
苦しみの果ての赦し
「カルラのリスト」というドキュメンタリー映画が、11月10日から東京都写真美術館で公開されている。旧ユーゴスラビア紛争の戦争犯罪人を裁く「旧ユーゴ国際刑事法廷」の国連検察官カルラ・デル・ポンテにカメラが密着し、彼女の活動をとおして、国際刑事法廷の困難な仕事を浮き彫りにしていく。
カルラが追う戦争犯罪人リストのトップは、1995年7月、ボスニア・ヘルツェゴビナの町スレブレニツァで起きた虐殺事件の主犯二人だ。この事件では、モスレム人の男性と少年、約8,000人がセルビア人の軍に殺されたという。その主犯二人がいまだにつかまっていない現状では、家族を殺された人びとの苦しみは終わらない。そのことを痛感するカルラは、捜査に立ちはだかる壁を破ろうと手を尽くすのだが・・・。
前回書いたコミュティ・ガーデンの参加者の中には、スレブレニツァの女性たちもいる。そのうちの一人、イスメタ(51歳)は、夫、父、兄を失った。本人も避難民としてサラエボにたどり着き、貧しさのどん底に突き落とされた。それでも、いつも静かな笑顔をたたえて畑仕事に精を出す彼女の姿に引かれ、私たちは親しく交流するようになったのだった。
以前彼女にスレブレニツァのことを聞いたとき、家族を殺したセルビア人たちのことを決して「彼ら」と言わず、「彼」と単数形で呼んでいたことを思い出し、なぜ複数で呼ばないのか聞いてみた。「憎むのは一人でじゅうぶんだからね・・・」と彼女は答える。 そして、つぎに驚くべき言葉が返ってきた。「セルビア人たちは、私たち全員を皆殺しにすることもできたのに、そうはしなかった。女や子どもは逃がしたのよ」と言うのだ。たしかにそのとおり、彼らは女性と子どもはバスに乗せて町から追放したのだが、まさか被害者の遺族の口からこんな寛容な言葉を聞くとは思わなかった。通訳をしてくれた若いモスレム人の女性も息をのんでいた。
イスメタは言う。「私たちはみんないっしょに生きていくしかないんだよ。憎しみは何にもならない」
その言葉を聞いたとき、どうして彼女がいつも穏やかな表情をしているのか、ほんの少しだけわかったような気がした。イスメタは、赦そうとしているのだ。自分の家族を殺した相手を。
国際援助機関で長く働くある人がこう言っていたことを思い出す。「極限の苦しみを味わった人が、そうでない人よりはるかに寛容なことがあるのです。苦しみが崇高な精神をもたらすこともあるのだと、教えられる思いです」と。 8,000人の虐殺を命じる人間がいる一方で、それでもヒューマニティを信じようとするイスメタのような人もいる。怒りと憎しみの言葉が多く飛び交うボスニア・ヘルツェゴビナで、イスメタの存在は一条の光のように思えた。
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