
人は人によってしか癒されない

前回、「いじめ」に遭っても「死のう」と思わなかった理由の1つとして、好きな映画やマンガの続き、好きな作家や映画監督の次回作も知らずに死ぬのは絶対に嫌だったから、ということを書いた。
結局、人は人によってしか癒されない、と思う。「誰かのために生きる」ことはある。「誰かに愛されていると実感するからこそ、生きていると感じる」こともある。
でも、逆に、人は人によって傷つく。人の残虐な言動や行動が、取り返しのつかない心の傷になることだってある。
だからこそ、いい出会いをすることが大切だ。自分を傷つける人がたとえいても、それを上回る愛情を向けてくれる人がいれば、その人は頑張れる、と思う。その出会いを生むことができる家庭や学校、社会が本当に大切なのだろう。
だが、あのときは、人とのふれあいより、映画やマンガの方が大切だった。でもその映画やマンガが僕を救った。それってどうして?
それで、最近、改めて気づいたことが1つある。それは、映画や小説や音楽やマンガも、人が生み出すものだ、ということだ。
だから、映画や小説、音楽、マンガによって励まされ、「頑張るぞ!」「負けないぞ!」と思うことも、結局は人によって励まされ、癒されることになるのだ、と思う。
そう気づいたのは、僕が独立するきっかけのひとつになった、映画監督さんとの出会いだ。「半落ち」などで知られる、佐々部清監督を取材したことがきっかけで、僕は子どものころから夢だった「映画に携わる」ことを再び目指し始めた。
監督は僕が住む山口県の出身で、「チルソクの夏」など、山口を舞台にした映画も多い。数年前、佐々部監督の作品をはじめ、山口で撮影された映画を応援しようと、宣伝のお手伝いをするようになり、特に監督の人柄に惹かれ、本腰を入れて映画のことをやりたい、と会社をやめて自分で事務所を設立したのだ。
以来、地域限定ではあるが、映画に関する仕事もぼちぼちしている。もちろんこれだけでは食べられないので、地元CATVの番組制作や雑誌のライターなどをやっているが、こちらの仕事でも、作品紹介の記事を書いたり、俳優さんのインタビューができたりと、映画とリンクすることも多く、とっても楽しい。
この佐々部監督の作品で昨年公開された「出口のない海」は、第二次世界大戦末期の特攻兵器、人間魚雷「回天」を描いた戦争映画だ。実は「回天」の基地はかつて僕が住む地域に存在し、記念館や基地の跡地もある。僕は何度も取材に訪れては、その悲しくも残酷な歴史に触れ、感動し、様々な思いにかられた。
だからこそ、この映画だけはどうしてもお手伝いがしたくて、監督にはご迷惑だったと思うが、地元で協力した大勢のうちの1人として、ロケ地探しやエキストラの募集事務などをさせていただいた。
それで、現場で感動したことがある。それは佐々部監督の心意気だ。監督は「山口県の海から出撃した英霊の皆さんを撮るのに、関東の海では撮れない」と、山口の海での撮影にこだわった。
また「俳優たちがお芝居をするのに、ハリボテの回天では本物のリアクションが取れない」と、実際の「回天」と同じ、鉄製の複製を作ることにこだわった。
関東で撮れば、ハリボテで作れば、制作費も安く済むだろう。映像的には何の問題もないはずだ。それでも監督は「作り手の志は、必ずスクリーンに映る」と言われた。またこの監督さんはその「志」を大切にされ、デビュー作から一貫して家族の絆や人が人を信じる大切さをテーマに映画を作り続けている。
結局、僕が少年時代から触れて感動した映画やマンガ、音楽、小説には、きっとそんな作り手の「志」がいっぱい詰まっていたのだろう。だからこそ、どんなに現実が辛くても「死のう」と思わせなかったエネルギーがあったのだ、と思うようになった。
結局、人は人によってしか癒されないし、感動を受けない、と認識したし、そういった文化の大切さも改めて感じた。




我が家の長男はアスペルガー症候群です。息子も映画、マンガ、特撮が大好きです。障がいが分かるまで、いくつになったら小さい子どもが見るようなモノから卒業ができるのか、すごく悩んでいた時期がありました。大橋さんのご両親は素晴らしいですね!子どもを信じて、子どもの大好きなものに対して、応援できるなんて・・・。今でこそ、息子の大好きなモノを理解し、また一緒に楽しんだりしてますが。今、この時ばかりに気をとられ、息子の将来を見失うところでした。いろいろな可能性を持っているのですよね。遠回りしているようですが、実は、確実に前に進んでいる、確信が持てました。母である私自身が息子を育てていることに自信を無くして居たんだと思います。大橋さんに感謝です。