
みんなちがって、みんないい。

僕が住んでいる山口県出身の詩人、金子みすゞの詩に、こんな作品がある。
私と小鳥と鈴と(出典;『金子みすゞ童謡全集』JULA出版局)
私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面(じべた)を速くは走れない。
私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄は知らないよ。
鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。
「みんなちがって、みんないい」。何て素晴らしいフレーズだろう。
人間は一人一人、顔も違えば性格も違う。
一人として同じ人はいない。
だけど、人は一人では生きていけない。
助け合い、支えあっていかなければ、生きてはいけない。
それは、家族でも、他人同士でも言えることだと思う。
だから、「違うこと」をお互いに受け入れたうえで、ともに生きることが大切なのだと思う。
大切なのは、「みんな違う」ことを認められるかどうかだ。
言い換えれば、自分と違う人が自分と同じ空間に存在していることを、決して嫌と思わず、その「違い」を受け入れられるかどうか、だと思う。
「違い」を受け入れ、認め合うには「優しさ」や、自分の中にある排他性を排除する「勇気」が必要だ。
そうした「優しさ」や「勇気」は、文学や芸術によって養われることはあるが、やっぱり根本は人と人とのふれあいによって、築かれていくものだと思う。
「違い」とは「個性」であり、どんな人にも、その人なりの個性、素晴らしいところがきっとある。以前、講演のとき、こんな質問がお母さんからあった。
「子どもがある特定のおもちゃに夢中で、その話しかしない。私もちょっと疲れてしまった。やめさせたいが、どうしたらよいか」
毎日朝から晩までそのおもちゃに夢中な子どもさんと接していたら、確かにお母さんも疲れるだろう。
でも、そのおもちゃは、世界中にファンクラブがあるほど有名なものだ。
そのお母さんが「どうして子どもがそんなに夢中になるのか。どこが面白いのか、どんなところに魅力があるのか」という視点で、「そんなに面白いなら、自分も一度遊んでみよう」と思い、実際にやってみれば、多少は楽になるのではないかな、と思う。
大好きなお母さんが自分と同じようにそのおもちゃに興味を持ってくれたら、きっとその子どもさんはうれしいだろう。
先日、尊敬する大学の先生から、こんな話を聞いた。
「子育ては、子どもの話を、ドキドキワクワクしながら聞くことが大切。そして自分もいろいろなことに興味を持って、ドキドキワクワクすること。そうすれば子どもはその話にドキドキワクワクするはず。お互いに響き合えば、親も子どもも感性が育つ」
なるほど、と思った。そう言えば、僕の父親は映画や漫画の話はさっぱり分からないけれど、ニコニコしながら夢中で話す僕の話を聞いてくれたものだ。
それで、父親が「そう言えば、俺は若いころ、京マチ子が大好きでなあ」などと話してくれると、僕もそんな話を興味深そうに聞いたものだ。
考えてみれば、自分の知らないことをたくさん知っている人が世の中にたくさんいる、ということはとっても素敵なことだ。
だって、それは自分が知らないことをたくさん知るチャンスがある、ということだ。
ドキドキワクワクする材料が無限にある、ということだ。
人との違いを受け入れる「優しさ」と「勇気」は、そのドキドキワクワクすることから始まるのかもしれない。
難しいけれど、僕もきょうから始めようと思う。
みすゞのように、「みんなちがって、みんないい」を実感できるように。
*金子みすゞの詩は、金子みすゞ著作保存会の了承を得て掲載しています。




大橋様
私はアスペ。娘達もアスペです。
娘に遺伝したのは自分のせいだと、落ち込んでいましたが
先日大橋さんを番組で拝見し、とても勇気づけられました。
大橋さんのお子様達は、大橋さんの障害が遺伝していますか?もし、そうだとしたら、どのような子育てをされていますか?よろしかったら教えてくださいませ。
こんにちは、みなさん。
「トリオザハート」のみなさん・・・そこをじわっと狙って、準レギュラー「トリオザハート・2代目」を勝手に考えながら、いろいろ面白い事を考えております、岸です。
初代目だけでは、終わらせません・・・2代目のメンバー思いつきました。思い付きです。
みんな違っていいと思いますよね。
お互いの長所なところを、お互いに補いながら楽しむ、すごく素晴らしことですよね。
たくさんのユニークな人から、私が知らない人からいろいろな情報を仕入れたり、また私が情報を発信したり出来ると思うのですね。
だから、個性派って素敵に思うわけです。
でも、真似をする事もいいと思いますね・・・一生懸命な人を目標にする事もいいですね。
100%は真似したい人に近づくのは、不可能かもしれませんが、70%ぐらいは出来ると思う。
あと30%ぐらいは、その人々ハートですかね。
いろいろな考えの人、個性派になりたい人、真似をしてみたい人、いますが・・・最後は、相手をつかむのは、ハート(気持ち)でございますね。
個々のハートを大切にしましょうね。
トリオザハートを狙いながら、ハートを大事にしたい・・・私より。
はじめまして。一昨日と昨日の放送を見ました。
見ていて私は余計に不安になりました。
皆様、ご自分の障害を把握してそれを克服するために一生懸命頑張っておられます。
息子は中2ですが、恐らく発達障害があると感じております。
ただし、目だって主な症状が出るのは家の中だけです。
しかし、自分の出来ないことの大半を私や周りのせいにして、うまく行かない事があると、自分は悪くない、周りが悪いという考えを持っていますので、いつ息子自身が自分のことに気付き、改善に向けて歩いて行くのかとても心配なのです。
受身ではいつまでたっても改善しないし、人のせいにしているうちは息子もしんどいと思います。
そして私も常々思っているのは遺伝のことです。
もちろん進学、就職、結婚と心配は尽きませんが、発達障害は遺伝というのをよく聞きますので、私?主人?両方?それを考えると苦しくなりますし、息子も子供を持たない方がいいのか・・・いやそんな事は息子が考えれば良い・・・とか色々考えてしまいます。
医師には人は皆発達障害の要素を持っている。レベルが3や4くらいなら、助けを借りなくてもいけるだけ・・・息子さんは恐らく9くらいのレベル。と言われましたので、そう考えるとどのレベルで出るか、頭で考えていても仕方がないのかな?
考える事は日々尽きません。
でも放送を見て、皆さんほんとに発達障害?うそ?こんなにしっかり、お話できるのに・・・と思いました。
見た目で分からないから余計に分かってもらえないという点も特徴なのかもしれませんね。
息子も見た目には可愛い普通の中学生です。
こんばんは
番組をいつも拝見させていただいています。
私には数学はできるが、文章題はまったくだめの発達障害の子供がいます。
他の教科も平均以上なので、教育現場ではまったく理解されません。
発達障害の療育キャンプに行っても、「ほんとですか?」とまるで信用されません。
この障害はあまりにも幅が広い事を、当事者の親も理解できていないことを、つくづく感じます。
この障害には、文系方もいれば、理系方?もいる。 皆違うけど、悩んでいる根本は同じです。私の所では、当事者の親同士が子供の障害の軽重での醜い差別もあり、なかなかまとまらないのが現実です。
当事者の親同士でもバラバラで悲しいことです。番組の効果で、一人一人皆違うことを、認め合える社会になることを、願うばかりです。
みんなちがって、みんないい。そう思います。私はときどき人からどう思われているのか気になることがあります。私のことが好きな人もいれば嫌いな人もいると思います。
人間には答えがないんですよね。私のことが好きな人は大切にしたいし、嫌いな人は嫌いで結構と割り切っています。
現在28歳無職のアスペルガー当事者です。
最近まで親ともうまくいかず、心から打ち解ける友達もいないためボクシングジムに通い始めました。しかし、そこでいままでいつもぶつかってきた同じ壁でぶつかっています。他人を心から受け入れられないことです。以前は他人に対してドキドキする気持ちもありましたが、今はどうせ仲良くなれても会話の段階で意味が通じなくなったり、言葉の理解がしにくくなったり、頭の中で言葉の表現ができなく、空白になってしまったりで、存在自体誤解が生まれてしまって相手が怖くなってしまうのです。それは、今までの自分の学生時代からのつけでもあります。自分が悪いのです。ほんとは、クラスでじっとしているのがずっと苦痛でした。また、ほんとの自分は、そんなにいい子ではなくて、お笑いタレントのような人をわらわかせたりギャグを言ったり、そしてほんとは人よりワンステップ説明が必要だったりと、劣等感がたくさんある存在でした。けれど、そんな自分を周りに見せたことはほとんどありません。人からどう思われるか笑われるのが怖い、そういう気持ちがいつもあります。いま、その反動から病気になってしまいましたが、今少しずつそんな学生時代を思い出してきつつあります。この大切な場面で自分を出していくにはやはり、書かれてあったように”勇気”や”やさしさ”が必要なんですね。なかなか難しいです。