
虐待を生き抜く -アメリカのサバイバー-
私の一番大切な友だちの一人、ジーンの話をしたい。
シアトルに住むジーンは、ちょうど50歳になったところ。独身で、子どもはいない。重度の知的障害のある人たちの養護施設で作業療法士として働くかたわら、美声を生かして地元のオペレッタや老人ホームで歌ったり、子どもたちに合気道を教えたりと、休日はボランティア活動で予定がぎっしり。困っている人はいないか、自分にできることはないかと、いつも心を砕く人なのだ。
そんなジーンは一家の中のブラックシープ(黒い羊)として育った。父は航空エンジニア、母は海洋生物学者というインテリ家庭。4人の娘たち(ジーンは3番め)は全員がエリートの道を歩むことを期待されていたが、ジーンだけが学校で両親の期待どおりの成績を収められなかった。
いまは他界しているジーンの母親は、身体的な暴力をふるうことこそなかったものの、言葉による暴力で彼女を傷つけたという。歌の練習をしているジーンに、「そんなひどい声、近所迷惑になるからやめなさい」。バレエを始めた彼女を笑い、「あなたみたいに不器用な子が、バレリーナになんてなれるわけないじゃない」。
「あなたには何もできない」。ジーンが何をしても努力を認めず、ことごとくけなし続けた母親の呪縛は強烈だった。数年前、修士号を取るため大学に戻った彼女は、最初の学期は教室に足を踏み入れるたびにパニック・アタックに襲われ、安定剤を飲みながら通わなければならなかった。
母親が亡くなったときには、実家に行くため飛行機に乗ろうとしたが、猛烈な吐き気に襲われて乗れず、葬儀にさえ出られなかったという。ジーンは現在に至るまで、20年以上にわたるセラピーを受け続けている。
だが、母親は彼女の人生を台無しにすることはできなかった。ジーンはいまでも見えない傷を抱え、ときには身体症状が出ることもあるけれど、人にたくさんの喜びを与える日だまりのように温かい人だ。2年前からは、虐待を受けた子どもたちをサポートする団体のボランティアとして、忙しい毎日をやりくりしている。
与えることで癒され、自分自身も成長し続けるジーンの姿に、私はいつも励まされる。彼女を見ていると、虐待がもたらす傷の深さに打ちのめされると同時に、人間の持つresilience(回復力)もまた信じられる気がするのだ。
ジーンだけではない。父や兄から激しい暴力を受け、10代で家から逃げなければならなかったデールは、いまは問題を抱える少年少女たちに介助犬の訓練を教え、成功を収めている。義父の性的虐待に苦しんだハイジは、ホームレスの人を助けるコミュニティ・ガーデンのスタッフになった。
アメリカでは、虐待を受け、それでも生き抜いている人のことを、「サバイバー」と呼ぶ。そこに込められているのは、「ヴィクティム」(犠牲者)であることを越えて、生き抜く、という決意だ。私はサバイバーの友人たちを心から誇りに思っている。




ジーンさんの母親からの言葉による虐待は虐待として認められるんですね?!
私も物心ついた頃から、ジーンさん同様、母親からネガティヴな言葉を浴びせられ続けています。
本当に苦しい。息をすることさえ苦しい。
でも、身体的な虐待と違って周りに理解されないというのが実感です。
見えない傷。
子供の頃から自殺しなければと思いつつ、あまりにも長い間忍耐しながら生き続けているので、これからもこんなふうに苦痛の中をもがきつつ、死ねる時まで生き続けるのかな…。
自殺に関するページから飛んできたので唐突でスミマセン。
ただ、ジーンさんとジーンさんのことを紹介してくださった方に何か(生きててくれてありがとう…)言えたらなって。
優理愛さん、
コメントありがとうございます。言葉の暴力に苦しみ、つらい毎日を送っておられるのですね・・・。
言葉による暴力も、もちろん虐待です。ジーンも、そのために自殺を考えたことも、摂食障害で長期入院したこともあります。50歳のいまもセラピーを受け続けていて、その傷の深さはどれほどかと思います。
でも、彼女は生きていたからこそ、多くの人に喜びを与えるとともに、回りに愛され、必要とされる人となりました。血縁の家族とは疎遠ですが、彼女にはたくさんの心の家族がいます。私自身もその一人です。
愛さんのまわりにも、きっとそういう人がいると思いますよ。いますぐそばにいなくても、必ずいつか出会うはずです。
愛さんからのメッセージ、ジーンに伝えますね。きっと彼女は、「生きていてよかった!」と言うでしょう。
愛さんもどうか・・・生きてください。
愛さん、
先日いただいたメッセージに、ジーンからの返事が来ました。
彼女から愛さんへのメッセージは・・・
Don't give up! Things keep getting better and better the longer I stay with this!
(あきらめないで! このつらさとともに生きる時間が長くなればなるほど、どんどん物事がよくなっていきますから)
Jeanne
大塚さん、お返事ありがとうございました。まさかコメントを返してもらえるとは思わなかったので、すごく嬉しかったです。(お礼がおそくなってすみません。)
しかも、3月25日は私の誕生日でした。
あの日、何度か両親と顔を合わせましたし話もしましたが、「誕生日おめでとう」とはひと言も言われませんでした。朝から大喧嘩しているので部屋に身をすくめていたのですが、どうやら私に関わるお金のことでもめていたようでした。年に1日だけでも生まれてきたことを肯定していいと思う権利のある日のような気がしていたのですが、いつものごとくダメでした。
ジーンさんは、心の家族がいるのはうらやましい。というより、彼女の努力と人柄が素晴らしのでしょうね。
私は、人間の心の家族を探すのをやめました。(もちろん、通院やセラピーというのもやめました。)今は、心の家族と思えるぬいぐるみ達と過ごせるだけでもありがたいと思っています。
体も重く、息も苦しい。若いときにはできたことがどんどんできなくなり、いつまで生きながらえられるのだろうかと思いつつ、何をどうしたらいいかもわからないまま、希望と絶望の間を必死で泳いでます。まさに、サバイバーだなと実感してます。
ジーンさんにお伝えください。(昔習った英語で書いてみます・・・。伝わるように直して頂けたらと思います。)
Thank you very much for your deep warm message. I'm really touched. I won't give up, till I have to. I suppose I will come to see what I should see when I live longer with this pain.
愛さん、
ジーンへのメッセージ、ありがとうございます。必ず彼女に伝えますね。
しばらくサイトを見ていなくて、いまごろのコメントになってしまってごめんなさい。
すっかり遅くなりましたが、愛さんに、”Happy Birthday”を送ります。
私は、小学校低学年から高校生になるまでの10年弱、実の母親の激しい身体的暴力、言葉に暴力に耐えてきました。その暴力は凄まじいもので、ベッドの下に逃げ込むと母親が足を伸ばして何度も蹴られたり、お風呂場に連れて行かれて湯船の中に何度も顔を沈められたりと・・・。そしていつも自信が持てず自分を卑下しながら生きてきました。いまだにその呪縛から抜け出すことができません。激しい暴力を受けていた時、母親は再婚していて、結局その相手とは相手にアルコール依存もあったことと、母親の不倫がばれて、離婚してしまったのですが、離婚した後も社会人に私がなってからずっとあんたのせいで離婚したのよと責め続けられました。私はそれから、ずっと母親から離れて暮らしていたのですが、帰省した時に家族間で大きな諍いがあり、その直後、病気になり、病院に入院することになり、故郷に戻らざる得なくなりました。病気になって故郷に帰ってからも、毎週日曜は私以外のみんなで出掛けたり、夕食をみんなで食べています。私はのけ者です。そしていまだに母親は私に対してあたることもあり、離れて暮らしてほしいようです。でも、母親自身の老後の時だけは帰ってきてほしいようなのです。このような母親なので、すごく離れたところで、故郷には戻らず、母親とは一生離れたところで生活したいと思っています。私のこういう考え方は間違っているのでしょうか。