
カンボジアの地雷
11月後半から1か月、カンボジアに行ってきた。取材テーマは「地雷除去」だ。
カンボジアは、アンゴラやボスニア・ヘルツェゴビナなどと並んで、世界でもっとも地雷に汚染されている国の一つで、地中に埋まっている地雷の数は、400万から600万個と推定されている。この他にもベトナム戦争中にアメリカが投下した爆弾が200万個以上も不発弾として残り、いまなお深刻な被害が絶えない。
カンボジアは、1975年から1979年にかけ、100万人以上を虐殺したポル・ポト政権が支配した。その後ベトナム軍の支援を受けた勢力が政権を奪回したものの、90年代初めまで内戦が続き、この時期に大量の地雷が撒かれたのだ。1980年代、日本でもカンボジア難民の支援が大きな話題となったことを覚えている人も多いだろう。
対人地雷は1個わずか4ドルほどで製造でき、埋設も簡単だ。だが、何十年も残る地雷は、戦争が終わったあとも人々の生活を脅かし、社会復興を妨げる。カンボジアでは、ここ数年の地雷・不発弾の犠牲者数は年400人ほどに減ってきているが、その多くは田畑に出る農民や、貧しさから不発弾を鉄くずとして売ろうとする人々だという。
地雷・不発弾除去作業には、日本やヨーロッパをはじめとする国際社会が目に見える支援をおこなっている。カンボジア西部のタサエンという地域では、地についた支援をしている高山良二さんという日本人に出会った。高山さんは、自衛官OBでつくる「日本地雷処理を支援する会」(JMAS)という団体から派遣され、タサエンでおこなわれているコミュニティ・ベースド・ディマイニング(CBD = Community Based De-mining)を指揮している。CBDは、地元住民が訓練を受けて地雷除去作業員となり、自分たちの住む地域の地雷を取り除く、という画期的な仕組みだ。高山さんはその人たちとともに村で暮らし、彼らの親代わりのように親身に面倒を見ながら、地雷除去に取り組んでいるのである。
61歳の高山さんは、2002年にカンボジアでの生活を始めた。私も伝統的な高床式の高山さんの家に3日間お世話になったが、車座で床に座る食事といい、たらいに水を汲んで頭からかぶるシャワーといい、まったくのカンボジアスタイル。家には村人がひんぱんに訪れ、冠婚葬祭に招かれたり、相談ごとに応じたり、と忙しい。地雷除去作業が終わったあとの夕方5時からは、もう一人の日本人の同僚高田さんとともに、小学校の教室で日本語教室も開いている。
人を助けるスキルを持ち、リタイア後もそれを生かすために世界に飛び出していく。いくつになっても異文化にしなやかに順応し、かつ日本のよさも外に伝える架け橋となる。若者がどんどん内向きになりつつある日本で、高山さんの生き方は何とも鮮やかだ。明日ではなく、いま自分にできることをする。私たちの世界は、そんな人たちの地道な活動によって支えられているのだと実感する。
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