の中を動き回っていたように覚えています。
担当医からは「泣いていても赤ちゃんは元気にならないからね」と言われました。
客観的にはその通りかもしれません。
入院中は赤ちゃんも頑張っていたので、私を励まそうとしてのコメントだったのかもしれません。
しかし、こうなってしまった後で、ただ単に、もっと私の不安や悲しみに寄り添って欲しかったと思います。

この子を授かったのはちょうど昨年の今頃です。
昨年は私の人生の中で一番幸せで、一番悲しい年でした。
また会えるまで、どんな風に過ごすべきか、毎日考えながら生きています。

私は昨年3月9日に生後2か月10日の娘柚香(ゆずか)をSIDSで亡くしました。
ほかに3歳の長男と今年1月23日に33週で誕生した二男がいます。
死産や流産、生後すぐにお子さんを亡くされた方とは少し違うのかもしれませんが
気持は本当に同じです。
朝目覚め、隣ですでに冷たくなった娘を発見した時のことは今でも鮮明に覚えています。
現在娘が亡くなってから4か月位したころに授かった二男が誕生し幸せですが娘のことを1日も忘れたことはありません。
家族や周りの人たちは二男が誕生したことで元気になったと思っているようですが
二男を抱くたびに娘のぬくもりと発見時の冷たさを思い出し涙しています。

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