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ハート ネット ピープル

正しい復讐の仕方 -その1-

[写真] 雑誌の原稿締め切り直前に、オフィスにて。かなり切羽詰った状況の中、パチリ。
資料が散乱し、かなり周囲も荒れています。


「復讐」。怖いことばだ。もちろん勉強を繰り返す「復習」のことではない。
やられたら、やり返す「復讐」のことである。

僕は小学生の高学年か中学生ぐらいのころ、
「大人になったらいつか復讐してやるぞ先生リスト」なるものを作って、
大学生になるまで持っていた。

小学生時代、数々の恨みを先生に抱いた。
算数のテストを級友の前で採点し、ニヤニヤする女子と一緒になって
「どうしてこんな簡単な計算ができないの」と笑った先生。

「先生に誉めてほしい」と思い、童話を創作して持って行ったら、
誉めるどころか「他にやることがあると思うんだけど」と言った先生。

空想の世界に遊んだ作文をクラス全員の目の前で「くだらない」と言い放った、先生。
必死で書いた習字を「お前、ふざけるなよ」と言って、友達の目の前で破り捨てた先生。

もちろんいい先生もいたのだが、こういう先生にひどく傷つけられた僕は、
「大人になったら、いつかあいつらに復讐してやる」と本気で思うようになった。

そして高校2年の春。友達もでき、得意な分野も見つかり、
ある程度落ち着いてきた僕は、ある日、リストを前に、本気で考えた。
「どうすれば、あいつらに復讐できるか」。

法治国家の日本では、人を傷つければ犯罪になるし、
そんな馬鹿なことをしても、先生たちを根本的に見返すことはできない。
悩みに悩んで、ある結論を出した。「すごい!俺は天才だ!」とも思った。

それは「俺が先生になればいい。同じ立場になれば、あいつらもギャフンと言うはずだ」。
「何てナイスな復讐法だろう。これなら両親も喜ぶし、誰も傷つかない」。
もうその時点で、僕の頭の中は、先生になった僕が同窓会に出席し、
そこで「俺が、私が、悪うございました!」と土下座してひれ伏す
かつての先生たちの姿でいっぱいになっていた。

――今考えれば、アホだったと思う。そう、自分の「学力」を忘れている。
先生になるには、「学力」がいるのだ。

そんなことに気もつかず、その翌日には担任の先生に
「先生になるには、どうしたらいいか」と相談した。
「まず大学に行かなきゃ、先生にはなれないな・・・。でも、お前、本気か? この成績で?」。
びっくり仰天している担任の顔を尻目に、
「そうか、大学に行けばいいんだ!」と僕は1人興奮した。

それから、僕の「復讐」にかける日々が始まったのである。

<続く>

コメント

「復讐」ですか!!すごいですね~。私も猛烈にいじめられたけど、なぜか復讐しようと思ったことはないです。

なんでだろ~?心にも体にもいじめられた跡は残っているのに。

私にはアスペとADHDがあります。小学生の頃は、音は聞こえるけど人の話が理解できず、いつも揺れてて本ばかり読んでる変わった子でした。テストで90点以上とれるのに、突然さされても先生や周りの言ってることは、さっぱりわからず。難しい文章問題は解けるのに単純な計算ミスは多くて。漢字には強かったので、先生が書き順を間違えたり、はねるべきところをはねなかったりすると、全部訂正させて嫌がられました。教育実習生にも容赦なかったので、意地悪だと同級生には責められましたが、何故そんなことを言われるのか意味がわからず。

ただ、「転んでもただでは起きない」ということと「いつか私のような人の力になりたい」ということを思って、何とか死なずに生きてきました。

星も出ていない真っ暗な闇夜が好きでした。私の心を慰めてくれる親しい友のようで。明るい昼間の空はまぶしすぎて痛かったのを覚えています。

2人の子どもを生み育てていく中で、殆んど日常生活に支障がなく、人からは「社交的で顔広いよね~。」と言われるまでになりましたが、できない自分、人に迷惑をかけてしまう自分にぶちあたると、とても落ち込みます。

小学生の娘にはADDがあり、4歳の息子には自閉症と重度の知的障害があります。ちなみに元夫はADHDだと思います。忘れてはいけないことを誰1人覚えていなかったり、大事なものをすぐ失くしてしまったりするけど、みんなで何とか力をあわせて、暮らしていけたらと思っています。ただ借金癖がある元夫とは、一緒にくらすのは大変すぎるので別れてしまいましたが。

今は「人事を尽くして天命を待つ」ということを座右の銘にして日々暮らしています。少しずつ努力する中で成長していくつもりです。みんなより成長が遅かった分、どこまでも成長していけると信じて。

自分のことばかり長々と書いてしまいましたが、もう1つ昔の自分が思っていたことがありました。

「絶対幸せになって、辛かったことも全部プラスに変えてやる」と。

今は介護の仕事をしていますが、いずれ相談業務ができたらと思っています。

誰かを支えられる人になりたいな~。

私もいま自分が計算障害かもしれないと気がついて生きています。小さい頃に親が死に物狂いで色々なお稽古をさせてくれたので、生活にはとりあえず苦労はないですが、やはり5年生以上の計算(分数とか)は苦手で、ふっかけられると頭ん中真っ白って感じです。
会社でも書類に数字が羅列してるとパニック状態です。私も昔は同級生や先生を恨みました(中学はヤンキーばっかりで教師もやたら強気で地獄を見ました)
。でもそこから将来を決めたあなたはすごいし
えらいと思います

はじめまして。
私は、おそらく、境界性があって、そのため、もの凄く分かって欲しい気持ちがあるように、思います。その私が、夫と向かい合い、この,27年通じなさに、七転八倒、葛藤の日々を、繰り返して来ました。昨年、精神科医の講演を聴く機会がありました。
そこで始めて、夫には、自閉があるのでは、と思い、講演後、其の医師に、私の苦しさを話すチャンスがありました。おそらく5分無かったと思いますが、私の苦しさを始めて、受け取ってもらえた、感じがありました。大学に入ったばかりの長男が、教授から、アスペルガーと言われたと、聞いた時、受け付けられませんでした。長男の生き難さと、彼は、取り組んでいるようです。何年も留年してます。
その長男と次男から、何度も、夫に、通じようとしても、無理!と、言われて来ましたが、これまた、受け付けられませんでした。いつも、自分が、いけない、私の夫への、愛の足りなさから、この葛藤に、陥ると思って来ました。
毎日、チャレンジしては、ダメの繰り返しの中で、疲弊は、深くなるばかりでした。
私は、カウンセリングも、受けましたが、母の話は、受け付けるのに、夫に関する苦しさは、拒否、聞いてもらえませんでした。10年、受けましたが、有り難かった面もありますが、もう少し、2〜3年で、止めたかった。カウンセラーへの依存の、代償は、大きかったです。掃除しない、洗濯しない、ご飯作らない暮らしの中で、子供たちの成長に、いいわけありませんでした。
しかし、其の医師との5分ほどの出会いは、私の苦しさが、妥当なものであった事を、悲しさも、寂しさも、勿論私の境界性を、考慮に入れても、仕方の無かった事が、明らかになりました。それでも、なんか月かは、夫が、アスペルガーかも知れない事を迷いました。今もまだ、迷っているかもしれません。
ひとつ、変わりました。
夫と、通じ合いたい、感性レベルでの交流がしたい、分かち合いたいという、あの命の底からの叫びを、向けなくなった事です。
それは、無意味、不毛な事を、この27年が、示しています。
寂しさや、悲しさが、終わったわけでは、ありません。
そうやって、自分の人生と向かい合うほかないと思っています。夫は限りなく、優しいひとです。でも、私の位置で、通じ合う事は、できなくて、可能なのは、夫を認めるという事です。深い孤独に、立つほかありません。

こあらさんへ

ご主人のことがすごく好きなんですね。そんなに1人のひとのことをずっと考えてるなんて。ほかの人じゃダメですか?なんだかとっても苦しそう……。
ただ誰でも孤独なもんだと思います。だから、ちょっとでも分かち合えたら嬉しいんでしょうけど。ご主人じゃなく友達じゃダメですか?
愛は、完璧な愛は誰ももってません。人を完璧に理解することもできません。みんな孤独です。
外へ出かけてみませんか?家族ばかりでなく、もっと広い世界に目をむけてみませんか?こあらさんが、自分自身を幸せにしてください。息子さんたちが頑張ってるように。こあらさんが救えるのは自分だけですし、こあらさんを救える人も他にはいないのです。

こんにちは、大橋さん。
お久しぶりです。
私の自宅も、散らかってますよ・・・大橋さんらしさが出ている写真でいいと思います。

私も、うつになって会社員を辞めて・・・色々アルバイトなどを経験して、またそこでうつから「発達障害」の診断を受けるまで、上司を復讐しようと思ってましたね。

でも、根はとても優しい上司なのですよ・・・「ハートをつなごう」で「発達障害の当事者」として、テレビデビューをするときに、すごいねぇとか、私が出るときには、よかったら観て下さいねと言ってから、放送後にはしっかり感想のメールをいただいたりして、うれしい限りで「私、あらゆる障害」を認めよう、理解してくれようとしてくれる上司で、復讐をしようということはなくなり、いい出会いがあってよかったな。あと「ハートをつなごう」の視聴者になってくれてうれしいな、と思っているのです。

これから、うまくハッピーに生きれるように、就労をうまく生かせたいなと思っております・・・日本の国に風をちょいと起こしたいなと思っています。

大橋さん、いつも収録のときはかわいがっていただいてありがとうございます。
これからも、よろしくおねがいします。

ぷよっとままさんへ。
>誰かを支えられる人になりたいな~。
素晴らしい目標ですね、ぷよっとままさんならできそうな感じでございますよ。ハートネットボイスへご協力ありがとうございます。

トモミさんへ。
>でもそこから将来を決めたあなたはすごいし
えらいと思います
そんな人を肯定できるトモミさんも、素敵な人だと思います。すごいですし、えらいと思います。トモミさんらしく、人生を歩んでくださいね。

こあらさんへ。
>自分の人生と向かい合うほかないと思っています。夫は限りなく、優しいひとです。
ご主人さんのことがとても大好きなのですね、うらやましいですよ・・・私もパートナーがほしいです。
近くのスーパー、カフェ、八百屋にでも出かけてみてください。接客だったり、話しかけてくる人だったり、色々な人がいます・・・一言コアラさんが、言葉を返すだけでものすごく自分自身が幸せになると思います。
だまされたと思って、ためしにいかがですかね・・・よかったら。
楽しく、面白く、こあらさんらしく生きてくださいね。

こあらさんの、始めに目指していた夫婦観て、私も若い頃に想像していたものと同じですね。
心から、感性から分かり合わないといけない、とか。
私の十代の頃はバブル真っ最中で、世の中の恋愛とか夫婦の価値観がメタメタでした。一方、「本当の愛」とは何かを雑誌の特集や、偉い作家の本が出していたので、無知で若かった私は黙々と読み続けました。世の中の間違った流れに流され続けてはいけない、私は結婚はしないかもしれないけれど、本物の絆を見極められる、作り上げられる力を手に入れないとならないのだ!とか、そんなことを思いこみつづけました。
二十代、ハートネットで扱う多くのかたがするような苦労を味わって、自分の発達障碍を発見。
現在は、独り。住まいも、心も、独り。

世の中に流されても、踏みとどまっても、間違いだったという結論しかありませんでした。
発達障碍の生き方は、誰の後ろにもついて歩けないんですものね。
自分の前に人がいない、お手本に出来る先輩がいない、本当の私を分かった上で「一人じゃないよ」とは誰にも言ってくれない。
そしたら、ハートネットには申し訳ないですが、人と繋がるのが嫌になってしまいました。
あらゆる人が、最後は私を放置するしかなかった。

私はもう無理ですが、これからの時代は、安心するまで人と分かり合うことを諦めあう時代になったとして、どうやって健康的な結婚観、恋愛観を世の中の若者に育てていくんでしょうね。これはマスコミが多くを担っている仕事ですよ。

最後に、このコメント欄、文字数が出てすごく書きやすいですね。そこは良かった。

岸さんへ

暑い日が続きますが、お元気ですか?
ハートネットボイスが大好きでよく投稿しておりますが、時々自分の書いたメッセージを読んで、落ち込むことも多々あります。自分勝手なことを書いていて、全然相手のことを真剣に思って書いていない文を見ると取り消したいとよく思います。パソコンでパパッといきおいで書いて、その場で送信してしまい、次の日に読めば申し訳ないとしか言いようのないことを書いていて……。
今自分自身が調子がよいので、相手の痛みを十分に取り込むことなしに簡単に落ち込むなよという調子に文がなってしまいがちで、これじゃ、書かないほうがいいじゃんと思ったりもして。
しっかりまた勉強したいという思いが高まっていて、来年からは大学にいって、社会福祉の勉強をしようと準備を進めています。仕事と家事と育児と学生と欲張りすぎかもしれませんが、いろいろやってないと落ち着かないのが性分のようで。変化のない生活を送るのはムリなんです。
私にとっての幸せは感動のある日々です。今できることを精一杯やって、誰かを笑顔にすることが幸せだと思います。一生懸命頑張れば、何かみえてくるんじゃないかと思います。誰かの役に立てる人になりたいんです。
この文も後から読めば消したくなるかもしれませんが……。

私(現在小5)にも、早復讐したい教師が居ます。生徒の名誉を平気で傷付け、私を差別し私がいじめられているのを止めもせずヘラヘラ笑って見て人扱いすらしてくれないひどい教師なのですが誰に愚痴っても皆そいつの味方ばかりするのです。復讐の仕方が分かったような気がします。

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