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ハート ネット ピープル

馬による心理療法を体験して

[写真] 私のEAPに参加してくれたジェザイヤ(左)とサンダー。(撮影=大塚敦子)
[写真] 私のEAPに参加してくれたジェザイヤ(左)とサンダー。(撮影=大塚敦子)

いま、アメリカのシアトルでこの文章を書いている。先週、目からウロコが落ちるような強烈な体験をした。それは、馬を介在する心理療法 (EAP = Equine Assisted Psychotherapy) を受けたことだ。2年前のいまごろ、このコラムでEAPのことを紹介し、自分もいつか受けてみたいと書いたが、それが実現したのである。

場所は、「アニマルズ・アズ・ナチュラル・セラピー」(以下ANT) という非営利団体の農場。ここでは、馬たちの力を借りて、さまざまな問題を抱える子どもや青少年たちが健全な人間関係を築くのを助けるプログラムを実践している。

セラピストの最初の質問は、このセッションでどんな課題に取り組みたいか、ということだった。一瞬考えて頭に浮かんできたのは、Set the boundary (境界線を引く) 、つまり嫌なことは嫌と言い、相手の言いなりにならないこと。私は人と対決したり、争ったりすることはできるだけ避けたいので、あまり気が進まないことでも引き受けてしまうことがある。みんながお互いに遠慮し合う日本ではあまり意識しないで済んでいるが、アメリカは押しの強い人が多く、気がつくとすっかり相手のペースにはまっていることもある。これは避けては通れない課題だった。

課題が決まったところで、つぎはいっしょにセッションをしたい馬を選ぶ。セラピストからは、「あなたが馬を選んでもいいけど、馬があなたを選ぶこともあるからね」 と言われていた。私は一番おとなしいと聞いたサンダーという馬を指名。ところが、自分から近寄ってきたのはジェザイヤという別の馬だった。セラピストが言う。「どうやら、ジェザイヤがあなたを選んだみたいね」。ジェザイヤは、好き嫌いがはっきりしていて頑固、という評判の馬だ。やや不安になる。

馬場に入ると、まずは馬への近づき方を教わった。馬は人間と違って狩られる動物なので、馬が安全と感じる距離は私たち人間よりずっと遠い。受け入れてもらうためには、馬の安全領域を尊重しながら、ゆっくり少しずつ近づかなければならない。数歩進んで、馬が警戒の様子を見せたら一歩後退し、深呼吸してまた少しずつ前に進む。それを繰り返し、ようやくジェザイヤのすぐそばに立つことができた。

馬に慣れていない私にとって、体重500キロもあるアラビア馬のジェザイヤは、ちょっとこわい。そのジェザイヤが体をすり寄せてきたときは嬉しかった。セラピストによると、「これは馬のハグ (抱擁) 」 なのだそうだ。 セラピストといっしょにジェザイヤの体を掻いてあげると、喜んでまたハグしてくれる。だが、これはいい調子、と思ったのも束の間だった。

「では、今度は馬があなたの言うとおりにしてくれるかどうか、やってみましょう」
セラピストの指示に従い、私が歩くのに馬がついてくるようトライした。ところが、これがまったくだめなのだ。 何度やってみても、ジェザイヤは動く気配もない。私は仕方なく、「じゃあ、もう少し掻いてあげるから、そしたら私の言うことも聞いてね」 とジェザイヤに話しかけ、また体を掻くことしきり。そして、今度こそ歩いて くれるかどうか試してみたのだが、やっぱりだめだった。

そこで、セラピストが介入する。
「これまでの人生で、あなたが相手に与えるばかりで、相手からは何も返ってこなかった経験はある?」
驚いたことに、その問いを聞いたとたん、ずっと前の古い記憶が突然よみがえってきた。好きな人に散々尽くし たあげく、ふられた・・・という苦い経験だ。躊躇しながらも、私はつぶやいた。
「たしかに・・そんなことがありましたね。もうとっくに終わったことだと思って、長い間忘れていたけ ど・・・」
「自分がそんな経験をしたことを、いまは認められる?」
「はい」

セラピストが静かに言った。「もう一度、歩くのを試してみて」
そこでジェザイヤに指示して歩き出すと、なんと、今度はすっとついてきてくれたのである。馬と私はまっすぐ歩きつづけ、馬場の反対側に着いた。するとジェザイヤはふっと私から離れ、ゆうゆうと草を食み始めた。まるで、「私の仕事は終わりました」とでもいうように。

セラピストが言った。
「すぐに言うことを聞くサンダーとのセッションだったら、Boundary (境界線) に関するこの気づきはなかったでしょうね。あなたには、ジェザイヤのような馬が必要だった。だからジェザイヤがあなたを選んだのよ」

Boundary (境界線) を理解することは、お互いを尊重しあう対等な関係を築くための大切なレッスンだが、それには自分のなかで解決されないまま溜まっていた過去の膿みを出す必要があったのだ。だが、こんなことを人間のセラピストから指摘されたとして、はたして私は素直に聞けただろうか?

馬は人間の感情にきわめて敏感で、本人さえ気づいていない心の奥底の感情まで映し出す鏡のような存在だと言われる。だからこそ、馬を介在する心理療法が成立し、高い評価を受けているわけなのだが、実際に自分が体験してみて初めてその奥深さを思い知った気がする。

この驚きと感動を、ぜひほかの人にも体験してもらいたいけれど、残念ながら日本ではまだそのチャンスはないだろう。いずれ日本でもEAPに取り組む人が出てくることを期待したい。

EAPについてもっと知りたい人は、こちらへ:
EAGALA  Infomation  「What is EAP」
(別ウィンドウ ※クリックするとNHKのサイトを離れます。)

コメント

想像しながら読ませていただきました。
自分の中にも、自分では気付いてない、無意識のつまずきが
あるのかなあ、と思い、馬さんとセッションして
みたくなりました。

一度も訪れたことがないのですが、大阪にはホースフレンズ
という、不登校・ひきこもりの方のセラピーを行ってる
施設があります。
資料でしかみたことがないのですが。。
微妙に違うのかも知れませんが、参考まで、ということで。

犬さん、

参考になる情報をありがとうございました。
たしかに、不登校の子どもたちのための乗馬クラブや寄宿学校がありますものね。そのうち訪ねてみたいと思います。

ちなみに、島根あさひ社会復帰促進センターという半官半民の刑務所でも、この7月にホースプログラムが始まりました。私も立ち上げにかかわったので、これからがとても楽しみです。まだセラピー、とまでは行きませんが、いずれEAPのコンセプトを取り入れていきたいと思っています。

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