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いのちのひかり(2)

[写真]小さな手で、私の指を本能のようににぎりしめる「つかもうとしているのは、きっと、未来」
[写真]小さな手で、私の指を本能のようににぎりしめる「つかもうとしているのは、きっと、未来」

1月20日、『いのちのひかり』で書いた友人が、その2日後に赤ん坊を生んだ。
過期産であったにもかかわらず、低体重だったその男の子の口元を一目見て、友人は、なつかしくもほろにがい自分のおもかげをみつけたという。

「口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)」

およそ500~700人に1人の頻度で出現する先天異常で、生まれたばかりの赤ん坊の左くちびるは、めくれあがるようにして左の鼻の穴につながり、まるで小鳥が親鳥にエサをねだる格好のまま固まったようだ。
出産に立ち会ってくれた義母と、遅れて駆けつけた夫と義父に、医師と看護師は自身たちのとまどいも打ち消そうとするかに笑顔で説明した。
「この障がいは昔からあるもので、今は治療法も確立されているから、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」―と。
聞きつつ、誰もが一様に不安げな表情を浮かべる中、しかし、生まれてはじめて母親となった友人だけは、腑に落ちたように思ったという。

「この子が、もしも、なにかしらの障がいを抱えて生まれる運命だったのなら、私のもとに来てくれてよかった。同じ経験を持つ私なら、何のためらいもなく、愛せるもの」

30とウン年前―
友人自身も、その障がいを抱えて生まれてきた。
彼女の両親はその時、お互いが「おまえのせいで…」と罵りあったという。
母親は泣いた。「かわいそう」―と。
「こんなのじゃ、お嫁にもいけない」

彼女は言う。
「もしこの子が、健常な親元に生まれたなら、自分と同じように『カワイソウ』と言われて育ったことだろう。…自分の親に『カワイソウ』と思われるほど、みじめなことはないからね…」

とはいえ、自分はまだ恵まれた方だったと、彼女は話す。
幼少時代から周りの友人たちは、誰ひとり彼女の口元をとやかく言う人はいなかったし、両親も、むしろ「それ」を認めようとせず、幼い彼女がどこかで偶然耳にした言葉―「私、『ミツクチ(※編集部注)』っていう障がいなの?」と聞いても、「おまえには障がいなんてない!」と、怒るように言い放った。
(※口唇口蓋裂の俗称。現在は差別的であるとして控えられている言い方。)

それでも―
知らない街を歩けば、子どもたちが邪気なく指をさす。
やがて、ふと耳にしたくすくす笑いすら、自分のことを言われているようで、彼女はいつしかうつむいて歩くようになった。

それでもどこかで思っていた。
私は、「障がい者」じゃない―。
人とちがう自分を受け入れられなかった。
気のせいだ、と決め付けることで、かろうじて笑顔をなくさずにすんだ。

 

彼女の産んだ赤ん坊は、この5月に…生まれて3ヵ月半で一度目の口の手術をする。
あごの成長などに合わせ考えられた手術時期ではあるものの、まだ6kgにも満たない小さな身体に全身麻酔をし、メスを入れなければいけないことに、日々、心は入り乱れると言う。
「あたらしい我が子に会えるよろこび」
けれど、
「手術をしなければならない身体を引き継がせてしまった申し訳なさ」

本当は―
生まれたままの我が子を、その口元も含め、まるごと全部いとおしい。
「障がい」ではなく「個性」なのだと、心から思える自分がいる反面―
だけど、思う。
この子が成長して、心ない言葉を、うしろゆびを指されないように…手術して、「ふつう」にしてあげたい―と。

手術なんてしなくても生きていける世界であれば…
なぜ、そうじゃないのか…
そう憤りを感じることもある。
だけど同時に、それが「キレイゴト」であることも、やっぱり、現実―なのだ。

口唇口蓋裂を抱える子どもたちの誰もがそうというわけではないけれど、彼女の赤ん坊は、これから成人する手前まで、数回の手術を繰り返す。
その都度、きっと彼女は身が引き裂かれるほど悩み、自分を責める日も、幾度となく訪れることだろう。
だけど、わたしは勝手に確信している。
きっと、赤ん坊が生まれて、流す涙より、こぼれる笑顔のほうが、何百倍、何万倍と多い。そう信じたい。

 

産後しばらくして、彼女は、ほぼ絶縁状態だった実父に会いに行った。
「この子の口のこと、どう思う?」
一番訊きたかった言葉は、ついぞ口に出すことはできなかったけれど、父親は、彼女の来訪に相変わらずのつっけんどんな態度で、しかし、もう10年以上着ていない彼女の服を「あれは、どうするんや」と訊いてみたり、わざわざ雛人形の虫干しをしていたという。
帰り際には、「つきあいでもらったから」と、スヌーピーのきんちゃく袋を山ほど持たされた。

以前わたしが話したときは、彼女は実父との連絡の一切を旦那さんに任せ、口もきけないほどの状態だと言っていた。
「それなのに、なんで、会いに行こうと思ったの?」
電話越しに訊くと、彼女は迷うように言葉をさがしたあと、言った。
「…この子が生まれたとき、ふいに、自分はもう人生の主役じゃなくなったような気がしたの。これからは、この子が主役で、私は…サポート役みたいな。三十路の私ですらそうなんだと思ったら、もう70近い父親は、もっとじゃない? そう思ったとき…なんだろう、なんか、あの人もいつ死ぬかわからないし、とか、親の苦労とかもわかるし、とか…」
しどろもどろで言葉を重ねたあと、ふっと、息を抜くように吐き出した。

「見せに…行ってあげなきゃと思ったの」

口唇口蓋裂という障がい(と呼ばれるもの)とともに生まれた赤ん坊を、彼女はこの先、支え、愛し、救い続けることだろう。
だけど、彼女が赤ん坊に愛され、救われることは、それよりもずっと多い。

携帯電話を片手に顔を上げた。
瞬間、風が吹き、窓の向こう水色の空の下で、新緑の庭木がバサバサと踊るように揺れていた。

[写真]はじめて抱かせてもらった2ヵ月の赤ん坊「腕に伝わるぬくもりは、心まであったかくする」
[写真]はじめて抱かせてもらった2ヵ月の赤ん坊「腕に伝わるぬくもりは、心まであったかくする」


※口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)とは
およそ500~700人に1人の頻度で出現すると言われている先天異常です。
主に口唇裂は上唇が、口蓋裂は上顎が離開し、披裂を生じて出生する病気ですが、口唇裂だけのこともあれば口蓋裂だけのこともあり、両方同時に起こる口唇口蓋裂もあります。まれに下唇や口角に披裂を生じる場合もあります。
また心臓疾患など、その他の先天異常を合併する場合も少なくありません。
授乳の困難さ、外科手術の必要性、審美的な問題、言語障害や歯列・咬合の問題、滲出性中耳炎の発生しやすさなどから定期的な通院や経過観察、専門スタッフによる指導やトレーニング、早期療育が不可欠とされています。
特定非営利活動法人日本口唇口蓋裂協会では悩みの無料相談を行っています(育児方法、口に関する悩み、いじめの問題など)。
日本口唇口蓋裂協会のホームページ (別ウィンドウ ※クリックするとNHKのサイトを離れます。)

コメント

こちらにしかコメントを残さずにブログはいつも読み逃げでごめんなさい。
それでもいつも、爽やかな風のようなキモチをありがとうございます。

今回も、「個性」のお話ですね?
新米ママさんの、赤ちゃんに対する揺れる思いが手に取るようにわかります。
認めたい「個性」なのに「変えて」いかないとならない。しかもそのためには痛みも伴う・・・
そのまんまじゃいけないの?と繰り返されるだろう自問自答。

ここに来るたびに少しずつカミングアウトしてしまう私ですが・・・
親からの「悲しい影響」はほんとに人によりさまざまで、私の場合は母が女である自分を最優先する人で、物心ついた私の横で、ひっきりなしに「恋」をし続け父ともめていました。
ある日、私、言われたんです、「おまえがいなければとっくに私達夫婦は別れているのに」って。
両親は「私」という存在を世間的に普通に大きく外れない状態で育てるためにのみ一緒に生活し
それを、娘のせいでしている我慢の一生だと娘に恩を着せ続けたのです。
大人になった私の歩んだ道は、母から離れるために一番てっとりばやかった手段「結婚」をし
反面教師になることを誓って3人の子供を産み・・・
でも、DVの夫とうまくいくはずもなく・・・
その時、3人にこう謝りました。
ママは貴方たちのために人生を我慢したくない。
ごめんね、片親にしてしまうけど、あなたのために我慢したとは言いたくないの・・・
これこそ反面教師だったけどそれが正しかったのかはもちろんわかりません。
その後今の主人が3人の子供達ごと引っくるめて愛してくれた時、母のように女を優先させていいのかな?って思いましたが
やはり自分の人生を優先させてみました。
笑顔とドタバタの日々ですが、これでよかったのかは3人それぞれにきいてみなくちゃわかりません。
虐待は暴力や放任だけじゃないんです。
色んな虐待があって、それぞれの傷跡が残ります。
それでも、もしかしたらそれぞれの「愛し方」の裏返しだったのかもと、今気づいてもいます。
私のために「普通」を装うための我慢も、両親なりの愛情で、セリさんのお友達のご両親も障害ではないと否定することも「愛し方」の一つだったのかも。
彼女はママになってそのことに気づかれたのでしょうね?
大丈夫、彼女は強く素敵なママになれますよ、きっと。

こんにちは(*^-^*)
赤ちゃん、かわいいですね。

口唇口蓋裂の赤ちゃん…胎児の検体は、医療系の専門学校に通っていたために、実物を見る機会がありました。
様々な障害児のホルマリン漬けの検体があったのですが、頭蓋骨がなく脳がむき出しの子、手足の指がくっついた海豹肢症(あざらし型奇形)の子、内臓が飛び出てる子、目が1つしかなかったり、3つあったりする子…
そして、口唇口蓋裂でも口が猫のような形になっている子…

今では治療法があるとのコトで安心しましたが、治療法がなかった時代は差別に苦しんだ方が多いと思います。

僕の甥っ子は、結節性硬化症という難病を持って産まれました。精神発達遅滞、てんかんなどの症状の他に、体の色々な所に腫瘍ができる病気です。現在の日本では、根本的な治療法が存在しないそうです。もうすぐ5歳になりますが、同年代の子と比べると、やはり精神発達遅滞があります。
それでも妹は、頑張ってると思います。甥っ子は愛情をたくさん受けて育ってると思います。僕にもなついてくれてます(*^-^*)

「同じ経験を持つ私なら、何のためらいもなく、愛せるもの」
その言葉に重みを感じました。彼女は、良いお母さんになるでしょうね(*^-^*)そして、赤ちゃんも愛情をたくさん受けて育つでしょうね。

先日、母に「あんただけ色んな病気になって…健康な体に産んであげられなくてごめんね」と泣かれました。鬱病・パニック障害・解離性同一性障害などの精神疾患、最近発覚した子宮筋腫など…
でも、これは先天的な物じゃなく、後天的な物。だから、母が負い目を感じるコトはないんです。

後天的な物でも自分を責める親。じゃあ、先天的な物は、どれ程多くの方が自分を責めたのだろう…そう思いました。
彼女のご両親は、お互いを責めた…でも、それを見てた彼女はつらかったと思います。だからこそ、赤ちゃんを受け入れるコトができたように思います。

できるコトなら、難病の人達が差別を受けるコトのない世の中になってほしいですね。

こんにちは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。


> マロンのママ  様

いつも、ブログも読んでくださり、ありがとうございます。
こちらへのコメント、とてもうれしいです(*^-^*)
なんというか…私も、こちらではブログでは書けない気持ちを書かせていただき、同じように、ここでしかできない心の交換があるような気がして…
こうして、マロンのママ さんとお話できること、とてもしあわせに思っています。

マロンのママ さんのお母様は、「女性」としての自分を大切にするあまり、家庭内に揉め事が起こってしまっていたのですね…。
ですが、それよりもなによりお辛かったであろうことは、そんな両親が「マロンのママ さんのために」という名の重圧で、マロンのママ さんの心に傷を残していたこと…
私も、幼い頃から、仲がけしていいとは言えない両親が、おそらく子どものためや世間体のために「普通の家族」を演じていた(ように見えた)ことは、子供心にも疑問と苦しみを感じました。

ですが、マロンのママ さんは、その後、大人になられて、今度は「自分のため」という名の「本当の意味での子どものため」に、離婚や結婚の道を選ばれたのですね。
きっとお子さんたちは、お母さんが生き生きと後悔の無い生き方をする姿を見て、うれしかったことと思います。

私の友人へ、あたたかいお言葉をありがとうございます。
私も、そう思います(*^-^*)

こんばんは。
実は私の高校のクラスメートに同じ病気の女の子がいました。でも明るくて強くて、クラスのお母さん的存在(なんて言ったら、高校生だから可哀想だけど)でしたよ。彼女の顔から目をそらすなんて子もいなかったし、口元のことをからかったりする子もいませんでした。
それから娘の幼稚園の時のクラスメートには、先天的に手の指が欠損してる男の子がいました。小さい子は ある意味残酷だから「どうして?」とか聞かれてましたけど、その男の子は不思議そうに「これが僕のお手々だよ。何でも出来るんだよ」って言って、本当に何でもやってました。そしたら 誰もそのことでイジメたり、からかったりする子いなくなりました。
「障害」って言葉は、嫌ですね。あるがまま、個性だと受け止められる世の中であってほしいですね。

はじめまして。
お友達の赤ちゃん、とっても可愛いですね。これからのことを考えると、可愛いだけでは済まないこともたくさんあると思いますが、まずは健やかに育っていってほしいですね。

わたしの頃と比べると、今は医療面、患者会、経済的支援体制のどれをとっても、格段の充実があるように思います。わたしの場合は、先生も驚く位の重い症状だったし、自費診療がほとんどだったので、親は経済的にも精神的にもかなり大変だったのではないでしょうか。
ましてや、田舎に住んでいましたので、いじめにも遭いましたし、差別も経験しました。でも、大人になるにしたがって、環境も改善されてきて、ずいぶん楽になりました。

個性か障がいかということも、個性と言えるほど割り切れてもいませんが、障がいとも微妙に違うのです。
何度かの手術を経て、医学的には直ったことになっていましたが、社会生活を送るには、まだ、完全とは言える状況に無く、結構悩みました。

母がわたしのために病院の付き添いや生活さまざまな場面で盾になってくれたお陰で、比較的のんびりと暮らすことができました。父はわたしのような娘を持ってどう思っていたのでしょう。あまり分かりやすい人では無かったのですが、わたしの将来を考えて、色々準備してくれていたことを、亡くなった後に知りました。

父親と娘、中々複雑です。素直に心配していることを口に出せたら、父も楽だったのにと思います。お友達のお父様も、きっとそうだと思います。
子供を心配しない親なんて、いないと信じています。

お友達も、これからたくさん泣いたり、悩んだり、辛いこともあるかもしれませんが、どんな人にも悩みはあります。セリさん、支えてあげてくださいね。今始まったばかりの赤ちゃんとの生活が、幸多かれと願っています。

彼女がそう思えるようになった陰には、数知れないいろんな出来事やいろんな感情、いろんな葛藤があったのでしょう。これからだっていろんな思いに揺れることも必ずあることでしょう。今、強く優しい言葉を発せられるようになった彼女より、彼女の中にいる、今まで頑張って頑張って頑張って、歯を食いしばって自分の揺れる感情を受け止めて来た彼女を、ギューーーッ…としてあげたいと思いました。そして、これから出逢う未知の彼女の感情達の、強く優しくない時も、「それでいい」「大丈夫」とギュギュギュ…ッ、としてあげたいな、と、深いところで思いました。なぜでしょう…「ありがとう」と、彼女に伝えたいです。「ありがとう」

セリさん、こんにちは。
いつもブログを拝見しています。こちらも毎回読ませていただいていますが、書きたいことがあふれてしまいすぎるので、コメントは控えていました。
ただ、今回はすこ~しだけ話をさせてください。

私は小さいころから、母の仕事に関連してか、たくさんの「障がい児」とかかわってきました。その影響もあり、結婚前に半年ほど、養護学校(今は「特別支援学校」と呼びますね)で働きました。その後、居住地や立場が変わったりしましたが、今もさまざまな障がいを持つ子どもたち、そのママたちと関わって、暮らしています。

「障がい」と呼ばれるものは本当に様々で、その程度もいろいろです。その現実を突きつけられた、ママたちは一気に責任や悲しさを背負わされてしまいます(実際にはそういう気持ちに追い込まれてしまう…といった感じでしょうか)。ご友人の両親のように、「障がい」ということを受け入れられず、まるで底なし沼に落ちたような状態で周りが見えなくなってしまう方も多いです。
けれど、昔に比べ、今は差別も少なくなり(あくまでも「少ない」ですが)、たくさんの支援を受けられるようになりました。身内や友人だけではなく、たくさんの他人に頼ることができることも忘れないでほしい…たくさんの人がひとりの命を支える手助けをきっとしてくれるはずです。
厳しい現実に突き当たることも多いでしょう。けれど、多くの笑顔に出会えることもきっと、「健常」の子どもを産んだママよりも多いはずです。
そして、何よりも小さな発達、小さな出来事を、見逃すことなく、笑顔につなげられる…そういうママになれると思います。
セリさんのご友人は、素直にお子さんを受け入れ、愛していけるママですね。安心です。今後も手術があって、そのたびに胸の痛む思いをすることでしょうが、きっと大丈夫! ありのままを受け入れてほしいと思います。そして、ご自分を責めるようなことはなさらないよう…願っています。
たくさんの幸せと笑顔が降ってきますように…祈っています。

こんにちは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。


> とおる  様

とおるさんは医療系の専門学校に通ってられたんですね。
本当に、治療法のなかった時代は、差別はもちろん、成長をしていく中で大変なことが沢山あったことでしょうね。
また、甥っ子さんが、結節性硬化症という難病を持っておられるとのこと…
ほかの子と比べて、大変なこともあるでしょう中、沢山の愛情を受けて、しあわせな日々を送っておられるのですね。
とおるさんのことも大好きとのこと…私も、友人の赤ちゃんにそう思ってもらえるようになりたいなあ。
私も、とおるさんと同じ…
私の母も、私の心の不具合に申し訳なさを抱えてくれているようです。
ですが、とおるさんも仰るように、これは後天的なこと…。
私はとおるさんよりも子どもで、昔は「親のせいだ」と思ったこともありますが、今では、もしもこれが仮に両親から譲り受けたものであったとしても、そんな自分をまるごとあいしています。
本当に、差別や偏見のない、「みんなちがって、みんないい」世界になってほしいですよね。

こんにちは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。


> みーはー熊  様

みーはー熊さんのクラスにも、同じような方がおられたのですね。
明るいお母さんのような存在であられたとのこと…私の友人も、笑顔のたえない太陽のようなステキな人です。
そして、娘さんの幼稚園のお友達のこと…
「これが僕のお手々だよ。何でも出来るんだよ」
…そのお子さんが、どれだけ両親に愛され、大切にされているのか、よくわかる一言で、胸がいっぱいになりました。
子どもたちは素直な分、何でも疑問に思ったことを口にしますが、その時に、誰もが、差別の心なく伝えることができれば、その子たちが大人になっても、きっと差別することはないのでしょうね。
ひとりひとりが、ちがい、だけどいとおしいこと…小さなうちから伝えていけたらステキですよね。

こんにちは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。


> しじみ  様

友人の赤ちゃんのこと、かわいいと言ってくださって、ありがとうございます。
私も、すでにもうメロメロです。
しじみさんは、先生も驚く位の重い症状を抱えて生まれてこられたのですね…。
自費診療がほとんどだったとのこと、経済面でも、様々な理解という面でも、大変だったことが数多くあったことと思います…。
いじめや差別も、多く経験なさったのですね…。
ですが今、それらを乗り越えながら、社会も変わりながら、言って下さった「障がいとも微妙に違う」というお言葉に、とても希望をいただきました。
ずっと悩んでいたしじみさんを支えてくださったのは、ご両親のそれぞれの愛情だったのですね。
私も、非力ではありますが、友人と、赤ちゃんを、少しでも支えられる存在になれればしあわせです。
彼女たちを大好きな気持ちだけは誰にも負けませんので、これからも、いつもそばにい続けたいと思っています(*^-^*)

こんにちは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。


> mori  様

mori さんのコメントを拝見し、なんというか…私がうれしくて…涙があふれてしまいました。
本当に…きっと、今の彼女になるまで、想像もできないほど沢山の葛藤を抱え、乗り越えてきたのだと思います。
私が彼女と出会ったのは、彼女が結婚もして、しあわせと安らぎを手に入れてからでしたから…。
今の愛に包まれた彼女しか知りませんが、いろいろ…本当にいろいろ、あったのだと思います。
だから、これまでの彼女を…
そして、これからの彼女を…
いっぱい抱きしめてくださったmori さんに、私こそ、「ありがとう」と言いたいです。
ありがとう。
きっと彼女も、同じきもちです。

こんにちは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。


> みぃのかあさん  様

いつもブログや、こちらのハートネットを読んでくださり、ありがとうございます。
今回のみぃのかあさんさんのコメントを拝見し、とても大切なことに気づかせていただけたような気がします。
みぃのかあさんさんは、ずっと、障害を抱えるお子さんやそのご家族と関わってこられたのですね。
障害を抱えるお子さんたちと暮らすママさん(やパパさん)の追い詰められてしまうお気持ち…痛いほどわかりました。
「多くの笑顔に出会えることもきっと、「健常」の子どもを産んだママよりも多いはず」とのお言葉、本当にそのとおりですよね。
私も、障がいではありませんが、病気を抱えるあいと暮らし、健康なにゃんこももちろんかわいいですが、それ以上に、沢山の「かけがえのない瞬間」や「日々の奇跡」を感じました。
そして、何よりも、自分の周りには助けてくれる人がいっぱいいるのだと…ひとりじゃない、のだということも。
私が、かつて彼女に助けてもらったように、非力ながら、私もすこしでも、彼女のちからになれる人間になりたいです。

お口すご~くかわいいね(*^ω^*)
ほんとうに思う。
社会はいろんなこというけど
わたしはすごく個性的でステキだとおもう。
でも悲しいけど手術は受けたほうがあとあと世間のことを考えたら楽なんだろうな。
赤ちゃんのおかあさんすごく優しいですね
障害を認めてくれて手術受けさせてもらえるのはすごくしあわせだとおもう。
でも私も思う。
「障害」じゃないよ。
「個性」だからね。
おおきくなったら苦労しちゃうかもだけど
苦労しておっきくなったらいいよ!!
きっときっとお母さんのように優しい人間になるよ。

きっとお父さんもお母さんも
「可哀相」とおもってしまったのは
自分が経験してなくて
後ろ指が自分の子供に向けられるのが
すごく怖かったんだと思う。
おかあさんもおとうさんもきっと心は優しいですね。
素直になれないこともあるだろうけど
これから赤ちゃんといっしょに
「ばあば」と「じいじ」で仲良くできたらいいのになあ。

手術がんばれ!!
わたしも頑張って生きるからね

「口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)」
聞きなれない言葉。。。昔はミツクチって言われていたのですね。
ちゅーくん、とっても可愛くて、手術って聞いたときはびっくりしました。でも、命に関わる大病じゃなくて良かった。。。今は医学も進歩しているから大丈夫!っていってもご両親の心境を考えるとやはり切ないですね。
でもね、ばろしろうさんは生まれたわが子をみてその障害すらいとおしいって、その子の個性だって言うその言葉に感動しました。
自分が同じ障害を持っていたら、わが子にはそうなって欲しくないって思う親のほうが多いはず。でもばろしろうさんは障害をもって生まれたのが自分の所でよかったって。。。。同じ経験してきたから愛せるって。。。こんな風に言えるばろしろさんに拍手を送りたいです。
これから、ばろしろうさんは息子のことで心を痛めることも多いと思います。ちゅーくんも成長とともにそれなりの葛藤もあるでしょう。
でも、お母さんという大先輩が、すばらしいお手本があるのですからきっと大丈夫!
それにね、日本中にたくさんの人がこの親子を見守り応援してます。そしてちゅーくんの健やかな成長を見届けたいと願ってます。
そして、少なくてもこのばろしろうさんやセリさんおブログを見ている人はみなこの障害、いいえ個性を批判する人はいないはず。
それって、知らずに白い目で見ていたかもしれない多くの人が理解者になったってこと。
これってすごいことだと思いませんか?
そんな機会を与えてくださったばろしろうさんとちゅーくん、そしてセリさんありがとう。
いつも下手な文章でごめんなさい。

↑ニックネーム入れ忘れました^^;

こんにちは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。


> ゆき  様

赤ちゃんのことを、「かわいい」と言ってくださって、ありがとうございます(*^-^*)
親ばかならぬ、友人ばかな私は、赤ちゃんのことを褒めてもらうたびに、自分のことのように頬がゆるんでしまいます。
ゆきさんも仰るとおり、友人は、赤ちゃんの障がいを個性と受け止めた上で手術を決断しましたし、きっと、もしも赤ちゃんがこれから先、苦労をすることがあったとしても、愛をもってサポートしていけることと思います。
「苦労しておっきくなったらいいよ!!
きっときっとお母さんのように優しい人間になるよ。」
このお言葉は、胸にほっこり染みました。本当にそうですね。
実は、赤ちゃんの誕生をきっかけに、ご両親とも少しずつ距離が縮まっているのだとか…
そんな話を聞いていると、やっぱり赤ちゃんが友人のもとに生まれたのは、偶然ではなく、運命のような気がしてしまいます。
お互い、がんばって…でも時に手を抜いて、生きましょうね♪

こんにちは(*^-^*)
コメントを書いてくださって、ありがとうございます。


> 3nyanmama  様

友人のブログも見てくださったのですね。ありがとうございます!
彼女もきっとすごく喜んでいます(*^-^*)
「口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)」
私も、彼女と、彼女の赤ちゃんに会って、はじめてその言葉を知りました。
そして、知ると同時に、彼女の熱い思いを受け取ったので、私にとって「口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)」は、本当に愛しい個性なんですよね。
赤ちゃんが成長していく中で、彼女自身も悩むことはあるでしょうし、赤ちゃんもはがゆい思いをすることがあるかもしれません。
だけど、3nyanmamaさんの仰るとおり、あれだけの愛をもつ彼女なら、きっと乗り越えていけることでしょうし、何より、彼女には3nyanmamaさんたちという応援団がいる!
最高の心の支えだと思います。
これからも、彼女のブログで、手術後のことなども触れられていくことと思いますが、ぜひ見守っていただければしあわせです。
本当にありがとうございます。

こんばんは。

初めてコメントします。

町永カフェに時々現れるヒロミと申します。

二児の母ですが、二番目の子がダウン症です。1000人に1人の確率で私の元に生まれてきてくれました。現在4歳でとってもとっても元気に毎日幼稚園に通っています。園でも有名人で人気者です♪


私は(たぶん)特に障がいを持って生まれてはいませんし夫も(たぶん)。でも、両家の両親は罵り合いこそしませんでしたがお互いなんとな~く、「あちらの家系のせいじゃないか・・・」みたいなことを思ってるのは感じました。そうでも思わないとやりきれなかったのかもしれません。やはり年代的にも「障がい=不幸・不憫」と思いがちなのもある意味仕方ないのでしょうか。

「何でこんなことに」とか「何がいけなかったのか」とか。つぶやかれるのが一番悲しかったです。当の私は生後4日目に告知され少しは驚きましたが、落胆とか、悲観とか、夫のせいだと勝手に恨むとか、そういうのなかったんです。だから娘に対し可哀相とか不憫とかは思いませんでした。もちろん知識もないので漠然とした将来の心配はありましたが、感情としてはただ可愛いとしか。ただ、義両親などの態度などを見て、障がいを持っていることそのものよりも肉親に偏見を持たれていることが可哀相って思いました。今では実の両親は愛嬌たっぷりの娘を愛してくれてますが義両親は微妙です・・・やはり連れ歩く時の「世間の目」とか気になるようです。難しいですね。ダウン症もたいてい一目でわかるので、なおさらなのでしょう。

でも私は娘が生まれたことでものすごくたくさんの出逢いに恵まれ、視野が広がり、ダウン以外の障がいをもつ子・人たちともたくさん出逢え、充実しています。この先将来への不安はもちろんありますが、多くの人とつながっていけたらなんとかなるんじゃないか、って。

ダウン児の会にも口唇口蓋裂の子いますよ。
その他色々合併症のある子も多いです。
何よりダウン症は見てわかるので、街中でも
「二度見」とか冷たい目で見る人もいます。まだうちのは小さいし愛嬌もあるので比較的温かい方が多いですけどね。

赤ちゃんの応援団は日本中にいますよ☆
何より誰よりママが素敵な方ですしね♪
私もがんばりまーす。
長々と失礼しました。


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