
電動車椅子サッカー・チーム レインボー・ソルジャー

レインボー・ソルジャーは 2005年の電動車椅子サッカー選手権大会の覇者。今年も優勝候補に挙げられているチームです。
電動車椅子サッカーは、バスケットコートを使ってひとチーム4人で戦います。レインボー・ソルジャーのメンバーは現在8名。筋ジストロフィーなど重い筋疾患を持つ若者たちでつくるチームです。
チームの全員がサッカーに情熱を燃やしています。週に一度の練習が何より楽しみです。
電動車椅子サッカーで使うのは直径50センチのボール。車椅子に取り付けられたコントローラーを巧みに操作して、吸い付くように転がしてドリブルします。
メンバーの一人北沢洋平君は、多くの大会でMVPにも選ばれています。現在はレインボー・ソルジャーの選手兼監督をしています。
プライベートな時間をつぶしてでもサッカーに打ち込む北沢君ですが
その裏には、一人のチームメイトとの出会いがありました。
去年までキャプテン兼監督をしていた、沢田嘉文君です。

当時はまだ試合にもでられないほどの弱小チーム。
けれど沢田君がキャプテン兼監督として引っ張るなかで強豪チームに変わっていきました。
沢田君のお母さんのコメント;
「なんでキャプテンなの? もっと上手い子いるじゃない、って言ったんです。でも、いや、オレが一番年上だからキャプテンなんだよと言うんです。あれ以来、責任感がすごく出てきて、もうひまさえあれば、試合のビデオを見て研究していましたね」
2005年、レインボー・ソルジャーははじめて電動車椅子サッカー選手権大会決勝に進出。そして接戦の末、初となる栄冠を手にしたのです。
しかし、来年も2連覇を狙うと語った沢田君は、その言葉から一ヶ月後、
急死しました。病気から来る心不全でした。
メンバーは大きなショックを受け、練習は一時中止となりました。
それから一ヶ月。
「チームをたてなおし、再開しないか?」
メンバーのひとりからの呼びかけに、全員が反応しました。
はじめはかたい表情でしたが、練習をするうち、いつのまにかサッカーを楽しむ表情を取り戻していました。
2006年秋。今年もまた電動車椅子サッカー選手権大会の季節がめぐってきました。
メンバーたちは沢田君の背番号11をバンダナに書き付け、勝利を誓いました。しかし、レインボー・ソルジャーの戦い方を研究してきた相手の前に、準々決勝で惜しくも敗れてしまいました。
2連覇はなりませんでした。しかしレインボー・ソルジャーのメンバー全員の気持ちは、ただ前だけを向いています。
試合後、メンバーたちのコメント;
「なかなか簡単に優勝できるものではない。やる気は前以上に出てきていますね」
「悔しかった。でもこれでまた目標ができたから良かったと思う。来年また優勝します」
「これで終わりじゃないんで、来年も出て、優勝できればと思います。応援よろしくお願いします」
(2006年11月15日 福祉ネットワーク「ぜったい勝つぞ!?電動車いすサッカーチームの挑戦?」より再構成しました)
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