
薬物依存からの解放 -オーガニック農業というメタファー-

[写真] オーガニック野菜を収穫する元受刑者の男性。(撮影=大塚敦子)
先日、6年ぶりにカリフォルニアに行ってきた。2000年代の前半、カリフォルニアに長期滞在して、『野菜がかれらを育てた 生きるヒントをくれるオーガニック・ガーデン』という本を書いて以来のことだ。本の舞台になったのは、サンフランシスコ郡刑務所。オーガニック農業をツールとして薬物依存の問題を抱える受刑者の心に働きかける、「ガーデン・プロジェクト」という全米の注目を集めているプロジェクトがテーマだった。
刑務所のなかにオフィスと畑を持つガーデン・プロジェクトは、1984年に刑務所の園芸プログラムとして始まり、1992年には独立したNPOになった。創始者は刑務所のカウンセラーだったキャサリン・スニードという女性。カウンセリングをして送り出した人たちの多くが、またすぐに再犯で戻ってくるのを見るうち、再犯防止にはその人の生き方を変えるための包括的なサポートシステムが必要だと痛感するようになった。そこで、薬物依存の受刑者たちとともに刑務所内に畑をつくって、オーガニックの野菜づくりを始めたのである。
キャサリンは、「オーガニックであること」にこだわる。なぜなら、薬を使わずとも立派に育ち、誰からも喜ばれるオーガニック野菜は、薬物からの解放のメタファーだからなのだ。かつてガーデン・プロジェクトに参加したある女性は、「農薬を使わない野菜が健康にすくすく育つ様子を見るのは、まるで自分が麻薬から解放されていくのを見るようだったわ」と話していた。
年月を経るうち、プロジェクトは刑務所を出た人たちの社会復帰支援に重点を移していく。刑務所の中でどんなにすばらしいプログラムを提供しても、社会に居場所がなければ再犯の可能性が高まるからだ。そこで、多くの元受刑者たちの出身地であるハンターズ・ポイントという犯罪多発地域にコミュニティ・ガーデンをつくり、行き場のない人たちがそこで働けるようにした。
そして、刑務所の畑で育てた野菜を地域の低所得家庭やシニアセンター、スープキッチンなどに無償で提供したり、地元の警察署と連携してハロウィーンのカボチャを配る活動などを始め、しだいに犯罪の温床となる地域そのものを活性化する方向へと発展していく。アメリカでは低所得の人々ほど新鮮な野菜を口にすることがなく、ファーストフードに偏った不健康な食生活で肥満になりやすいと言われているが、ガーデン・プロジェクトは地域の教育支援NPOと連携し、オーガニック野菜を使った料理教室なども始めるようになった。
支援の対象は元受刑者からさらに広がり、いまではリスクを抱える17歳から25歳の青年たちのための職業訓練プログラムもおこなっている。このプログラムがすばらしいのは、青年たちが地域の緑化のためのコミュニティ・サービスに従事することをとおして、園芸や造園の技術を学べる点だ。教育機会に恵まれない若い人たちが、職業訓練を受けつつ、同時に自分たちの住む貧しい地域の環境もよくしていく。その過程で、自己肯定感や他者への思いやりも育まれていく・・・。
これまでも、ウェブサイトやメールのやりとりを通して彼らの活動はフォローしていたつもりだったが、今回実際に現地を再訪問して、その発展ぶりにはほんとうに目を見張った。畑で私の案内役をつとめてくれたのは、16歳の若い女性ジェニタ。犯罪多発地域の貧困家庭に暮らす彼女をガーデン・プロジェクトにリクルートしたのは、なんと地元の警察だったという。学校にも行かず、職にも就けないでいたら、いつか薬物や違法行為に手を染めてしまうかもしれない若い人たちを、そうなる前に救う。自分たちが育てている野菜を誇らしげに説明してくれる彼女の姿に、希望を感じた。
それにしても、ガーデン・プロジェクトの進化・深化はとどまることがない。キャサリン・スニードというたった一人の女性が立ち上げたプロジェクトにおおぜいの人々の支持の輪が生まれ、26年後のいまも発展を続けているのだ。いろいろ問題はあるけれど、アメリカ社会のこのようなダイナミックさには少々羨ましさも感じる。
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