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地雷被害者の子どもに会って

地雷で両手を失った7歳の男の子と、その母親。(撮影=大塚敦子) 
[写真] 地雷で両手を失った7歳の男の子と、その母親。(撮影=大塚敦子)

3月、またカンボジアに行ってきた。今回のテーマも、「地雷除去」。前回の取材でやり残した仕事を続けるための再訪問だったのだが、胸が痛くなるようなつらい出会いがあった。ついひと月前に地雷で両手を失ったばかりの子どもに会ったのだ。

前にも書いたとおり、カンボジアにはいまも400万から600万と言われる地雷が残されていて、人々の日々の暮らしを脅かしている。アメリカがベトナム戦争中に投下した不発弾も数多くあり、地雷以上に大勢の犠牲者を出している。地雷除去を担うカンボジア政府の機関「カンボジア・マイン・アクション・センター」(CMAC)は、学校などを回って地雷の危険を教える教育に力を入れており、その甲斐あって子どもたちの被害は年々減っているのだが、それでも事故は防ぎきれないのだ。

ソヘングはまだ7歳。小学1年生の男の子だ。2月28日に家の近くで地面の上に出ていた地雷を見つけ、それが何なのかわからないまま学校に持っていった。そして、校庭でいじっていたら、突然爆発したのだ。ソヘングは命は助かったものの、両手を失い、お腹に刺さった破片は肝臓にまで達した。

私を案内してくれたCMACの人が、「大変だけど、がんばって勉強を続けるんだよ」と話しかけたところ、ソヘングの目から突然大粒の涙がこぼれた。「学校はこわい。もう行きたくない」と泣きじゃくる。学校の校庭で事故にあったのだから、無理もない。彼にとって、学校と事故の記憶は分かちがたく結びついてしまったのだろう。

帰国して、ソヘングと同じ小学1年生の男の子にこの話をしたら、彼は真剣な顔でこう言った。「手がなかったら、どうやって字を書くんだろう」。そうだ、ソヘングはまだ字の書き方も覚えていないのに、手がなくなってしまった。

ソヘングは、傷が完全に癒えたら、ノルウェーの人道団体の支援で義手を付けることになっている。まだ子どもなので、体の成長に合わせて何度も取り替えていかなければならないだろう。日本ならいろんなリハビリも受けられるだろうし、性能のいい義手も手に入るかもしれない。だが、貧しいカンボジアの農村で、両手を失った子どもがこれからどう生きていくのか。どれほどの困難がソヘングを待ち受けているか考えただけで、暗澹となる。

日本の小学生はこうも言った。「なんで地雷なんてつくるの? 日本にもあるの?」。日本は1997年に対人地雷全面禁止条約に調印し、自衛隊が持っていた地雷をすべて破棄したことを話すと、彼はほっとした表情になった。そして、またすぐ眉にしわを寄せてこう言った。「でも戦争になったら、地雷を使うんでしょ。そんなことにならないように、みんなと仲良くしなくちゃだめだね」

子どもって、すごいと思った。あたりまえのことを、ちゃんとわかっている。このあたりまえの理解を、どうやってこれからも持ち続けていくか。カンボジアの子どもの苦難に思いを寄せてくれた彼が、いまの優しさを持ち続けられるようにするのは、私たち大人の役目だ。

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