
癒しへの長い道のり
旧ユーゴスラビア紛争最大の戦犯ラドヴァン・カラジッチがついに捕まった。7月21日、別人になりすましていたカラジッチがセルビア共和国の首都ベオグラードで逮捕されたとき、私はサラエボにいた。
1992年から3年半にわたった戦争で、ボスニア・へルツェゴヴィナの首都サラエボはセルビア人勢力の包囲下に置かれ、1万人ともいわれる市民が犠牲になった。ホロコースト以降のヨーロッパで起こった最悪の虐殺事件「スレブレニツァの虐殺」では、8000人ものモスレム人の男性と少年が、セルビア人勢力の指導者だったカラジッチの指令のもとに殺された。当のカラジッチは戦争終結後13年以上にわたって逃亡生活を続け、犠牲者の家族に終わらない苦しみを与え続けてきた。
カラジッチ逮捕のニュースを聞いたとき、まっさきに私が思ったのは、「これで多くの人びとが、やっと前を向いて生きる気持ちになれるのではないか」ということだった。テレビはサラエボの通りで歓声を上げ、カラジッチ逮捕を喜ぶ若者たちの姿を映し出している。
ところが、実際に人びとの感想を聞いてまわると、報道されたのとはちがって、一様に醒めた反応しか返ってこない。
「いまごろ捕まっても遅い。死んだ人たちが帰ってくるわけじゃないし」
「なぜ逮捕まで13年以上もかかったの? 国際社会が故意に見逃していたんじゃない?」
スレブレニツァの虐殺で夫を殺された女性は言う。
「たとえ彼が戦犯法廷に移送され、裁判が始まっても、どうせ10年も20年もかかるにちがいない。正義が下される前に私は死んでるわよ」
この醒めようは何なのだろう。国際社会に対しても国際戦犯法廷に対しても、人びとは不信でいっぱいで、何の期待も抱いていない。たしかに、戦後平和が訪れ、生活が安定して豊かになるとの期待はかなわなかった。ボスニア・ヘルツェゴヴィナにはいまも二つの政体(モスレム人とクロアチア人の連合国、セルビア人の国)が並立し、いがみあいを続けている。カラジッチは、モスレム人にとっては大戦犯だが、セルビア人にとっては英雄、というねじれた状況だ。
戦犯法廷のある判事がこんなことを言った。
「ボスニア紛争のケースを扱って以来、勝者も敗者もない戦争は、むしろ戦後復興を遅らせるのではないかと思い始めたわ・・・。日本はなぜあれほどめざましい復興を成し遂げることができたのか。ひとつには、敗北を受け入れた、ということも大きかったんじゃない?」
このエッセイの読者の多くは、遠いボスニアの紛争のことはよくわからないし、自分には関係のないこと、と感じるかもしれない。けれど、過去のことは過去のこととして、前に向かって生きる・・・それがどんなにむずかしいことかは誰もが経験しているのではないだろうか。ボスニアの人たちが直面しているのはまさにそれだ。
今回のカラジッチ逮捕に対する人びとの、醒めた、苦々しいともいえる反応にふれ、過去の傷(それが戦争であれ、犯罪であれ、虐待であれ)を乗り越える癒しのプロセスの困難さを、あらためてかみしめている。
関連ページ:
ハートネットピープル
大塚敦子「ともに生きる from the world」




私は虐待を受けて育ち、子どもを虐待していました。
虐待をされた傷も、虐待をした痛さも回復していくことは容易ではありません。
過去は過去として前を向いて生きることの難しさを感じつつ、鉛のように重い足を一歩、また一歩と出しながら生活しています。
人として与えられるべき愛、与えることができるだろう愛の営みは、私にとって持ち得ないものなので、創造的作業となります。
自分には「愛」がなかったことを受け入れなくてはできない作業です。
そして、暴力を受けた者にとって破壊が常の人生の中で、創造するということはとても難しいものがあります。
なので、その作業には、生活に「愛」を持つ人の手本が必要です。
国中の人が戦争で傷ついているとしたら、また戦争の悲しみを受け入れる「安心」がなかったら、「愛」の創造的作業はさらに困難であるだろうと想像します。
最近、生活の中に楽しみを創造していくことが愛されること、愛することになるのではないか、と考えています。
サラエボの皆さんは、どんなことが楽しみなのでしょう。
大塚さんの文章を読んで、サラエボという国をもっと知りたいと思いました。
同じ痛みを持つ同士として。
あれ、何でサラエボってかいてしまったのでしょう。うむむむ。
こういう間違いをよくするのです。ごめんなさい。
落ち着きがなかったり、勘違い、健忘症、記憶の混濁etc、
暴力の後遺症はあちらこちらに顔を出すのでした・・・(^^;)
はなそらさん、
心に響くコメントをありがとうございました。愛の営みという創造的作業には「安心」が必要、とのお言葉に深く共感します。安全だと感じられない場所で前に進むことはとてもむずかしいでしょう。それが家庭であれ、戦争で傷ついた国であれ・・・。
サラエボの人たちは、表面的には楽しそうに暮らしています。若い人たちはおしゃれなヨーロッパファッションに身を包み、カフェには人があふれ、観光で訪れたなら、もう戦争は過去のもの、と感じるかもしれません。けれど、私がいつも感じるのは、底のほうに横たわる深い無力感です。自分が何をしてもどうせ何も変わらないだろうというあきらめの気持ち。多くの若い人たちが、希望の持てない国に暮らすことを放棄し、国外に流出しています。「安全」と同時に、「希望」がどれほど重要であるか実感させられます。
そうは言っても、ボスニア・へルツェゴビナの人たちはほんとうにタフです。サラエボの人たちは、3年半もの包囲でろくに食べるものもなかったあいだも、劇場で上演を続け、たくさんの結婚式をあげ、苦しい生活のなかに楽しみを創造してきました。楽しみを創造することが、resilience (立ち直る力)を生むのですね。
私は自分の書くもののなかに、このresilienceという言葉をよく使いますが、それは希望を与えてくれる言葉だからなんです。
はなそらさんのresilienceを信じつつ、このコメントを終わります。
遠いボスニアの人びとに思いを馳せてくださって、ありがとうございました。
大塚様、こんにちは、クマです。
戦争は本当にイヤだと感じます。
どちらが加害者・被害者となるのでなく、両者とも被害者なのだと。
そしてなぜ人は憎みあい戦うのかと。無力感を感じる今日この頃です。
大塚様、暑さが続きます。お身体を大切にお過しください。では、失礼します。