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ハート ネット ピープル

あいしてもらえるわけがない

[写真] あいと握手「生きているから、あったかい」
[写真] あいと握手 「生きているから、あったかい」

(前回からの続き)

当時、わたしは高校生で、
年頃らしく顔中に広がったニキビが死ぬほど嫌だった。
学力も人並み、運動神経は最悪のわたしは、
彫りの深い顔立ちだけが唯一すがれるとりえで、
だけどそれもどんどん醜くなって、酔った父に何げなく 「気持ち悪い」 と言われた時は、もう1%の自信も残っていなかった。
はじめてできた彼氏が、だんだん離れていったのもニキビのせいだと、
強迫的なまでに顔を気にして、皮膚がむけるほど洗い、人の目も見られなくなった。

薬局の薬も、漢方薬も、皮膚科も効かない。
エステに行きたいと思ったけど、禁止されていたアルバイトで得たお金だけじゃ到底足りず、父の財布からくすねた。
ばれて、生まれてはじめて、頬を張られた。
愛の鞭だ―そう受け取るには、わたしの心はすさみきっていた。
だから思った。

しあわせになりたいだけなのに、どうして、みんな、邪魔するの―?

わたしは、お金をくれる人を探した。
今ほどエンコーが社会現象じゃなかった時代―だから今よりずっと簡単だった。
罪悪感も、怖さも、まるでなかった。
あの家にいる以上に、怖いものなんて、何もない。

はじめて会ったはずのその人は、家族の誰より、やさしかった。
目を見て、話してくれた。
かわいいねと、言ってくれた。
宝物を触るように、わたしの肌をなでてくれた。

はじめて知った。
人間のからだは、あたたかい。

「あいされている」
抱き合っているときだけは、そう思えた。

「わたしは、いらない人間じゃない」
「わたしは、今、必要とされている」

だから、生きていてもいい。


誰でもよかった。
お金なんてもらえなくてもよかった。
あいされたい。
必要とされたい。

死にたくない。

本当は、わたし、死にたくない。

だけど、目の前に誰かがいなくなると、反動のように不安になる。
わたしなんて、誰からも必要とされていない。
誰からもあいされない。
だから、もっと、がんばらなきゃ。
何かができなきゃ。役に立たなきゃ。
じゃなきゃ、また 「いらない人間」 になってしまう―


「なにもできなくても、セリが好き」
そう言ってくれる恋人と出会ったのは、18歳の時だった。
彼は今までに会った誰とも違って、どちらかといえば、女性的な人だった。

抱き合うよりも、手をつないで歩くのが好き。
無理して一緒にいるよりも、わたしが趣味の時間を選ぶのが好き。
「何が食べたい?」 「どこに行きたい?」
なにかにつけて、わたしに聞く。
だけど、そのたび、わたしは不安になる。

わたしには、「自分」 がない。
食べたい物も、行きたい場所も、見たい映画も、好きな服も、
なるべくがっかりされなさそうな答えを、顔色を見ながら、並べるだけ。

勘のいい人はすぐに気づく。そして怒る。
「きみは、本音を見せてない」
だけど、わたしには、自分の本音がわからない。

ありがたかったのは―
彼は、とっても鈍感な人だった。

そうして、気がつけば付き合いも長くなって、
一緒に暮らすようになって、
過ごした時間だけ、わたしも、無理をしなくてすむようになった。

だけど、ふとした瞬間…、それは彼の帰りが遅いとか、
わたしのいない場所であった出来事を楽しそうに話したりだとかするたびに、
食い破るような不安が、わたしの中で膨れ上がる。
「きっと、この人も、わたしのことなんていらなくなる」
「わたしは、また、捨てられる」

わたしは、毎晩、必死で彼を抱きしめた。
そうすることしか、思いつかなかった。
女性であること―それ以外で求められた記憶のないわたしには、
彼をつなぎとめるすべが他になかった。
彼は戸惑って、それでも応えようとして、やがて疲れた。
「なにもできなくても、セリが好きなのに、どうしてわかってくれないの?」

うそだ。
なにもできない人間が、あいしてもらえるわけがない。

(次回へ続きます)

コメント

今回も読ませていただきました
やっていることの内容の善し悪しなんて関係ないですよね・・自分の存在を認める・・認めてくれる・・無条件で受け入れてくれる居場所を作りたい・・ 自分でも気づかないうちに求めていたのではないでしょうか・・
私は 愛情いっぱいで育てられたのに なぜか記憶の中には怖くて父に近づけなかった記憶があります。実祖母には 私の孫じゃないと言われました。小中高ではいじめられました。
心から愛した人に振られたときにはそばに置いてもらうために体だけを提供するような関係を2年も続け あげく中絶することもありました
今でも自分を好きにもなれず・・・です
でも ねこに会い 無条件で愛してくれる姿に少しずつ癒されています
以前 私はねこのために生きています・・とかなんさんに言って驚かれました(笑)
セリさんほどの経験はしていませんが・・
ねこって本当に不思議な力がありますよね

こんにちは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。


> ai 様
お父様への記憶、お祖母さまからの言葉、学生時代のいじめ…どれほど苦しく悲しかったことか…がんばって、今日まで生き抜いてくださって、本当に本当にありがとうございます。
そして、大好きな人への愛…。
aiさんの心の痛みを、きっと私はほんのかけらしかわかれてはいないのかもしれませんが…どうかaiさんが、ご自分を責めずにいてくれれば…と、ずっと祈ります。
私も、まだまだ自分のことを「好き!」とは言えず…でも、aiさんと同じ…猫のために生きています。
いえ、猫たちに生かしてもらってる…かな。
私たちに「生きたい」「生きよう」をくれた、愛しい命たちに、感謝ですね。

ゆっくり、ゆっくり読ませていただきます。


こんにちは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。


> ぶーこ 様

ゆっくり、ゆっくり、読んでやってください。
私も、ゆっくり、ゆっくり、振り返りながら、歩いていきます。
寄り道の中にこそ、大切にしたい景色があるのだと、今日もドングリでも拾いながら・・・。

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