
暗黒時代を越えて・・・そして今
ありがたいことに、しーちゃんは皆の愛情をたっぷり受けて、日々、スクスク成長中です。
実は、しーちゃんは崩壊しかけた私たち家族の再生の証ともいえる存在なのです。
思えば、家族崩壊へのカウントダウンは私と旦那が結婚する以前から既に始まっていたのかもしれません。私には小さい頃から深い心の闇があったのでした。
当時の私は発達障害の特性由来の様々な不自由なことや、その二次、三次障害から来ている認知の歪み、自尊心のなさ、乏しい自己肯定感、親との共依存やダブルバインド、精神的なアビューズ、などで傷だらけになりながら沢山の重たい荷物を背負って生きていました。
そして、二人の息子の育てにくさや、旦那との価値観の違いを認められない自分もいて、誰のことも信じられない、いや、人を信じるということ自体が何かさえわからず、混沌とした不安な暗闇に身を置いていました。
そして小学生時代から常につきまとう希死念慮と破滅願望も大人になっても消えないまま…。
そんな私にこどもや旦那をありのまま受け入れることはまずできませんでした。
自分がありのままで受け入れられ、ただ愛された経験などなく、できないことを常に責められて来て、それを許すことだってできません。
結果、上の二人の息子が小さい頃は鬼母のように厳しく接し、叩く殴るは当たり前。
旦那に対しても、互いの価値観の違いを認め合ったり埋め合うことなどはできず、いつもただ責めて怒ってパニックになっていました。向き合って話し合うことすらコミュニケーション下手でうまく出来なかったのです。
いつしか、『こんな私なんかいないほうがいいんだ』と夜中に車で家出を繰り返し、ぶつかって死んだって構わないと思い、ぶっ飛ばして猛スピードで何百キロも走り続けるなど、様々な問題行動をして、あげくにウツ状態に陥って、一日涙を流したまま起き上がれなくなったり、言葉が口から出せなくなって、旦那が真横にいながらメールでしか会話ができなくなったり、ここには到底書ききれない壮絶な状態になりました。
別離、家族離散・・・・寸前でした。
そして、勧められて病院に通い始め、それをきっかけに私やこどもが診断を受けてから、障害特性や自分の歪んだ認知傾向と向き合い、神経科と小児科でカウンセリング治療や薬物治療を受けたりしながら、五年かかって私は自分を受け入れることや許すことを学び、こどもの長所を知ること、旦那との価値観の違いを受け入れ、それを尊重すること、認めることを身につけ、やっと最近になって今のところまで『家族』をリカバリしたのでした。
そこに思いがけず降って湧いた、しーちゃん懐妊。
びっくりしたけれど、これはきっと運命だったんだと感じています。
大切にしたいと心から思いました。
今まで家族を傷つけてばかりだった私の、更なる再生へのステップ…そんな気がして、しーちゃんの妊娠出産をとても前向きにとらえることができたのです。
その結果が今回の冷静なお産につながったのだと思います。
今、私の横で静かにしーちゃんが寝息を立てています。この五人家族を大切に守り抜きたい…それが今の私の一番の願いです。
笹森理絵

〔写真〕ほっぴー兄ちゃんと同じ顔。




これは、一言では語れない話ですね。
同じように心の闇を持ち、今も格闘中の私には、よくわかります。
私は今も本当に自分に自信がなくて、人からは「もっと自信を持てばいいのに」とか言われることもあるんですけど、自信ってそう簡単に持てるものじゃないんですよね。
発達障害の有無に関わらず、自尊心や自己肯定感を持てないのは、すごく辛いことですね。
自分を信じることができなければ、他人を信じることもできないから。
私自身は、自分の生き辛さが発達障害特性から来ているのか二次障害から来ているのか自分でもわからなくなることがあり、今はそれを整理している最中です。
それにしても、5年で今の状態までリカバリできたへんちゃんさんは、本当にすごいと思います。
きっと、ものすごく頑張ってこられたんだと思います。
ちょっと変な言い方かもしれませんが、しーちゃん誕生も含め今のへんちゃんさんご一家が幸せを手に入れることができたのは、ずっと頑張ってこられたへんちゃんさんやご主人に対する「神様からのご褒美」なんじゃないかと思ったりします。
へんちゃんさんご一家の幸せがこれからもずっと続きますように(祈)。
こんにちは、へんちゃんさん。
お疲れ様です。
兄さんずいいですねぇ。
ナイスショットでございます。
へんちゃんさんも、多くの苦労をされたのですね。
わたくしも、うつ、不安などなどをたくさん経験して、社会人として苦労をしましたが、今があるのは・・・ハートをつなごうに出たり、またいろいろな人と接点を多く持たせていただいたり、肯定感(自己へも、他者へも)持てるようになったのは、この経験「辛さがあったこそのこと」かもしれませんね。
しーちゃんは、本当にかけがえのないの命なのですね。
うーん、考えさせられる、へんちゃんさん「師匠」のことばであります。
☆わたくしは、へんちゃんさんの弟子なのですよ・・・宇宙一変なお師匠さんのとか、それ以外人生のですね。
笹森さんファミリー、しーちゃんをまずは中心ですかね、楽しんでくださいね。
あ、ご主人・・・感動して髪の毛落とさないでくださいね。(またまた冗談をするのが大好きな、私です。)
これからも、よろしくお願いします。
みおさん、いつもありがとうございます。
みおさんは今まさに、自分と向き合っておられるところですよね。
確かに自己肯定、自信を持つ、自分を信じるって難しいです。
私も今だに揺らぐことはよくあるんです。
でもね、揺らいだり迷ったりしていいと思うんです。人間はいつも思い悩む生き物だから。
意識すること、心がけることを忘れなければよい、それが大事なんだと思うんですね。
そう、落ち込まないようにする…というよりも、たとえ落ち込んでも、いかに上手に自分をリカバリするか…なんだという気がするんですよね。
みおさん、そう思うと少し楽になるかな。必要以上に自分に鞭をふるわないで下さい。
十分、頑張っているのですから。
いつか送ってくれた歌のようにね(^_-)-☆
私も当初は治療に十年単位かかると言われたし、遺書まで書いたりもしましたが、家族や沢山の方々に支えられ、育て直ししていただいて、半分の年数でここまで来ました。
しーたんを授かったのはそのご褒美という気もしますが、リカバリ後の自分を改めて試されているのかなとも思います。
岸くん、いつもありがとう。
そうだよね、岸くんも番組に出た時に、家電業界で勤めた時のこととか、色んな経験をしてきたことを話してくれていたよね。
辛さがあったからこそわかることも多い。
自分が経験してきたどんなことも、決して無駄にはならないと信じることもきっと大事だよね。
うーん、岸くんは私を宇宙一だというけど、私は岸くんが宇宙一で、私は宇宙二番だと思うんだけど、あっさり旦那に『やっぱり君が一番へんだよ』と否定されてしまった(笑)
まあ年齢順ということで(^-^;
うん、しーたんは癒し系だなあ〜。
最近は『あーうー』と、おしゃべりができるようになってきました(*´▽`*)
笹森理絵さんへ
私も昔は確かに「暗黒時代」で「私なんかいない方が良い」と思い込むばかりで自分に自信が持てないのはもちろん、自分や相手に対する「肯定感」だって持てませんでしたよ。
だから「もっと自分に自信を持たなければいかん」とか「自分の嫌いな人も受け入れてあげなければいかん」とか、皆と同じようにできなくて当たり前なことを言われっぱなしでとにかく「相手とのコミュニケーション」が下手な「アスペルガー症候群」の特徴が今よりももっと重症でしたよ。要するに「二次障害」「三次障害」から来ている性格などの「歪み」丸出し、私だけが「わがまま」「変わり者」「嫌われ者」など、皆から悪いところばかり指摘、かつ、「あらさがし」されているようで学校の教室にいること自体がつらかった。
だから授業中以外は廊下などに出て(私をいじめる)男子から逃げたい思いでいっぱいでした。それを見る先生たちは「廊下をウロウロしている」としか見ず、「教室に入らなければいかん」と注意ばかり。私がどうして廊下に出てばかりいるか「理由」を聞くことさえありませんでした。
とにかく「どいつもこいつも」私を見るなり「注意」「叱責」ばかり、「殴る」「ける」「言葉の暴力」などの「いじめ」が執拗にエスカレートし続き、「傷だらけ」の人生でした。
でもいろいろな面で「救われた」時もありました。「自殺」も考えていましたが、そんな勇気なんか全然ありませんでした。やはり我慢して生きていくうちには「幸せ」だって訪れますよね。
理絵さんだったら「しーちゃん」のおかげと言えようが、私も自分が「アスペルガー」と分からないうちは(出産経験のない短大時代では)幼稚園や保育園や乳児院などの実習で出会った子供に対してでも「鬼母」のような接し方、要するに「殴る」「怒鳴る」「(冗談で)『嫌い』と言う」事しかできず、「実習資格ありません」とまともに言われました。そんな短大時代は幼児教育科専攻でも結局幼稚園などの先生にはなれず、一般企業で5年間勤めて退職した程度です。
やはり「アスペルガー」の特徴があるとしんどいのが分かります。
だから母親になる自信だって全然ありませんでしたよ。でも中絶に恐怖心を抱き、結局「出産」を経験しました。おかげで今の私は息子のおかげで救われることだってたくさんあります。
これからも是非母親同士の情報交換を楽しもう。