
認知症--ケアされることを受け入れられるか
いま、シアトルの近郊でこの文章を書いている。滞在先は、私の第二の家族、今年3月に掲載した 「認知症と向き合うディスレクシアのパット」 の家だ。
3ヶ月ぶりに会うパット (67歳) の認知症はさらに進んでいた。
まず、言葉を忘れるようになったこと。読書家でとても語彙が豊富だった彼女が、簡単な言葉も思い出せず、言いよどむことがたびたび。スペリングも間違うようになり、息子の名前も書けないことがあった。パットにはディスレクシアという学習障害の一種があるため、目覚まし時計のセット、ビデオの予約など数字が絡む作業は元々苦手だったが、いまではまったくできなくなった。とくに困るのが、曜日や日付の感覚が乏しくなったことだ。1日に10回も20回も予定を書き込んだカレンダーを確認するのだが、今日が何日で何曜日かがわからないため、カレンダーもあまり頼りにならなくなってきた。
何といっても一番の問題は、一人ではインシュリンの管理ができなくなってきたことだ。パットは 「ブリットル」 というきわめて不安定なタイプの糖尿病で、1日に5回血糖値を測り、適切な量のインシュリンを自己注射しなければならない。失敗すると命にかかわる。これまで彼女は、絵を使ったシステムを自分で作り、ディスレクシアにもかかわらず、むずかしい病気をうまく管理してきた。だが、認知症の進行とともに、そのシステムさえ彼女には複雑すぎて手に負えなくなってきた。
幸いなことに、パットには家族や友人の手厚いサポートがある。同居する息子のブライアンと糖尿病専門医が相談してより簡素化したシステムを作り直し、朝は夫のエドが、夜寝る前はブライアンが、インシュリンの量を計算して注射することになった。また、家族に加え、妹や看護師の友人のサポートもある。自身も糖尿病である妹は、毎日パットに電話をかけて、インシュリンの量をアドバイスする。看護師の友人は、糖尿病の他にも循環器系、消化器系に持病のあるパットの膨大な量の薬をすべて把握し、彼女に代わって管理してくれている。この態勢であとどのくらいやっていけるかはわからないけれど、当面は何とかなりそうだ。
アメリカでも日本でも、これだけのサポート態勢がつくれる家族はそんなに多くはないだろう。そういう意味で、パットは恵まれていると言えるかもしれない。だが、彼女はまだ自分がケアされる側に立ったことを受け入れられずにいる。10代のころから年の離れた3人の妹たちの面倒を見、義理の兄と母親を看取り、ずっと人をケアしてきた彼女にとって、その逆の立場を受け入れるのはとてもむずかしいことなのだ。「あなたはいままでずっとみんなを助けてきたんだから、今度はみんながお返しをする番よ」 と言っても、パットは、「でも、ケアする立場にいるほうが楽なのよ・・・」 とため息をつく。そして、自分一人で何とかやろうとして、かえって危険を招いてしまう。
そうは言いつつも、パットの気持ちは私にもよくわかる。ケアされるより、ケアするほうがどれほど精神的に楽だろうかと思う。ずっと自立した生活をしてきた人間にとって、「いかに尊厳を保ちながらケアを受けるか」 というのは、大きな課題だ。
パットの認知症は、たぶんこれからも進んでいくだろう。彼女はケアされる立場を受け入れることができるのだろうか。
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