
パックンの車椅子生活 -その2-
from パックン
前回は深夜アメフトで膝頭を割り、緊急手術を受け、病院で目覚め、ガールフレンド候補のデヴィンちゃんの前でゲロったまでの話だったので、今回はその続きから。
病院にいた初日は全身麻酔の副作用で数分おきに嘔吐していたし、足が痛くて号泣していたし、一人でトイレもいけないし、そこまで経験したことのない無力で情けない気持ちでいっぱいだった。退院してからも、数週間は車椅子、そのあとの数ヶ月間は松葉杖で生活することになった。左足は付け根からかかとまでギブスに覆われて、ずっとまっすぐのまま。僕の大好きなコサックダンスがまったくできない状態。まあ、したことなかったけど。でも、そんな状態で暮らすことによって、生き方だけではなく、考え方まで変える必要に迫られていた。
車椅子は「段がある」という状況でいろんなところを通れないことはもちろん把握していたが、そのほかに「通路の幅が狭い」や「坂がきつい」、「地面が濡れているから車輪がすべる」などの原因で通れないところも意外と多いのに気づかされた。エレベーターのボタンに手がとどかないし、落ちたものは拾えない。さらに、みんなが立っているところで一人だけが座っていると、王様みたいで快適な気分かと思いきや、結構つらい。立食パーティーで話しづらいし。まあ、椅子とりゲームでは絶対負けないけど。
松葉杖移動は思ったよりも早いけど、腕が痛くなるし、傘はさせない。それよりも雨の日は滑りやすくて、すぐひどい怪我をしちゃう。重いドアは開けられないし、食堂でお盆はもてない。でもそこで、「あけましょうか?」「持ちましょうか?」と声をかけてくれて、手をさし伸べてくれる人のありがたさが初めてわかり、人間同士の支えあう社会の素晴らしさを知ったことで無論得したとも思える。
一番得したのは、スポーツ。おかしいでしょう? 体を壊し、スポーツで得するって。でも、実にそう。自慢じゃないけど、僕はバレーボールの選手としてかなり強かった。一年生の時から大学チームのセッターでスタメン。リーグ大会ではエースとしても攻撃にまわり、IVリーグの選抜チームにも選ばれた。ごめん、やっぱり自慢だ。僕のアイデンティティーは「勉強、音楽、スポーツ」の三大柱に築かれていて、その三つで自分のことを評価していた。どれも人に負けたくないが、万が一負けたら残り二つは絶対に勝つ! と自信満々だった。もう自慢を超え、いやみになってきたね。
そんな僕が膝頭を折ったら、一気に自分の世界観が変わった。走れない僕はなさけない。飛べない僕は嫌い! としばらく自己嫌悪になっていた。しかし! 杖なしで動けるようになったら、またバレーのコートに出た。また練習した。また試合した・・・・・確かに動きが遅いし、ブロックもアタックも大したことはない。でも、そこでわかったのは「勝たなくても楽しい!」ということ。スコアに関係なく、自分にできることをやって楽しめるようになった。相手の強さも認められるようになった。負けても悔しい思いを何日も引きずらなくて済むようになった。本当はそれこそスポーツそのものの醍醐味で一番大事なことだけど、怪我するまで僕にはわからなかった。膝を骨折したおかげで、フィジカルなバリアをいろいろ感じたが、自分のメンタルな面では大きなバリアの一つを乗り越えることができたのだ。これが一番得したところだろう。
いや、二番目だ。
一番はというと、まあ、実はそのあと、デヴィンが彼女になったんだ。でも、それはまた違うブログで。




こんにちは
続編を期待して、拝見しました!
全身麻酔から醒める時の苦しさ、その後の快復するまで体験して分かる
「百聞は一見しかず」ですね
Seeing is believing. .
やっぱり、道理で最初お会いした時、「御主、違うな!」と感じた。
実社会での経験は?
たとえば、レストラン・スポーツ施設・諸々の施設等での車いすでの利用状況やバリアなど。
米国は優しい市民の方が多いので、見て見ぬ振りをするようなことは少ないと聞いていますので少々の障壁でもクリアできるのでは。
昨年、WBCの決勝戦が行われた「ペトコパーク」は素晴らしい施設ですね。
NHKテレビで垣間見ました。
新築される「ヤンキースタジアム」もバリアフリー(自由に席を選べる)になるのでしょうね
日本(福岡)でも声を掛けてくるのは「外国の人」が多いですね。
百道浜では挨拶や会話を楽しんでいます。
後編(第3話)楽しみにしています。
うん! もう終わり!?