本文へメインメニューへ
ここから本文です

ハート ネット ピープル

Life & Live

[写真]仕事をしているとパソコンデスクにのぼり、よくじゃまをしてきた"あい"「活き活きと生きること―それが生活―かも」

仕事に追われている。
―なんて、書くたび、ほんの6年ほど前には、まさか自分がこんなふうになろうとは想像もしていなかったことを思い出す。

それは、わたしが心の病気にかかっていると知ってから1年足らず―
繁華街で「猫エイズ」と「猫白血病」を患う猫"あい"と出会い、ともに暮らすことを決めたわたしは、当時、その預金通帳の中には10円も入っていなかった。
病気のせいでアルバイトすらできない。それどころか、家の近所のスーパーに行くだけでも、叫びだしそうなほど恐い。
それでも、あいを飢えさせないために―
あいのストレスがたまらないよう快適な生活環境を用意するために―
一念発起、働くことを決めたのだ。

最初は、自分に何ができるのか、まるでわからなかった。
とりたてた資格も学歴もない。ちゃんと働いた経験もなければ、心の病気まで持っている。
考えれば考えるほど尻込みをしてしまう環境の中、だからわたしは手当たり次第に、インターネットで在宅の求人案内に応募をした。
"データ入力"から、やったこともない"WEBデザイン"まで。
そのほとんどが合格も不合格も通知すらなく、運良く面接までこぎつけて心臓が飛び出しそうになりながら都心まで出向いても、交通費分の貯金をマイナスにしただけだった。

お金がほしかった。
お金を稼ぐ手段を、能力を、持ち合わせていない自分が情けなかった。
「しあわせはお金じゃ買えない」なんて言葉を聞くけれど、「お金がなければ守れないしあわせ」も、この世にはあるのだ。

だから―
本当に幸運にも、WEBデザイン会社の下請けとして受け入れてもらったときは、何が何でもこの仕事を死守しようと心に誓った。
どれだけちんぷんかんぷんなことを聞かれても、「はい! はい!」と元気に頷いた。できないことでも、迷わず「できます」と答えた。
そして、徹夜で調べて、試して、無理やりにでも「できる」ようにした。
毎日、真夜中まで働いても、月に5万円も手に入らないこともあった。
できるつもりで受けた案件が期待に沿えずクレームを受け、やがて電話のベルが鳴るだけで動悸が乱れ息もできなくなった。
強迫性障害の症状から、どれだけ確認してもミスがあるような気がして、寝ようと電源を切った瞬間、やっぱり気になって、何度もパソコンを立ち上げなおした。

「心の病気」を持っているなんて、口が裂けても言えなかった。
バレたら、すべてが終わると思っていた。



やがて独立をして、少なからず仕事量も収入も安定してきて、さあこれから―というときのことだった。
わたしの生きる意味であり、仕事をする理由だった"あい"が亡くなった。
自分が立っていた道が足元からガラガラと崩れ落ち、これからどうやって生きていけばいいのかわからない。
あとを追おうと日々もがき、それが過ぎると、今度は、その心の穴を埋めるかのように夢中で働いた。

そしてある日、突然倒れて動けなくなった。
―「うつ病」だった。

それまでの病気のように自分の体をだまして働くこともできず、悩んだ末、わたしはクライアントさんたちに「体調不良で伏せっている」ことを伝えた。
座って電話をすることもできなかったから、這いつくばるようにして書いたメールで。
すると、一件のクライアントさんから、思いがけない返信が届いた。

『自分は、かつて、うつ病だったことがあります』

驚いて、わたしは、自分の書いた過去のメールを読み返した。
どこかで病気のことを話してしまっていたのだろうか。
だけど、探せど探せどそれらしいものはない。
偶然か、それとも同じ病気を持ってるがゆえの勘なのだろうか・・・。
気がつけば、わたしは、その人にメールを打っていた。
『実は、わたしも、うつ病らしいのです』
この仕事にしがみつくと決めて、はじめてのカミングアウトだった。



今、わたしは、仕事の場でも、なるべく病気のことを隠さないようにしている。
そうすることで遠ざかる縁もあるのだろうけど―
少なくとも、そのクライアントさんとは、仕事の合間に、病気のこと、お互いが何より大切に思っている動物のこと、家族や日々の暮らしのことを、心のままに話せる間柄になった。
自然体で接することができるようになると、仕事も「こわいこと」ではなく、「たのしいこと」になり、今では電話のベルが鳴るのがひそかな楽しみだ。

それでも―
どれだけ日常が充実していたとしても、時々、どうしようもないほどの「死にたい」感情に支配されてしまうことがある。
耐え切れず、それを実行にうつそうとしてしまうことも。

だけど、その翌日には、腫れあがった瞼で、また仕事をしていたりする。

普通の人から見れば、いびつな生活。
けれどわたしにとっては、今まで生きてきた中で、たぶん一番"自然"なのだ。



仕事でデザインを創りながら、わたしは、よくインターネット配信されている音楽を聴く。
ランダムにかかるそれらは、なつかしい曲から、聴いたことのない曲までさまざまで、時折、ふっと制作の手を止めてしまうほど胸に響く歌詞と出会う。
有名なのか、無名なのかも、わからない。顔を上げた瞬間に、しかしそれらはすっと次の曲へ変わり、また音の大海原を泳ぎ始める。

願わくば―・・・わたしの仕事も、こんなふうに、どこかの誰かの心に、瞬間でも寄り添うことができればいい。世界と同じくらい大きなこのインターネットの渦の中で、わたしが作ったサイトに訪れて、ほんの少しほっこりしてもらえたらそれだけでしあわせ。

「生活」のために、無理やりみつけた「仕事」―
だけど今では、わたしを「生」へと引き止める、たしかな生きがいのひとつなのだ。



[写真]2011年5月10日、永眠した"ビー"。闘病中にはお守りを、眠った翌日には出張先からお花を贈ってくださったクライアントさん。「ひとりじゃない―ともに悲しんでくれる人がいるから、つづけられる人生」

コメント

そのことで仕事をしていたなんて
全然しらなかったなあ。
セリさんがんばったね。えらいね。
誰にも言わず
ずっとずっとがんばったんだね。
すごく尊敬する。
いつも痛感するのが
愛ちゃんは幸せでセリさんも幸せなんだ。
いのちがめぐりあってともに生きる。

誰かのために働く。
それってなかなか
できることじゃないとおもうなあ。

ゆきは運がよかったのかもしれない。
私にとってルナは愛ちゃんと同じような存在だったから。
ただルナを愛ちゃんみたいに
幸せにおねんねさせてあげれなかった。
ひとりぼっちにさせた。


それから
セリさんより早く病気が見つかって
バイトも続けられて
ちっさいころからあった強迫性障害も
ほぼ完治して、勉強もできるようになって
早く足並みをそろえることができた。
鬱もまだまだあるけど
昔よりましになった。
人より薄暗い世界に見えるし
毎日苦しいこともあるけど
人より幸せがいとおしくて
すごーーーーーーーーーーく幸せ。
それってすごいよね!?
元彼もそうだし、セリさんのおかげでもある(*^ω^*)
ありがとう。


中島さんの歌のように
たての糸はあなた
よこの糸は私。
そんなこんなで人生はめぐる。
まだまだ糸はたくさんあって
ひとはきっといろんな色の糸でつながっていて
ルナのように悲しい結末もあるけど
意味があって生きて
意味があって死んでいく。

命はいとおしい。
いのちをかみしめていきよう。

先日読んだ本に、人間は生まれる前に、苦しいことも、悲しいことも、残酷なことも、楽しいことも、何もかも全て自らシナリオを書いてその通りに生きているのだとありました。
動物全てがそうだとしたら、セリさんもコメントを書かれているゆきさんも、もちろん私も、そしてあいちゃんやビーくんたちも、みんなが今までのこと・・これからのこと、シナリオの中で意味あって生きて・・そして死んでいくんだな・・と。
たくさんの抱えきれない想いの中で、時にはおぼれそうになりながらももがいている姿・・
違うかな・・ おぼれて沈みかけていながらも時々無意識にでも水面上に顔を出し、もがき息を吸う姿・・かな・・
そうだよね・・きっと。
そして 時折息をもがきながら吸いに行った瞬間、空の青さや助けようと声をかけてくれている存在、ひっぱりあげようと手を差し伸べてくれている存在に気づき、「あぁ・・私は生きているんだな・・しあわせを感じることもまだあるんだな・・うれしいな・・」とふと我に返る・・
日々 多くのしあわせに埋もれているシナリオを書いた人々は別の何かを見つけるために生まれてきたのだろうけど、だからあふれているしあわせは当たり前のものなのだろうけど、セリさんやゆきさんのシナリオはきっと、病気や愛する者たちの旅立ちの中から時折見つけるしあわせ、喜びを宝石の原石のように磨いて大切に輝くものにしていける力、人の何倍も嬉しく感じることの出来る心を見つけるものなんじゃないかな・・?
病気も愛し旅立った者たちも、きっとそれに気づき、感じ、こうして日々しあわせに埋もれて気づいていない者たちへその想いを伝えていって欲しいと願っているんだと思います・・。
小さなしあわせに気づくことがまた新たなしあわせを生むこと。
それらを大切に暖め、紡いでいくことで何かが出来ていくこと。
たくさんの辛さ、苦しさの中からこれらを見つけ伝えていける、弱弱しいけれど、強くなっていける存在だと思います。
上手くいえませんが・・・

『カミングアウト』…難しい問題ですよね。
今までの自分を否定される恐怖や不安、偏見や周囲の目との戦い。
それで終わる関係ならそれまでだと、言ってくれた人がいました。
でも、きっと、自分自身が一番偏見や稀有の目で見ているのでしょう。その「それだけ」を切り捨てて生きる事ははとても難しい事で…。

本当の事はきっと心の底に沈んでいて、それを手に入れるためには上に積もった色んなモノを傷ついても自分の手ででどかしていくしかないのでしょうね。それがどれ程辛くても、苦しくても、逃げている限り宝物は見つかりませんよね…。

セリさん、辛い想いをたくさんしながらもその宝物を見つけるために頑張って、頑張って、今の素敵な顔で微笑む貴女が在るんですね。

そしてその存在は、貴女を見つめる人たちに気付きと勇気とチカラをくれます。

いつもありがとうございます。

ただ、もう少し自分にも優しくしてくださいね(笑)


セリさん、すごいです。
Webデザインって、てっきり資格か専門学校で学ばれたのかと思っていました。
失礼いたしました。

私も頑張ってみようかな、って思いました。
ブログをカスタムしたいとか、デジ絵を描けるようになりたい、とかですが。

勇気いただきました。
ありがとうございます。

「うつ」の自分をごまかせない感覚、よくわかります。
自分なのに、思いどおりにいかなくって。
考えられないし感じることもできなくなってしまう怖さ。

私はうつになった当初、戦う姿勢で闘病してましたが、ここ最近受け入れられるように変わってきて楽になりました。

生きやすくなった気がします。
前は「めんどくさいから飛行機つっこんでこないかな」なんて考えてたのに。

いいクライアントさまですね。
なぜか私まで救われる思いです。
セリさんにも、人を引き付ける素敵な羽根があるんじゃなかって思いました。

ではでは。

セリさんの道いっぱいいっぱい沢山を抱えて歩いて来たけどそこには気づかない大切な出会いをしながら
ここまで来た気がします。

私が、セリさんのブログに出会ったのも最愛の猫を
亡くしたころ、いつもの自分を必死で取り戻そうとして、 
だけど同じ何かをもっているところを探しているんですよね
そんな時に出会った、せりさんとあいちゃん
あいちゃんの中に黒猫と言うだけでmikanを重ねて
むさぼるように、ブログを見てました。

でも、これが不思議!
あるとき、それもお休みの昼間、TVで。それも教育TV!
普段見ることが無い!
そこにある女性が、しかもとってもきれい!な人が
なにやら心の病について赤裸々に話してるのをみて
うーんと考えていたところに、「あいちゃんとの出会い」を話されていたのには本当にびっくり!でした。
ちゃーんと助けられているんだなと思った瞬間でもありました。
だから、大丈夫なんだって思ってますよ
ビーちゃんことで初めてコメさせてもらいましたが
出会ってたくさん歩いて、ちょっと振り返ってまた歩き出す。その積み重ねが自分のような気がします。

 

セリさん。
今まで生きてきて下さってありがとう。
そして、尊い命を救って下さり、寂しい辛いひもじいだけの猫生だったかもしれない彼女、彼らと、一緒に暮らし家族になり、慈しんで下さり、ありがとうございました。

ちょっとだけ生まれてくる時代や、国を間違えただけでも
人はとても生きにくくなると思います。
それは、今の時代のこの国では「普通」と外れていても
間違えているのとは違うんだと思います。
生きるスピードや、感じ方がその他大勢の人と違っても、本当はそれこそ素敵なことなんだと思います。
そう思わないと生きてこれない私でした。

毛むくじゃらの温かい固まりは何より癒してくれる存在ですよね?
そして、彼らは絶対に裏切らない。
これからも、黒猫牧場のみんなと、
優しい優しい旦那様と
セリさんの優しさ、繊細さを活かしたお仕事と・・・
セリさんのペースで、生きて下さいね。

ホントに本当に、いつもありがとうございます。
セリさんの、心のひだと、それを感じる文章に助けられている一人です。

こんにちは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。

>ゆき さま

多分、私がゆきさんと最初に出会った頃、まさに仕事をはじめたばっかりで、いっぱいいっぱいだった時だったような気がします。
「誰かのために働くと決めた」…なんて言うとかっこいいけど、私からしたら、「あいが私に働くきっかけを運んできてくれたんだなあ」と…。
あいがいなきゃ、自分が「働けるようになる」なんて想像もできなかったから…。

私にも、ゆきさんにとってのルナちゃんのような存在がいます。
あいの前に出会ったクー。
まわりの人は、それでも「クーちゃんにも精一杯をそそいでくれた」と言ってくれるけど、やっぱり私にとっては、今も申し訳なさが消せません。
だけど、クーがいたから、あいと出会って…
あいと出会えたから、今があって…
すべては、つながっているんだよね。

私は、ゆきさんと出会った頃から、ゆきさんが言っている言葉を忘れたことがありません。
「くるしいけれど、しあわせ」
若くして、そして苦しみを抱きながらも、それでも笑顔を見せてくれるゆきさんに、私はいつも励まされています。

こんにちは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。

>ai さま

思わず泣いてしまいました…。
生まれる前に、自分が書いたシナリオ…
だとしたら、私はそのシナリオを、私のために大切に生きていきたいなあと思います。

aiさんの書いてくださったコメントこそが宝石みたいで…
本当に…人は、苦しみという水の中にいるからこそ、空気中に出た時、その風のすがすがしさを、光の柔らかさを知り、そして水すらも、その中にいる意味をみつけられるのかもしれませんね。

私にとって、あいを亡くしたこと、ビーを亡くしたことは、今もまだ耐えられないほどの痛みですが…
だけど、そんな今だからこそ感じられる、人のやさしさも、いっぱいあるのだと、日々痛感します。
そしてそれは、あの子たちが、私のために遺して行ってくれた贈り物のようにも思えるんです。
だから…
大切にしなくちゃね。
絆も。命も…。

こんにちは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。

>かりくる さま

「自分自身が一番偏見や稀有の目で見ているのでしょう」
…このお言葉、深く頷きました。
私は、自分以外の人には偏見の目は持っていないつもりでいながらも、自分のことは、いつも「なぜもっと普通になれないのか」と責めてばかりいました。
だけどそんなとき、周囲の人たちの、心からの「そのままでいい」というお言葉に、本当に少しずつ、少しずつ、自分を受け入れられるようになってきた気がします。
もちろん、かりくるさんも、そのひとりです。

私はへなちょこで…でもできれば人に必要とされる人間になりたくて…
強がってみたり、かっこつけてみたり、かと思えば弱気になったり、逃げ腰になったり、そのくせ虚勢を張ってみたり…
そんなこんなを行ったり来たりしながら、ときどき、まるはだかで笑えたりします。
そんな一瞬の笑顔を見過ごさず、大切に抱きしめてくれる、かりくるさんや皆さんがいてくれるおかげです。
私こそ、ありがとう!

こんにちは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。

>チカ さま

あははー。そう見てもらえるように、必死でかっこつけてたんです(笑)
もともとは、遊びでホームページを作ったりしていた程度だったので、最初の面接に行ったときには、『ホームページ作成ソフト』の存在すら知らず、「今時、手打ちで作ってるの?それこそ貴重かも…」と面接先で驚かれました。
(もちろん、面接は落ちました(笑))
その会社さんに「Dreamwaver」と「Fireworks」というソフトの使い方の本をいただき、「こんな便利なものがあったのか!」と開眼。
チカさんも、ブログカスタムやデジ絵など、やりたいことがあるようなら、きっとメキメキ使いこなせるようになると思います。
好きこそものの上手なれ…です♪

「闘う姿勢」から「受け入れる姿勢」へ…お気持ち、すごくわかります。
私も、心の病気がなければなあと思う気持ちもありますが、いい意味であきらめることで、前へ進めた気がします。

「めんどくさいから飛行機つっこんでこないかな」…これもわかります。
私は、「怪獣が踏んづけてくれないかな」…でした。

こんにちは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。

>mikan さま

びっくりしました…。
猫のmikanちゃんのことで、私のブログにたどり着いてくださっただけでなく、偶然にも、私が参加させていただいた番組を見てくださったのですね…。
しかも、普段ならテレビを見ない日、見ないチャンネル…なんだか運命のような気がしてなりません。

あの番組「ハートをつなごう」さんへの出演も、私の殻を破ってくれたひとつの大きなきっかけでした。
それまで、あいのことだけをつづっていたブログで、あれから少しずつ、自分の心のことも書かせていただくことができ、読んでくださる皆さんからのお言葉の数々に、「ひとりじゃない」という気持ちをもらいました。

ビーのことでは、あたたかいお言葉を本当にありがとうございます。
ゆっくり、ゆっくり、いきます。

こんにちは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。

>マロンのママ  さま

もったいないお言葉…本当にありがとうございます。
…泣いちゃいます。

生まれてくる時代や国…本当にそうですね。
私は、幼い頃から、「普通」を目指して四苦八苦しながらもどうしても「普通」からはみだしてしまい、そんな自分を責め続けてきました。
だけど今、この場所やブログ、そしてお仕事の場所でまで、「本当の自分」をさらけだしても、あたたかい手を差し伸べてくださる方々のおかげで、はじめて「普通じゃなくていいんだ」「てか、そもそも普通ってなんだ!」とまで思えるようになりました。
だからこれからは、できるなら私が…私と同じような苦しみを抱えておられる方々に、私がもらったように、手をつながせてもらえたら…と思っています。

猫たちを見ていると、あのまっすぐな姿に、心を正してもらえるような気がします。
そして、マロンのママ さんや、皆さんにも…私こそ、いつも助けられているんです。

セリさん、はじめまして。
私は30歳でうつ病、パーソナリティ障害etc。。。などと言われています。

番組を通してセリさんの存在を知りました。
セリさんの書く文章を色々読ませていただきましたが、ホント感情の起伏が激しいことなど共感することがたくさんありました。

それにしても「カミングアウト」「仕事をみつけた」など、たくましいですね。
でも、それは、セリさんが自らの病気を認めて、自分らしい生き方をする第一歩だったのですね。

セリさんは番組で周りの理解があって今の自分があるようなことをおっしゃってましたね。

でもそれって、セリさんの優しさが人やあいちゃんたちを惹き付けているのもあると思います。
こうしてブログ等で相手の話に耳を傾けてくれること、他のみなさんもそうですが温かいなーと思います。
「無理やり仕事を探した」とも書かれていましたが、あいちゃんを守ろうとする、それは無理というより大きな愛情の力だなとも感じました。
でも相当な苦労だったと思うので、こんなこと言うのおこがましいですが。。。

私は今、あまり良くない状態ですが、セリさんの文章を読んで、今は生きよう、そう思いました。

これからもご活躍楽しみにしています(^^)

こんにちは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。

>saya さま

はじめまして。
番組を見てくださったのですね。照れくさいですが、とてもうれしいです。
そして、年齢も近く(私は32歳なんです)、感情の起伏が激しいなど、共通点もある方と出会えて、なんだか不思議なご縁に感謝してしまいます。
私も、うつ病から双極性障害に転向?したり、境界性のパーソナリティー障害も持っています。
なので、自分でも、自分の心の浮いたり沈んだりについていけず…
でも最近は、「んもうっ」と思いながら、少しずつ受け入れていきたいなあ、と、ようやくスタート地点に立てた…という感じです。

「愛情」と言ってくださって、本当にありがとうございます。
思えば、でもそれも、あいから私への「愛」だったのかもしれません。
頭でっかちで傷つくのが怖くて進めなかった私を、あいは、かなり荒療治で(笑)、この世界につきだしてくれました。

sayaさんは、今、あまり良くない状態とのこと…
そんな中、コメントを書いてくださったこと、本当に…涙がでるくらいうれしいです。
すごく、すごく、しんどいと思います。
自分は望まない感情に、飲み込まれそうになるときもあるかと思います。

どうか、ご無理をしすぎないよう…
一緒に、明日を、迎えられたらすてきですね。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://cgi2.nhk.or.jp/cgiblog/tb.cgi/34978