
猫の在りよう

9月10日、6週間ぶりに取材を終えてアメリカから帰国すると、猫のカリンがピンチに陥っていた。昨年秋にうちに迎えたカリンは、慢性腎不全をわずらっている。この夏の日本の猛暑は、カリンの衰えた腎臓にはきびしすぎたのだろう。9月初旬から元気がなくなり、点滴を始めたと夫から聞いてはいたのだが、その弱り方は予想以上だった。いつもなら玄関まで迎えに出てくるはずなのに、ぐったりベッドにうずくまったまま、顔を上げるのもせいいっぱいの様子。成田空港から帰ったその足で、獣医さんのもとに走った。
輸液の点滴を受けながら、先生の説明を聞く。カリンの慢性腎不全は、おそらく中期を通り越し、すでに末期にさしかかっているのではないか。カリンもかかなり高齢そうだが、20歳の猫が、点滴を受けながら2年もQOLを保つことができた例もある・・・。
獣医さんは慎重に希望を織り交ぜながら話してくれたが、状況の深刻さはすぐに伝わった。カリンのいのちはいまや風前の灯火。もしかすると、このまま逝ってしまうかもしれないのだ。
「いま、やるべきことをやるしかない」。それまでのメソメソした気持ちがさっと切り替わった。2日後に予定していた地方出張は、「家族の急病」ということでキャンセルし、毎日点滴に通うことにした。そして、ひたすらそばに付き添って、祈ることにした。カリンは声を出す元気もなかったけれど、撫でると、かすかにゴロゴロと喉を鳴らす。私がそばにいるのを喜んでいる・・・。
それから9日。ようやくカリンの容態が上向きになってきた。3日前には初めてドライフードを少し食べ、私の膝に乗った。カリンが食べるのを見たときは、うれしくて泣いてしまった。死に向き合う人の取材で、末期がんの患者が食べ物を口にするたびに、家族がうれし泣きしていたのを思い出す。私も同じだ。食べるという行為に「もう少し生きたい」という意志を感じて、希望が湧き上がる。
それにしても、今回の私は自分でも驚くほど落ち着いている。カリンとの残り時間が期待していたよりずっと短くなりそうなのに、なぜか悲嘆のパニックに陥っていない。初めていっしょに暮らした猫たちを亡くしたときは、とてもこんな風には思えなかった。自分の一部が猫たちとともに死んだ、と感じたくらい、愛するものを失うことはつらかった。なぜ今回はこんなに違うのだろう。
それは、「動物の生き方」というか、「在りよう」というものを知ったからかもしれない。これまで5匹の猫と暮らし、4匹を見送るなかで、また、介助犬やセラピー犬などの取材をするなかで、徐々に教えられてきた。
動物の「在りよう」って何だろう?
それは、「いまこの瞬間に、全身全霊で、ここにいること」ではないだろうか。
動物たちは、私たち人間のように、過去を悔やんだり、先のことを心配したりはしない。誰かといっしょにいても、じつは心はあちこちさまよい歩いていたりする私たちと違って、動物たちは「いま」に100パーセント集中することができる。動物たちのそんな在りように、病んでいる人や傷ついた人がどれほど癒されるか、これまでたくさん見てきた。
カリンにとって大切なのは「いま」だけ。過去6週間いっしょにいられなかったことも、来月もまた出張で留守にすることも、カリンはまったく気にしていないだろう。だから、いちばん大切なのは、いっしょにいる時間、私もあの子に全身全霊で向き合うことなのだ。
この文章を書いているすぐ横で、カリンが丸くなって寝ている。私はときおり手を休め、カリンが呼吸しているのを確かめて、またパソコンの画面に向かう。安らかで、静かなひととき。これがずっと続きますように、と願うかわりに、いまあるこのひとときを心から味わおうと思う。猫の在りようを見習って・・・。
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初めて読み、初めてコメント致します。「猫の在りよう」。全く同感です。
どんな状態であろうとも、生きて在ることしか知らないでいる。それがどれ程大切か、忘れた人間達は癒される。けれど私は、深く心を病んでいるが故に、今のコを猫らしくさせなかった。余りに敏感に人の心を察し、賢過ぎる猫にしてしまった。今、彼はお気に入りのカリカリが出荷中止になり、お腹ペコペコ。家に来て、初めての頃の様に、それ以上にストレートでお喋りです。それが無性に嬉しい。甘ちゃんの私は、お土産をあげる為だけに、体を引きずって外出しています。帰ったらお土産をあげられる、その一心で。
天国にいられる4匹の猫さんたちが、カリンさん大塚さんのことを見守られているでしょうね。がんばってください。 敬具
水湖さん、ビバさん、
お心のこもったコメント、ありがとうございました。
じつはカリンは先月旅立ってしまったのですが、安らかで静かな最期を迎えることができました。でも、家のなかにぽっかりと大きな穴が空いているいま、お二人のお言葉はとても嬉しかったです。水湖さんの猫ちゃんは、幸せな子ですね。猫は自分を愛してくれる人に思いきり甘えられるのが、何よりの幸せですから・・・。どうぞいっしょにいられる時間を大切に味わって過ごされますように。
大塚敦子