
もっと生きたかった
ハナミズキの花が咲くころになると、いつも思い出す人。
それは、29歳で亡くなった友人ジェニーのことだ。ハナミズキが大好きだった彼女が、エイズで逝って、もう12年になる。
初めて会った1993年、ジェニーはメリーランド州立大学で、教職をめざして勉強中だった。私は当時、エイズとともに生きる人びとのドキュメンタリーに取り組んでいて、彼女とのつきあいは、最初は撮影者と被写体として始まった。でも、まっすぐで、何ごとにも全力投球するジェニーは、しだいに大切な友人となっていった。日本から取材に訪れるたびに、彼女と夫のジミーの家に滞在させてもらうようになり、そのうち私がご飯をつくるようになり……気がついたら、自分の部屋までできていたのだった。
ジェニーは、自分がいつ、どのように感染したのか、確たる覚えはなかった。はっきりしていたのは、24歳のとき、何の気なしに受けたHIV検査の結果が陽性だったということ。それ以来、若くして死を見つめながら生きる日々が始まる。当時はまだ現在のような効果的な治療法がなく、エイズはいったん発症すると死に至る病のひとつだったからだ。
教育実習を終え、やっと教師になれる、というときに、ジェニーはエイズを発症した。それ以来、さまざまな感染で入退院を繰り返すようになる。そこで教職をあきらめ、新たな目標として手話通訳をめざしたけれど、それも病気のためにむずかしくなった。そしてHIV感染を知ってから約4年後、短い生涯を閉じたのだった。
これだけ書くと、ジェニーの人生はいったい何だったのか、と思われるかもしれない。あれほど生きたいと願ったにもかかわらず、それはかなわず、夢だった教師にも、手話通訳にもなれなかった。表面的には、無念の死だったようにしか見えないだろう。
でも、ジェニーは常にベストを尽くそうとした。教師になれないとわかったあとも希望を捨てず、自分にできることを探そうとした。そして、深く人を愛し、愛された。
私たちがふだん見過ごしてしまいがちな小さな贈りもの……満月に照らされた人影の美しさとか、雨の夜の車のライトの鮮やかさ……も、彼女はたくさん発見した。
何よりも、人はその人生に「何を成したか」より、「どう生きたか」のほうが大切なんだということを、教えてくれた。限られた時間をあれほど懸命に生きた人を私は知らない。ジェニーのおかげで、私はどれほど生きるのが楽になったことか。
ハナミズキの咲く季節がめぐってくるたびに、私は彼女を想う。ジミーが彼女の思い出に植えた庭のハナミズキも、いまごろは満開だろう。




大塚様、こんにちは。初めましてクマといいます。
残された日々を懸命に生きたジェニーさん、
何か印象に残る言葉はありますか。
クマさん、
ジェニーの言葉のなかには、忘れられないものがたくさんあります。
たとえば、満月の夜、澄んだ空気と木々の香りを胸いっぱいに吸い込み、ジェニーはつぶやきました。「ああ、こんな幸せってあるかしら!それなのにみんな、この美しい時間をあたりまえのように思っている・・・」
また、こうも言っていました。「たとえ明日死ぬとしても、ほかの人の人生と取り替えたいとは思わない。こんなに幸せに生きてきたんだもの」
彼女の言葉は、いまも私のなかにあり、折々に私を支えてくれています。たとえ別れはあっても、やはり人との出会いって、ほんとうにすばらしいものです。
ジェニーがどんな風に生きたのか、もしもっと知りたいと思ってくださるなら、拙著「いのちの贈りもの」(岩波書店)を手に取ってくださると嬉しいです。
大塚敦子
大塚様、こんにちは。クマです。
まさかお返事いただくとは思いませんでした。ありがとうございます。
ジェニーさんの残した言葉、いのちの輝きを感じます。いのちの言葉として
心に刻みつけておきたいと思います。ありがとうございます。
大塚様のご本「いのちの贈りもの」(岩波書店)は今市販されていないようなので、
図書館などで手にしたいと思っております。
丁寧なお返事本当にありがとうございました。
どうぞ身体を大切にご活躍ください.
では、失礼いたします。
大塚様 はじめまして。
ジェニーさんは周りから愛されていたのですね。
今、エイズを発症して家族から見放されて生きる希望を失っている友人にはなんと声をかければいいのでしょう・・・
感染発覚から一年、発症から半年・・・
友人にはあとわずかしか残されていない時間を前を見て歩んでもらいたい。
でも、私にはどうすれば前を見てもらえるかがわからないんです・・・。
ライさん、
お友達は感染がわかってから1年、とのこと。まだまだショックの渦中でつらい時期を過ごしているのでしょうね。
お友達はHIV感染者のサポートグループなどに参加しているのでしょうか? もしまだでしたら、ぜひライさんもいっしょに探してあげてはどうでしょうか。ジェニーも、私の他のHIVの友人たちも、サポートグループに参加し、「自分は一人ではない」と知ったことが大きな助けになったと言っています。ライさんが「自分はここにいるよ、力になりたいと思っているよ」と伝えることも、とても大事な支えになるはずです。
ご参考までに、日本HIV陽性者ネットワーク(http://www.janpplus.jp/top.html)、岩室紳也先生のHP
(http://homepage2.nifty.com/iwamuro)を挙げておきます。
大塚様、こんにちは。クマです。
「いのちの贈りもの」を読みました。
ジェニーさんがどう生きたかが心に伝わってきました。
多くの方に再び取り上げられ読まれるといいと感じています。
ありがとうございました。