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ハート ネット ピープル

太極拳をとおして伝えたいこと

[写真] 愛犬の見守るなか、太極拳のポーズを取るスティーブ。(撮影=大塚敦子)
[写真] 愛犬の見守るなか、太極拳のポーズを取るスティーブ。(撮影=大塚敦子)

太極拳のポーズを取り、そのまま静かに動きを止める。この、動きを止めたままじっとしている、ということが、子どもたちにはなかなかむずかしいようだ。みんなすぐに体がブラブラし始め、中には地面に座り込んでしまう子もいる。ここは、12歳から18歳までの少年少女たちを収容するカリフォルニアのある少年更生施設。更生プログラムの一環として、何年も前から太極拳のクラスがおこなわれているが、まっすぐ立っていることすらできない子が多いという。

そんな少年少女たちを、指導者のスティーブは辛抱強く見守る。力ではなく「気」で身を守る武術である太極拳をとおし、自分の感情を抑えられず暴力に走りがちな彼らに、心身の平静を保つすべを身につけてもらいたいからだ。

スティーブは、ベトナム帰還兵だ。裕福で知的な家庭に育ったが、若いときから麻薬にとらわれ、生活は破綻寸前だったという。自らベトナム行きを志願したのは、そこから脱したいと思ったからだった。

だが、戦場で目にしたものは、凄惨な殺しあいと、麻薬に溺れた兵士たちの姿だった。戦争の大義は吹き飛び、すべての感情を麻痺させなければ耐えられなかった。

兵役を終え、アメリカに戻ったあと、彼は激しい不安と怒りに襲われたという。誰かと肩が触れあっただけで、相手を叩きのめしたい激情に駆られた。何年もそんな状態が続いたのち、ようやくスティーブの症状は戦争で受けたショックによるPTSDであると診断された。

回復への長い道のりのなかで、スティーブは太極拳に出会う。薬物療法やカウンセリング、妻の支えなどに加え、太極拳を始めたことが精神の安定を得るうえで大きな助けになった、と彼は言う。
「剛に対しては柔をもって制する。太極拳をとおしてそれを学んだおかげで、暴力に走らないよう自分を抑制できるようになった」

現在のスティーブは、太極拳の道場を運営するかたわら、少年更生施設で、罪を犯した少年少女たちと向きあうことに情熱を傾けている。暴力で物事を解決しようとすることの愚かさを若い人々に伝えることを、自分のミッションのように感じている。だが、戦争の話になると、いまも彼の目は涙であふれそうになる。自分の体験が、戦場に向かう若者を一人でも減らすことになれば、と、学校を回って話をする活動もしているけれど、それは自身の身を削るようなものにちがいない。

スティーブは、イラクで戦争が始まってからは、毎週金曜日、町の交差点で、太極拳の仲間たちといっしょに反戦のプラカードを持って立ち続けた。イラクでも、アフガニスタンでも、いまもアメリカは戦争を続けている。戦争が続くかぎり、彼にとってのベトナム戦争も終わらないだろう。

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