本文へメインメニューへ
ここから本文です

ハート ネット ピープル

10歳の四季

〔写真〕りょうへい君の旅立ちの日の朝、空を見上げる猫のハナちゃん。(撮影=大塚敦子)


2月3日、ある男の子が、3年間の闘病を終えて旅立った。
りょうへい君、享年10歳。
両親と妹、聖路加国際病院小児病棟のおおぜいの医療スタッフに見守られての安らかな旅立ちだった。

りょうへい君が息を引き取ったとき、私は彼のおうちで猫の世話をしていた。家族がみんな病院に詰めている間、猫のハナちゃんがひとりでお留守番をしていたからだ。ご飯をあげ、おもちゃのネズミでじゃらしていたところ、ハナちゃんが突然遊びをやめて窓のほうに向かっていった。そして、空を見上げてニャーニャー鳴く。夜の10時半ごろのことだ。

「どうしたの?」不審に思った私はハナちゃんに声をかけ、窓の外に目を凝らした。まさかマンションの上層階のベランダに泥棒が入るなんてことはないだろう、と思いつつも、誰か怪しい人でもいるのだろうか・・・と。

あとでわかったのは、ハナが不思議な行動をとったのは、まさにりょうへい君が旅立った時間だったということだ。地上を離れる前に、大好きな猫のハナに別れを告げに家に寄ったのだろう。ハナが見ていたのは空ではなくて、彼の魂だったのだろう。

りょうへい君は、私にとって特別な存在だった。ダウン症と白血病という二重のチャレンジを与えられた彼は、天使のように無垢で朗らかだった。お別れの会で、病院のチャプレン(編集部注:「チャプレン」について詳しくはこちらを参照ください) が、「りょうへい君はいつも『今』に生きていました。つい先のことばかり心配してしまいがちな私たちに、彼は『今』を生きることの大切さを教えてくれた」と語ったとき、私自身を含め、みんながあれほどりょうへい君を愛さずにいられなかった理由が少しだけわかった気がした。

りょうへい君はほんのささやかなことでも、ほんとうに嬉しそうな顔をしたものだ。誰かがお気に入りのものを持ってきてくれたりすると、「ヤッター!」と両手を広げ、全身で喜びを表した。その極上の笑顔を向けられた人はみんな幸せな気持ちになれた。

大好きなお絵描きをしているときは(寝るとき以外はいつもしていた)、超人的な集中力を見せた。どんなときでも、それこそ死が間近に迫った日々にも、お絵描きの道具は絶対そばから離さなかった。ベッドの上にうず高く積まれた塗り絵用の本と箱にギッシリ入った色とりどりのサインペン。りょうへい君の思い出を書き始めたら、たぶんスペースがどれだけあっても足りないだろう。

りょうへい君の逝去を知った友人が、吉田松陰の「留魂録」にあるこんな言葉を教えてくれた。松陰が死を前に獄中で書いたものだ。

...十歳にして死ぬ者は、
その十歳の中におのずから四季がある。
二十歳にはおのずから二十歳の四季が、
三十歳にはおのずから三十歳の四季が、
五十歳や百歳にも、その中におのずからの四季がある

「たとえ何歳で死んだとしても、人生にはおのずと四季がある、10歳をもって短いとするのは、夏蝉を長寿の霊椿にしようとするようなもの」。
「穀物の四季を見ると、春に種をまき、夏に苗を植え、秋に刈り取り、冬それを蔵に入れる」
10歳で生涯を閉じたりょうへい君も、松蔭が言うように収穫を終えてそれを蔵に入れ、彼なりの四季を完結させたのかもしれない。

りょうへい君が種をまいて育てたものとは何だったのだろう。それはきっと、彼とかかわる幸運に恵まれた人がそれぞれに受け取った大切な何かだろうと思う。私もその一人だった幸運を、いまあらためてかみしめている。


コメント

こんにちは。

ハナちゃんの不思議な行動…
窓辺で、りょうへいくんとお話している様子が目に浮かんで、涙がこぼれました。

動物たちは、ときに本当に不思議な何かを感じたり、導いてくれたりすることがありますよね。
実は、驚いたのは、この記事を拝見したその日、私のブログの読者さんで迷子の猫さんを探しておられた方が、その猫ちゃんと、ようやく出会うことができました。
「おねんね」をした状態で…
それでも、まだぬくもりもあって、家族のもとに戻ってこれたその子は、奇積のようだと思います。
その子の名前が…「ハナちゃん」でした。

また、同じ日に、私自身も交通事故で亡くなった猫ちゃんと遭遇し、火葬をさせてもらいました。
それもまた、迷子で亡くなったハナちゃんに導かれたような気持ちでした。

「その十歳の中におのずから四季がある」

どれだけ長生きをしても、私の大切な猫たちが、私の寿命以上に生きることはありません。
見送るたび、「関係ない」とは思っていても、やはり生きた年数を数えてしまっていました。

だけど…
その子には、その子の、四季があったのですね。
折々の幸福があったのでしょうね。

気付かせていただけたこと、心から感謝いたします。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://cgi2.nhk.or.jp/cgiblog/tb.cgi/31294