本文へメインメニューへ
ここから本文です

ハート ネット ピープル

想いをつなぐ「いのちの授業」

リレーコラム7人目は山田 泉さん。長年、保健室の先生をしてきました。
自らのがん体験を子どもたちに語る「いのちの授業」の模様はNHKの「ETVワイド ともに生きる」や「にっぽんの現場」などの番組でもお伝えし、大きな反響がありました。
人間の命には限りがある。そんなことはあたりまえ。でも、その時間が、思っているより短いかもしれないと告げられたら・・・。山田さんは教え子や家族といっしょに、その答えをさがしています。

退職後訪れた中学校での「いのちの授業」で語る山田さん
退職後訪れた中学校での「いのちの授業」で語る山田さん
[写真] 退職後訪れた中学校での「いのちの授業」で語る山田さん


はじめまして! 大分の山ちゃんこと山田 泉です。
28年間勤めた中学校の保健室の仕事を、昨年退職し、よし、これから自由に羽ばたくぞ?っと思っていたところに、乳がんが再発転移し、奈落の底へ落ちた私。現在は、毎週抗がん剤を投与しながら通院し、時々講演や授業をしながら、今を生きています。

乳がんに出会って9年目になりますが、2年前の再発といい、昨年の転移といい、告知を受けるたびに、死がどんどん近づいてくる恐怖にどれだけ泣いたことか。
でも、泣きながらも、やっぱり人間は今まで通りに生きるしかないわけで、好きな文章を書き、・・・そうそう、2冊目の本が出版されました。退職してからこの1年間、全国のいくつかの小学校や中学校、高校や大学で行ってきた「いのちの授業」と子どもたちの記録です。『いのちの恩返し』というタイトルです。よかったら読んでください。

今年3月には、痛みが強くなり、ホスピスに入り緩和ケア(注1)を受けましたが、ホスピスでもなぜか私は書き続けていました。また、大分のホスピスから福岡の会場まで行き、講演もしちゃいました。自分でも、よくやるよなあ?と笑ってしまいます。

いのちの授業」で訪れた鹿児島の小学校の子どもたちと授業後の記念撮影。 
[写真]「いのちの授業」で訪れた鹿児島の小学校の子どもたちと授業後の記念撮影。


でも、ふりかえってみたらあれもこれも、ぜんぶまわりの人の支えがあったから。

ホスピスに入院していた頃は、歩くのもしんどいほど痛みがつらかったのですが、医師がすぐにモルヒネを処方してくださり、「安心して使っていいんだよ」と、何度も説明してくださいました。すると痛みがスーッと取れ、普通の暮らしができるようになりました。
講演なんて絶対無理!とお断りするつもりだったのですが、「大丈夫。行ってらっしゃい!」と見送ってくださった医師や看護士、ソーシャルワーカー(注2)の丁寧なケアのお陰で、講演は無事終了。大成功でした!

でも、ほっとして喜んでいるとがんは、またしのびよってきます。腫瘍マーカー(注3)は、どんどん上がり、検査のたびに、ため息。絶望しながら生きるって、大変です。

夫の真ちゃんです。九重の夢の大橋にて。
[写真] 夫の真ちゃんです。九重の夢の大橋にて。

そんな暮らしをそばで見守ってくれるのが最愛の真ちゃん。リンパ浮腫(注4)で、パンパンに腫れた私の右腕を毎晩マッサージしながら、「がんばっていこうえなあ」(豊後弁で「がんばっていこうな」の意)と声をかけてくれます。真ちゃん、いつもありがとう。

明日も今日のように生きられますように!と祈る日々です。

 

山田泉さん
プロフィール
山田 泉さん

大分県豊後高田市生まれ。
1979年から養護教諭の仕事に就き、県内の7校の小・中学校に勤めた。2000年2月、乳がんを発症し休職。 乳房の温存手術後、放射線治療、ホルモン療法を受けた。
2002年4月に復職し、自らの体験をもとに「いのちの授業」に取り組んでいたが、再発。再び手術を受け、休職。一度は復職したが、体力の限界を感じ、2007年3月退職。
その後も、体調に配慮しつつ、各地で活動。2008年10月に行われたリレー・フォー・ライフ大分ではチームで完歩。会場でも「いのちの授業」を行ったが、2008年11月21日入院先の病院で逝去。享年49。

著書
『「いのちの授業」をもう一度』(高文研)
『いのちの恩返し』(高文研)
『ひとりぼっちじゃないよ』ーはじめての乳がんを生きるための知識とこころー(共著・木星舎)

山田泉公式ブログ(別ウィンドウ)※クリックするとNHKのサイトを離れます。


(注1)ホスピス・緩和ケア
病気の治癒を目指した治療ではなく、心身のつらい状態を緩和するためのさまざまなケアをさす。治癒的な治療法がなくなったときの、いわゆる終末期(ターミナル)ケアとは必ずしもイコールではない。

(注2)ソーシャルワーカー
医療ソーシャルワーカー
患者等が、地域や家庭において自立した生活を送ることができるよう、社会福祉の立場から、患者や家族の抱える心理的・社会的な問題の解決・調整を援助し、社会復帰の促進を図る専門職をさす。

(注3)腫瘍(しゅよう)マーカー
がんなど腫瘍が発生したときに、血液中に増える特異物質の総称。腫瘍マーカーの検査によって、身体のどの部分に発生したがんか、どんな性質のがん細胞か、再発がないかなどを調べる。

(注4)リンパ浮腫
リンパ液は体の末端から中心部に向かい、老廃物などを運ぶ働きをしています。その関所のようなところにリンパ節があります。乳がんなどの手術の際、がんといっしょにまわりのリンパ節も取り除くことがあります。そうすると、リンパ液の流れる大きな道がなくなり、腕がむくむ、いわゆるリンパ浮腫が起きてしまいます。

 

コメント

関係者の皆様
    そして 山田泉 様

山田さんのページからこのサイトに来ました。
山ちゃんさんの事をもっともっと知りたくて他の人にも知らせたくて毎日ページを開いています。
コメントしたいのですがどう書いていいかわかりません。お体いかがでしょうか。
大変失礼な表現ですが、山ちゃんはかわいいです。笑ってるお顔チャーミングです♪
旦那様の真ちゃんさんとも仲が良ろしくて♪。
子供に話すときの真剣な目に惹かれます。
チチンプイプイのプイ!山ちゃんのすべての願いがかないますように☆

私はここ2・3日こう思えるようになりました。一日を振り返ること。
今日という日が無事に過ぎた事に感謝すること。今日がんばった事は自分で自分を褒めてあげよう。
逆に反省点は明日以降に役立てよう。


山ちゃんが大好きになりました。気になるお方です。応援しています☆

今、がん難民と言われる人が多く、医療点数で病院から見放される人も多いと聞きます。私自身がんが転移して完治はないと言われてから、色々な病気と闘っている方に目を向けるようになりよくこの番組も見ています。山ちゃんの活動はよく知っています。全国に向けて”生きること”は当たり前ではなく”奇跡”だということ、生きることの意味、大切さなど山ちゃんは自分の病気を皆に告白することは悲しい辛いこともあるはずですが、山ちゃんの命の代償に伝えていっていることを、皆さんに分かってもらい、元気な人も、闘病中の人も生きることについてもう一度考える機会になって、人に優しい日本になるといいですね。

受精し、着床し、育ち、生まれ、親に助けられながら大きくなって行く、その現場に居る者として、「今そこに居ることの大切さ」それを伝えようとしています。
何かをきっかけにして、山ちゃんと知り合えたこと、そして山ちゃんのいのちの授業を受ける事が出来ることを大事にして行きます。

いのちの始まりに臨んでいる者が、いのちに終わりのある事を忘れなければ、出産育児の場をもっと居心地良くして行けるでしょうに。

 他のことをチェックしていたら、このペ-ジにたどり着き、勢いこのメ-ルを書いています。
私自身、養護教諭で性教育や教育相談に関わっています。今は、特別支援やなにやら目新しい言葉が出るたびに仕事が増えるような気がしていました。でも本当は違うのです。
生徒をみることは、そういうことをひっくるめた仕事なんだ・・・と、思います。
山田さんの前向きに生きる姿。大変な状況は容易に想像できますが、私にとって励みになります。多分、山田さんの周囲の人にとっては、すごい大きい存在なんだろうなあ。
一度、お会いしてゆっくり喋ってみたい。とずっと前から、思っていました。このメ-ルを読んでもらえると嬉しいなあ。
とりあえず、お体できるだけ大切になさって下さい。ご主人様に、充分に甘えて下さいね。

みなさんからの書き込みをうれしく読みました。ありがとうございます。今日は気分も良くて、るんるん気分です。明日は福井県で講演します。この状態で県外に行くってのがすごいな。なんて自分にびっくりしながら、夫と二人で講演旅行です。行ってきま~す!

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://cgi2.nhk.or.jp/cgiblog/tb.cgi/5288