
愛の連携プレー
僕が高校3年のときの話である。
高校に入っても、相変わらず数学はゼロ点行進だったのだが、
1、2年生のころは数学の先生が優しかったのか、何とか進級できていた。
しかし、3年の数学の担当は、県内でも有数の進学校から赴任してきた、
コワモテでいかにも研究者風の風貌をしたU先生。
授業での「俺は妥協しないぞ」との言葉通り、成績が悪ければ容赦はしない。
僕は、あっという間に追試の連続。学年末には、5度目の追試を迎えていた。
僕が通っていた学校は、追試は通常4度目まで。本来ならここで留年が決定なのだが、特別に5回目の追試をしてくれた。
でも、さっぱり分からない。そりゃそうだろう。僕は簡単な引き算も、九九もろくにできないのだ。高校生が習う高等数学など、理解できる訳もない。
U先生、たまりかねて追試の前日、僕に個人特訓をしてくれた。で、あまりに分からない僕に驚いたU先生は、「どこでつまづいたのかさかのぼろう」ということになったのだが、ついに引き算と九九までたどり着いた。
そのとき、U先生、「なんでここまで放っておいたのか。今までの学校教育はおかしい」と涙ぐんでしまった。「先生、俺みたいなのはまれだから、元気だせよ」と声をかけると、「うるせえ」の一言。
それで、追試当日である。僕は完全に敗北必至。答案には、名前が書いてあるだけ。問題の意味すら分からない。
「ああ、俺もついに留年か」。その日は、大学入試の5日前である。
「大学受ける前に高校も卒業できないのね」とあきらめかけたその瞬間、試験官で、学級副担任でもあったY先生が、突然教室を退出した。
「トイレかな」と思っていると、U先生が突然教室に黙って入ってきて、黒板に数式を書き始めた。驚いている僕に、U先生は振り向きながら静かな声で「書け」と言う。
よく分からないまま、その数式を書くと、U先生は「書いたか」と確認すると、その数式を消し、教室を黙って出て行った。
すると、Y先生が何事もなかったかのように戻ってきたのである。
「先生!今・・・」。Y先生は、「何も言うな」とポツリと言うと、サラリと答案用紙を持ち帰ったのである。
これで、僕は卒業できたのだ。
何だか犯罪の片棒を担いだような気がして、卒業してずっと黙っていたのだが、最近は講演でこの話をしてしまっている。
で、先日、講演先のある校長先生からこう言われた。
「あの話が一番泣けました。多分、先生たちは頑張っている大橋さんを卒業させるため、お2人だけではなく、皆さんでかなり話し合って、その連携プレーを実行したんですよ。愛情あふれる先生方だったのですね。成績の判断はテストの点数で判断する絶対評価だけでなく、本人の頑張りを含めた相対評価が必要なんです」
確かに、当時、僕は無謀とも言える大学挑戦を宣言して、入試に必要な国語、英語、社会の勉強に取り組んでいた。全体的な学力が遅れている僕に対して、先生方は個人指導を惜しまず、そのバックアップをしてくれていた。
担任は「夢をあきらめない君を応援したい」とまで言ってくれた。
その現れが、あの連携プレーだったのだろう。そう言えば、大学時代、教育実習でこの母校に帰ったとき、U先生が玄関で出迎えてくれた。
相変わらずコワモテで、第一声は「お前、九九できるようになったか」だったが。




私の息子は自閉症&知的障害がある。私は診断を受けてはいないが、自閉傾向があると思ってる。待つのが苦手で言葉を額面通りにとるので、よくトラブルになる。友達は多く、仕事も普通にこなしてる。困ってないなら、診断を受けることはないと言われるが困ってる。子供のころの私の状況からすると自閉症と診断はつくらしいが……。近くでアスペとしか思えないようなママ友がみんなに嫌われてるのを見るにつけ、大人の自閉症は理解されにくいと感じている。診断どこかでしてもらったほうがいいのかな~。
わかるよ、わかるよ、大橋さん。
私も同じような思いをしてきたからねぇ・・。
高校の数学はいつも崖っぷちでさ。
赤点のオンパレード。
追試に次ぐ、追試。
段々、人数は減って行って焦るんだよなあ。これが。
私の場合もやっぱり4回目とか5回目まで追試になるんだけど、最後、先生もね、問題を変えないんだよ(笑)
で、こっちももう必死になって、カンペンの裏にカンペ貼ってさ。
それ、見ながら答え書くのね。
問題、変わってないから答えわかるじゃん?
先生、そんな姿を見て見ぬフリしてくれてたんだよな~~。
ありがたかったねぇ・・・。
数学一教科のためだけに、留年なんて、ナンセンスなことはないわけで・・。
で、やっぱり親切な先生はいて、3学期、お尻に火がついたあたりで、毎日、昼休みに職員室でつきっきりで個別指導してくれてね。
助けられたなあ・・・。
高校は特別支援教育がなかなかだ・・という話をよく聞くけど、ある意味、こういうナチュラルサポートをしてくれる先生っていうのは、昔からいてくれたわけで・・・・LDなんて概念はまだない時代に、こういう支援をしてくれたことを思うと、特別支援って、やっぱり「特別」ってわけじゃないんだよな~と思うんだな。
その子の何が困難で、どこを配慮すればいいかを、障害の知識は無くても見抜く先生はいたんだものね。
知識も大事だけど、先生自身の経験と持てる力と人間性によるところも大きいよな~と、思ったりもして。
そう、そして、生徒にかける愛情。
愛の連携プレー・・・・まさにそれだねぇ・・。
こんにちは、大橋さん、笹森さん。
ご無沙汰しております。
本当にいい先生にめぐり合うといいですよね。
私も痛感しております・・・私自体が「発達障害」というものと「うつ病」ということで、担任の先生であったり、副担任であったり、友達であったりに、メールで相談したとき、高校へ相談をしに行ったときに、「きし君はまじめだからいいじゃないの・・・」これは、ほっとすることですね。
成績としては、よくなく普通よりも??だったのですが、周りの友達から恵まれて「生徒会長立候補」して推薦してくれたり、「情報処理競技会」に参加させてもらったり、周りの先生、友達に恵まれることすばらしいことです。
大橋さんも、笹森さんも、私も、ナチュラルサポートを受けられたのですね、いいことですよ。
ぷよっとままさん>
発達障がいの診断というよりも、「まず相談」を各都道府県にある発達障害センター、福岡県なら「あいあいセンター」に相談をしてみたらいかがでしょうか。
仮に、発達障がいであっても、個性は変わりません・・・そこを大事にしてくださいね。