
いのちのひかり
はじめて彼女と会ったとき、わたしは、「きっとこの人は、平穏な人生を、何不自由なくしあわせに、歩んできた人なのだろうなあ」 と迷わず思った。
今から4年ほど前―
猫エイズと白血病の猫 “あい” と暮らし始めて1年弱、まだ精神安定剤を手放すために四苦八苦していた頃のこと。
ちょうど私の母親が、保健所に連れて行かれるはずだった5匹の乳飲み猫を引き受けてしまい、インターネットで貰い手を募集したところ、里親に名乗り出てくれたのが彼女だった。
第一印象は 『太陽』 のような女性。
私より1、2歳、年上だろうか。
ふくよかなほっぺは、笑うためにあり、つぶらな瞳は、まっすぐに人をみつめるためにある…
そんな 「恵まれた人」 なのだと思った。
―親の愛情に。
だから彼女が、不妊治療をしてまで子供を授かりたいと思っていると聞いたときも、なおさら、自分とは違う世界に生きているのだと痛感した。
結婚をし、子供を生むという、あたりまえの本能が、あたりまえにそなわった健全な人間。
わかりあえることなんて、一生ないだろう、と。
やがて時が経ち、彼女が自分の過去を、ぽつり、ぽつり、と話してくれるようになったとき、しかし、わたしは度肝を抜かれた。
彼女は、生まれながらにして、軽い言語障がいのある子どもだった。
そのせいか否か、幼い頃から家庭は不和で、まだ小さかった彼女は、それでも両親に仲良くなってほしい―と、自分が笑っていればいつか両親も笑ってくれる―と、いつも気を配り、親の顔色をうかがいながら立ち回っていた。
しかし、その努力むなしく、母親は大学受験をひかえた彼女を置いて、突然家を飛び出し、行方不明になった。
「…それなのに、よく子どもを作ろうと思えたね…」
今、念願かなって臨月を迎える彼女に、わたしが思わず訊くと、
「私も、結婚したばかりの頃は、ずっと 『子どもだけは絶対にいらない』 って言い続けてたんだよ」
まさに現在、私がそうだ。
「だけどそれから少しずつ気持ちも変わってきて、で、いざ子どもを作ろうと思ったら、今度は全然できなくて…。そのうえ不妊治療まではじめたのに、想像以上に痛いわ、お金はかかるわ、なのにちっとも効果は出ないわで…」
「やめたいと思わなかったの?」
迷うような沈黙が流れる。
「…そのときね、思ったんだ」
「なにを?」
「ああ、これは罰(ばち)なんだなって」
「罰…?」
「あのとき、私が 『子どもなんていらない』 って言ったから、神様が怒って、子どもができないように罰を与えたんだ…って…」
「…でも、今はほら、授かったじゃない」
わたしは、かろうじてはっぱをかけた。
「だけど不安だよ」
「なにが?」
「…私も、両親と同じことを繰り返しそうで」
返す言葉を失った。
親に愛されたという自信を持てない子どもたちが、やがて行き当たるのは、「自分も子どもを愛せないのじゃないか」 ということ。
「親と同じことを、自分も子どもにしてしまうのじゃないか」 ということ。
同意すると、彼女は自嘲した。
「私なんて、世間で起きてる残酷な事件と比べれば、たいした虐待を受けたわけでもないのにね」
そうやって―
わたしたちはいつも、小さな頃からずっと、自分をなぐさめるふりをして、「痛み」 に蓋をし、重石をしたまま大きくなった。
『暴力を受けたわけじゃない』
『食事を与えられなかったわけじゃない』
『私なんかより、苦しんでいる人たちは世界中にいる』
そして、思う。
わたしの心があまえてるのだ、と。
「セリは、前に進んでるよ」
一息つくと、彼女は言った。
「テレビや文章で本音を伝えて、それを見た両親が、変わろうとしてくれてるじゃない」
曖昧にうなずいて、胸の奥がちくりと痛む。
わたしは、テレビで自分の過去を話すたび、文章を書くたび、一番大切にするべき両親を傷つけているように感じてならない。
まるで、幼い頃の仕返しのように。
告げると、彼女は 「それでも」 とかぶりを振って、言ってくれた。
「過去にしばられて前を向けないより、ずっといい」
「神様はさ…」
受話器をにぎりしめなおしたわたしは、涙声を隠さず垂れ流した。
「罰を与えたんじゃなくて、あなたが心から子どもを愛せるようになるまでの階段を用意してくれたんじゃないかなあ。そしてそれを、あなたがちゃんと、一段、一段、のぼったのを見て、『よし、もう、この子はだいじょうぶ』 って、言ってくれてるんだよ…」
「…そうかなあ」
「そうだよ。だから…だいじょうぶ」
「でも私、普通の親みたいなこと何も知らないよ? 童謡も、民謡も、歌えないんだよ?」
「子育てに、民謡はいらないでしょ」
思わず、ふたりで噴出した。
わたしたちは、いまもなお、見えない「家族」の影にしばられている。
前をみるたび、未来をみるたび、置いてきたはずの過去にひきずられそうになって、必死であらがう。
負けてはだめ。前を向かなきゃ。
だけど―
後ろでも、下でも、横でも、ななめでも、
自分が向けば、そこが、自分の 「前」 になるんじゃないのかな。
この文章が載る頃、きっと彼女の腕には、ふにゃふにゃの赤い顔をした 「子ども」 とやらがいることだろう。
もうわたしの中で、彼女はけして 「太陽」 ではない。
ときにまんまるな笑顔で人をしあわせにし、ときに折れそうなほどその身を削って人を気遣う。
満ちたり欠けたりを繰り返しながら、だけどいつもかならずそこにある―
やわらかな、月のような、親友だ。




いつも読ませていただいています。
私も子供を持たない人生を選びました。その理由は誰一人同じであることはないのだろうけれど、あえて「同じ」という言葉を選びます。…そう、私も「同じ」理由で、です。
「暴力を受けたわけじゃない」「食事を与えられなかったわけじゃない」…そうなんです。キズをいっぱいいっぱい受けたのは「心」。子供の私は必死で「心」を守る為に、一生懸命一生懸命そのキズを感じないフリをしていたら、“フリ”をして閉じ込めていた感情の箱が「もう無理ーーーーーーっ!」と溢れ出し大暴れしました。それは、何年も何年も経ってからの、うんとオトナになってからでした。うんとオトナになった私に、自分が苦しかった理由がやっとわかったのです。子供を持てない本当の理由も。「愛する」という感情がどういうものかずっとわからずに生きてきてしまっていました。
その自分を肯定して生きていくことは、今度は別のキズを受けたりもするのだけど、自分にウソをつくより、自分に誠実に生きて行くことを選びました。ぶっ壊れ、一度チリジリバラバラになって。もう一度組み立てられた「私」。
…ここまで来るのにいっぱい時間がかかったなぁ。(セリさんよりうーんと長く生きてます 笑)
こんばんは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。
> mori 様
いつも読んでくださり…本当にありがとうございます。
moriさんも、子どものいない人生を選ばれたのですね。私も、結婚して数年経ちますが、考えても考えても、子どもと生きていく自分を、未だ想像できずにいます。
moriさんのお言葉のすべて…深くうなずきながら読ませていただきました。
大人(親)から見れば「まだまだ子ども」に見えても、本当は皆、幼い頃から、いっぱいのことを感じ、考え、そして自分や周りを守るために、たくさんの傷を負いながら、それでも生きようとしているんですよね…。
でも「心」は、外からは見えない。自分自身ですら、気づくのに時間がかかります…。私も…。
今、moriさんが、バラバラになったあと、ひとつひとつ積み上げた、新しく、そしてありのままのmoriさんであること、心からうれしく思います。
私も、子供を産むのが怖い、一人です。
暖かい食事があった、どこの子よりも金銭面では贅沢をさせてもらった・・・。頭では理解はしていますが、感情に辛かったと残っているんです。
どんなに、頭で理解させようとも、感情は「自分を認めてほしかった」
泣いてるとき、やさしく慰めてほしかったと言いたいんです。
自分はみんなと違っていておかしい、きっと周りも私をそう思っているんだろと思い込んできました。
心が痛くてヒリヒリしてずっと生きてきました。
そんな私は、いろんな人の言葉の裏側にある、否定やなじりを敏感にとらえていました。
だから、生き辛かった。
今までの癖で過去の傷ついた私が、ひよこっと顔を出します。
「そんなことあんたがしたって駄目だって。」
「目立ったら駄目だよ」
漠然とした、不安と、心配があります。
こんなことばかりして、生きていっていいのか・・と最近思い、決断しました。
もう、過去の自分には戻らない・・・。
決心したのが、今年です。40歳です。
今、産むのか産まないのか年齢的にも来ていますが、まず、過去は終わりにして、本来の自分を探してゆきます。
辛い過去に生きるのは、自分の人生を台無しにすることだと思いました。
きっとそこから見えてくるんだと思います。
こんばんは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。
> クロ吉 様
クロ吉さんのお言葉…自分のことのように共感しました。
私も、あまりあるほど(特に金銭面では)恵まれた家庭だったと、今振り返っても再確認するのですが、「本当にほしかったもの」だけが手に入らなかった…のでしょうね。
「言葉の裏側にある、否定やなじりを敏感にとらえて」…私もそうでした。
私なんかが認めてもらえるわけがない、好きになってもらえるわけがない…というゆがんだ考えが、かつて、一生懸命、私に愛を届けようとしてくれた人たちをも遠ざけてしまいました。
普段は必死であらがっているのに…ひょこっと、顔を出してしまうんですよね。クロ吉さんのお気持ち、痛いほどわかります。
これから、「本来の自分探し」をはじめるクロ吉さんの道が、でこぼこも楽しめる、クロ吉さんらしい光にあふれていることを祈っています。
私も子供を持つのが怖いです。
でも産みたいってキモチもあるんですが
やっぱり怖いが勝ちます。
咲さんは甘えてないと思います。
「産まない」っていうのは
すごく愛情があると思います。
普通の人は
咲さんほどふか~~く考えずに
産んでると思うし
その分咲さんは偉いと思います。
でも普通の人も偉いと思います。
どちらの選択も私は
勇気がいると思います。
私は
咲さんの子供に生まれたかったです。
だから大丈夫。
きっときっと優しくて
あったかくて
いいお母さんになると思います(*^ω^*)
驚きました。今、私がやっている、セルフカウンセリングの内容と同じだったからです。
私は、物事を否定的に捉える癖があり、自分を悲劇の主人公にする癖があるようです。
カウンセリングで、それは、子供のころ、かまってもらえなかった両親の気を引くためだったのではないかと知りました。
思い当たります。両親への不満から、「死」という文字を障子に書いていました。それを見た両親に心配して欲しかったのです。
確かに、両親は貧しいなか、私を大切にしてくれました。洋服もいいものを買ってくれ、大学も望むままに行かせてくれました。父は、人を殴るのが嫌いで、私が高校生のころ、擬似家出をしたとき、思い余って、最初で最後の手を挙げました。私のお尻に。
そんな両親の何が気に入らなかったのか、申し訳ないけど、今の私には、分かりません。
ただ、もっと無条件に、闇雲に愛して欲しかったのではないかと思います。
わがままかも知れませんし、贅沢かも知れません。
私には、3歳上の兄がいますが、子供心に、どうも、兄をひいきしているように見えたものです。
心がそう思ってしまうと、親のちょっとした言葉=「お兄ちゃんは良く手伝うのに、お前は働くのが嫌いだね」など=で、酷く傷ついたのかもしれません。
社会に出てから、30年以上、ずっと誤魔化しながら生きてきたと思います。自分に自信がなくて。
2度、離婚をしました。
最近、22年間勤めた会社を、仕事と人間関係が限界だと思い、辞めました。
そして、セルフカウンセリングを始めたのです。
不思議です。これを書いていたら、両親への恨み=もっと愛してくれていたら、私は、こんなにならなかった=が、無くなってきたみたいです。
親も親なりに、一杯愛してくれたんだなぁ、と、何だか思えてきました。
親は、私のこんな気持ちを知らずに、既に他界しています。
私には、娘がいます。私も、自分が親から受けたことを娘にしてしまったら、どうしようと思ったことがあります。でも、子供は親がどんなに好きで、振り向いてほしいか、経験から知っているので、娘には、面と向かって、「貴方が好きだよ」と言ったこともありますし、これからも、そう言い続けようと、思います。そうすることで、私も救われるのです。
実は私も自分が結婚して子供産むなんて考えられませんでした。でも 何でだろう、今のダンナさまと出会って頑なだった心が楽になって…そしたら子供が授かって、「産もう!」って気持ちに自然となりました。産まれて出てきた娘を見た時、「あ~私と同じ指だぁ」って思いましたョ(笑)
2人目を流産し、なかなか次の子供が授からず不妊治療。その時も辛かったなぁ。
そして…そうして産んだ上の娘は高校生の時、摂食障害で死にかけました。その時読み漁った本には、そういう病気にかかる子は母親との問題を多く抱えている場合が多いって書かれてました。悩みましたよ~。やっぱり自分じゃ親は務まらないんじゃないかって。でもそんな時、支えてくれたのはダンナさまと友達でした。「本なんかに惑わされるな!」って叱ってくれました。どうして良いのか分からないまま手探りで、でも小さなきっかけから親子をもう1度やり直しました。いっぱい泣いて、いっぱい抱きしめて、いっぱい話して…。
過去は変えられない。
だけど捕われすぎちゃダメなんだと思います。
それから自分が親になって気づいたこと…実は親の中身だって、子供と大差ない。不安でコワくて仕方ないんです。
ただ きっと赤ちゃん~幼児~子供…その間に一生分の幸せをもらっているんじゃないかな。寝てると天使だしね~(爆)
今、下の娘は母親になろうとしています。そして上の娘は辛い別れを選択しました。
どちらの娘も愛おしい。けれど私にできる事は、ほんの少し手を差しのばすことと祈る事だけです。
どうか幸せになりますように…。
どうか笑っていてくれますように…。
そして…差し出がましいですけれど、セリさん始め皆さんの心が少しでも軽くなりますように。悲しい心を知ってる人は、他人にも生き物にも優しいんですよ。だから どうぞ皆さんが いつも笑って幸せでありますように、祈らせてくださいね。
こんばんは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。
> ゆき 様
「私は咲さんの子供に生まれたかったです。」
涙があふれました。
今、ゆきさんからそのお言葉をいただいて…もしも、この身に命を授かることがあれば、きっと「生もう」と決意できるような気がします。
ゆきさんのおかげです。
ゆきさんのコメントを拝見するたびに思うのですが、ゆきさんは、さまざまな立場の人のことを、大きな愛で受け入れておられ、本当に尊敬します。
そんなゆきさんだから…
きっと、いつの日か命を授かる日がきたとき、やっぱり「あったかいお母さん」になれると思います。
「完璧」でなくていいんですよね。子どもと一緒に、人生を楽しめるような、そんな一人の女性であり、母親になれれば、いいな。
こんばんは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。
> 香箱 様
私は今まで「セルフカウンセリング」という言葉を知らなかったのですが…今、ネットで検索して、驚きました。
実は、5年ほど前、一番、心が苦しかったときから、無意識にしていたことが、この「セルフカウンセリング」というものだったようです。
本当に…ただ文字として、うそ偽りなく綴るだけで、自分の心の奥底にあった気持ちと、不思議なほど向き合えますよね。
「無条件に、闇雲に愛してほしかった」…そのお気持ち、痛いほどわかります。
わがままでも、贅沢でも、ありません。だけど、そう自分に対して思ってしまうお気持ちも…わかります。
娘さんに「好きだよ」と言葉にしてくださったこと…なんだか自分が娘さんになったように、しあわせを感じました。そして、そうすることで、香箱さんも救われているということにも…。
すてきな、すてきな、愛情の循環ですね。
こんばんは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。
> みーはー熊 様
みーはー熊さんが、旦那様と出会われて、ご自身の心が解かれていったことも、そのうえ、自然な気持ちで命を授かったことも…わがことのようにうれしいです。
上の娘さんの摂食障害も…私は、娘さん側の立場になってしまいますが、みーはー熊さんがどれだけ悩まれたことか…私も母に、「ごめんね、心配かけたね…」と今更ながら言いたい気持ちでいっぱいになりました。
旦那様とお友達さんの「本なんかに惑わされるな!」のお言葉も、すばらしいですね。
本当に…子育てや、生きていくことに、「正解」なんてなくて、誰もがそれぞれに与えられた個性の中で、それぞれの道を助け合いながら探していくしかないんですよね…。
お二人の娘さんが、いっぱい悩んで決めたこたえが、きっとやさしい未来へつながっていることを、私にも祈らせてください。
そして、私のために、祈ってくださって、本当にありがとう。私は、今、しあわせです。
セリさんが出された本より、もっと詳しく記載されている当時のセリさんの生き辛さ・・とても心に伝わってくるものがありました。
私は当時のセリさんのお気持ちが胸が痛くなる程わかります。
私は、我が家から出た人や、親戚一同できの良い人ばかりが多く、私自身が成長してゆくにつれ、周囲の「頑張りなさい。」などの期待や評価が私自身とても重かったです。。
立派でもなく、介護のお仕事に充実し始めた間中、当時の私を苦しめ狂わせた出来事が、父の飛び降りて自殺を図ろうとしようとした行動でした。鈍いような音と、一番先に見つけた私の瞳に入り込む血だらけの父の姿を見た私は頭が真っ白で心がいっきに壊れました。「どうして・・・?なんでこんな事したの・・・?」って頭かかえ込みながら、泣きました。今となっては何故か心の奥底で父を許せないでいます。
幸いにも命には別状なく長期入院とリハビリですみました。その日から薬物にすがるようになり、日々追うごとに大量に摂取していました。こうなってしまったのは自分のせいだと、薬と酒の勢いでナイフで何度も突き刺し、足の横をカミソリで一直線に思いっきり裂きました。中身が見えて縫うはめになり、今はもう痛みはないのに残った傷と痺れのせいで時々吐き気や痛みに襲われます。
当時は、どんなに傷つけても痛みなど感じず、
心の傷の方がすごく痛かったでした。
そんな私に、母は「おまえはなんにも悪くない。だからもうやめて。。」って言ってくれました。自分が自分でなくなってしまうような恐怖感に逃れたくて、多量摂取していた薬を急に辞めました。すると禁断症状が現れ、
たてなくなったり、転んだり、おかしなアザができていたり、起き上がることすら難しくて、体重も激減し、。。。笑
暗くて深い谷底の世界に迷い込んだような感じでした。
忘れたいのに、忘れられなくてつらくて、
つらい時もありますが現在はゆっくり幸せ目指して、安定しています。☆
薬物依存って本当に恐ろしいですよね。
長々と過去体験談をすみませんでした。
セリさんこんにちは。
私も一緒です。
男の人も嫌い。
大人も嫌い。
子供のころから、ずっとずっと「結婚なんてしない」し「赤ちゃん」なんて論外だと思っていました。
だって私は半端な人間。
半端な人間が人を導くなんてできない。
子供を幸せになんてできない。
愛せない。
私みたいに、生きるのが苦しいなら生んでも辛いだけ。
でも何かに導かれるように結婚したんです。
双子のような、魂の片割れのような人が旦那です。
考えもすこしづつ変化してきました。
この人となら、赤ちゃん産んでも大丈夫かもしれない。
私が辛かったなら、そのぶん沢山抱きしめて、大好きだと言って、毎日頭をぐりぐり撫でてあげよう。
仲がいい両親、毎日喧嘩しない家族。
してもらえなかったこと、してほしかったこと、全部してあげよう。
そうすれば、きっと幸せがある・・。
今はまだやりたいことがあるので、本格的に赤ちゃん・・とはしてません。
でもいつか家族が増えることを、望んでいます。
こんばんは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。
> みゆ 様
みゆさん…よく、今日まで生きてくださいましたね…。本当に、本当に、すごいです。
苦しかったでしょう…
期待をかけられ、それを叶えられない自分自身を責め、追い詰められたことでしょう…。
自殺未遂をされたお父様…お父様も…もしかしたら、「できが良かった」のではなく、自分で自分を追い詰めてしまっていたのでしょうか…。
それぞれの痛みが極限にまで達し、一度は割れてあふれ出してしまったグラスから、みゆさんは、新しい透き通った水を、またそそぐことができたのですね。
お母様の、心からの「みゆさんが大切」という思いのおかげですね。
そして、みゆさん自身のチカラ…。
今、みゆさんが、忘れられない思いに苦しむ日がありながらも、安定した日々を送っておられること、本当にうれしく思います。
消すことのできない記憶なら…ゆっくり…ほかの優しい記憶に紛れ込ませながら、ともに生きていきたいですね。
こんばんは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。
> ハル 様
涙があふれました。
男性を、大人を、そして、もしかしたら何よりも自分自身のことを、信じられなかったハルさんが、何かに導かれるように、本当の愛と出会えたのですね…。
双子のような、魂の片割れのような人…
きっと、旦那様も、ハルさんと出会えて救われたことでしょうね。
そして、彼との出会いによって、ハルさんは、きっと「本当のハルさん」に戻れたのだと思います。
だから、きっとこれからの未来は、どんな道を選んでも、ハルさんらしく、自由に、愛をそそげる道に続いているような気がします。
苦しみを抱えてきたハルさんだからこそ、きっと、お子さんが苦しんだとき、誰よりも理解し、寄り添えるのでしょうね。
ハルさんと、旦那様と、そしていつか増えるかもしれない命…あったかい家族が、目に浮かぶようです。
セリさんは、幸せですね。。。
「心の苦しい症状」がなくなりきっていなくとも、「そのままのセリ」さんを受け入れてくれて、「子供のいない選択」も受け入れてくれる人がそばにいて。。。
「子供はほしくない」というと「じゃあ、結婚する意味ない。 子供産む女と結婚する。」。。。。「子供を産まない私はいらない人間」ということ。
「心の症状」も理解してはもらえない。
医者やマスコミいわく、それは「心の風邪」。
「体の風邪」は3日もあれば治るけど、私の「心の風邪」は何年も十何年も治らないのです。
「一緒に治そう」と言ってくてた人が一人。
でも、何ヶ月たっても治ることもなく、「いいかげん、無理。」と離れて行きました。
「そのままの私」は一生安らぐことを許されない。
親に「いらない子供」と扱われ、大人になっても「いらない人間」。
強くならなくてはいけない。
強くもないのに、強いフリするのも疲れちゃった。。。
こんばんは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。
> ありんこ 様
ありんこさん……
しんどいですね……くるしいですよね……
今、ありんこさんの手をにぎれる場所にいられなくてごめんなさい。
だけど、心から、ありんこさんの心に寄り添いたいと願っています。
私とパートナーも、今日の日に至るまで、さまざまなことがありました。
「治せる」と知り、「治そう」と決意し、治療をしていたときが一番地獄でした。
私は、「治らない」自分を責め続けたし、彼は、そんな私のそばにいて、生まれて初めて「自殺」という思いすら頭をかすめたそうです。
お互いに、追い詰めあいました。
「強くなんてならなくていいんですよ」…なんて言葉は、「強くなくては認めてもらえない社会」の中ではキレイゴトであると…だから、無責任なことは言えません。
でも、ありんこさんが、「強くなろう」とがんばっていること。そして、それが、くるしくてくるしくて仕方ないこと…。
何もできませんが、せめて、私の胸に刻ませてください。
祈ることしかできませんが、祈っています。いつか安らげる日がくると、信じています。
ありんこさんにも。私自身にも。
私は50代目前の主婦です。(子供のいない人生)と検索しこのサイトを見つけました。夫とは25年の付き合いですが、残念ながら子供はいません・・・不妊治療など妊娠への特別な努力はせず自然に任せた結果です。20代から精神的に不安定で抗うつ剤などの服用を続けていたため自分の体をどうにも出来なかった日々が現在まできています。3年ほど前からは漢方に代わりほぼ安定していますが気づけばもう50代目前・・自分の宝となる子供のことを考え悩む時が何度もありました。30代の後半で薬を止めて最後のチャンスに飛び込もうと夫に相談しましたが子供の居ない人生を選んでいました。夫の言葉ではなく様々なところで傷ついてきましたし他人の子供話は解からないのでポカーンとするしかありませんでした。30代で「お子さんは?」「できないの?」「どこか悪いの?」などなど・・・。子供が少ない国は深刻だとは思っていますし毎日のように報道される子供手当ての話題に以前から締め付けられている思いで時につぶれそうになり自暴自棄になって行く悲しみがあります。十分自分を責めて来ましたし私の身近で起こるおめでたい話にがんばってもきました。もう子供は産めない年になり思うのは産めるときと言うのがあってやっぱりその時を女の体は感じるのだろうと思います。いまは夫と犬と3人暮らしで長い付き合いにもなっているので健康で仲良く平和に暮らせたら十分だろう・・・と毎日を送っています。そして近々また知人の出産のお祝いに出かけます・・少しだけがんばって。前向きに生きなければ全部否定してしまいがちですから手のひらの夢ではなく幸せの構図を見つけて行きたいと思っています。
こんばんは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。
> とうこ 様
お返事が遅くなってしまい、ごめんなさい。
検索でたどり着いてくださったのですね。
偶然に、とうこさんと、こうしてつながれたこと、とてもしあわせに思います。
20代から精神的不安定により、お薬を飲まれておられたとのこと…
そして、妊娠も自然に任せられたとのこと…
現在の自分と重なりながら読ませていただきました。
私もちょうどその頃から、心の不具合がひどくなり、お薬を飲むようになりました。
結婚はしていますが、二人とも、猫にメロメロなせいもあって、現在も子どもはいません。
「このまま、子どものいない人生でいいよね」とうなずきあいつつも、でもどこかに、「いつか後悔をするのだろうか」というちいさな不安も持っています。
とうこさんは、ワンちゃんと暮らしておられるのですね。
「手のひらの夢ではなく幸せの構図を見つけて行きたい」とのお言葉、胸に染みました。
私は、まだやっぱり「子どものいる自分」を想像できるだけ大人になれていません。
だけど、とうこさんのお言葉を読んで…自分らしいしあわせのかたちを、もう一度、みつめてみたいと思いました。
気づかせてくださって、ありがとうございます。