
愛情ある“無視”
ある日の午後。妻が、冬に向かって、リビングにカーペットを買いたい、という。
カタログを持ってきて「これがいいと思うのだけれど」「これはどうかしら」などと楽しそうに相談してくる。
いつもは4人の子育てに奔走している妻にとって、こんな瞬間は最も気が休まるひとときだろう。僕も、真剣に、カタログを見ながら自分の意見を言ったりする。
そして、そのカーペットが届いた。妻も僕もお気に入りで、デザインもよく、ふかふかで寝転ぶと心地よさそうだ。子どもたちが寝静まったら、横になって好きなDVDをゆっくり見ようと心に決めると、僕の心も弾んできた。
その日の夕方、賑やかないつもの夕食が始まった。我が家の食事は、いつも戦争状態となる。一番下の1歳10カ月の二女、宣子の食事の世話係は、僕だ。自分も食べながらなので、これがなかなか大変である。
そのとき、ふと横を見ると、長女の正美・4歳がいない。さっきまでそばにあった、マジックインキのセットもない。妻と顔を見合わせ、お互いに「もしや…」と思う。
早速、リビングに行くと、やっぱり…真新しいベージュ色のカーペットに、色とりどりのマジックインキで、絵がビッシリ描かれていた。真横で娘は「どう、きれいでしょ?」と言わんばかりにニコニコしている。
ここで、僕は完全に切れてしまった。滅多にないことだが、妻があれだけ気に入っているカーペットを汚された、というだけでプツン、となってしまった。
まず、何も言わずに娘の頭に平手打ちでパチン、続いてお尻にパチン。もちろん、どんなに切れる状態になっても、この10年で手加減する術は覚えているので、そんなにひどくはないが、娘にとっては十分「痛い」ものであったに違いない。
当然、娘は、泣く、叫ぶ。何事かと、家族みんながやってきた。子どもたちは「あーあ」と言い、妻も「ダメでしょ! 落書きしたら! これ、きょう買ったばかりなのよ」と泣く娘に言っている。
そこで僕は、そのカーペットをもう一度見てみる。よくよく見ると、カーペットにマッチした色使いと言い、きちんとした形と言い、4歳の子が描いたにしては、なかなかよくできた落書きだ。何も言わずに叩いてしまった、自分へのどうしようもなさで心がいっぱいになってきた。
少し落ち着いて、妻が「よく描いたね、とまず言ってから、優しく落書きしちゃだめなことを、ゆっくり言えばいいのにね。なかなかできないね」と言う。そうなのだ。どうしてそれができなかったのだろう。講演でいつも僕が言っているじゃないか。頭から否定されるほど、辛いものはないって。自分自身、それで子どものころ、どれだけ辛かったか。
そしてようやく泣きが治まった娘に、妻が「絵は紙に書こうね。お父さんに謝ろう」と優しく言うと、娘は僕に「パパ、ごめんなさい」と素直に謝る。僕は「何も言わずに叩いたのはパパが悪かった。ごめん」と言うと、娘を抱きしめた。娘に笑顔が戻り、僕も救われたような気がした。
長女は、4人の中で、1番僕に似ている。絵や歌、ダンスが大好きで活発だが、ちょっと落ち着きがない一方で、強いこだわりも示す。僕自身が彼女の最大の理解者にならないといけないのに、とっさの所で自分の思いとは別に、悪い部分が出てしまう。子育てもまた葛藤だが、これもまた自分と向き合いながら、やっていくしかない。
先日、あるシンポジウムで、専門家の方と一緒にお話をさせて頂いたとき、その方が「とくに発達障害の場合、子どもが問題行動を起こしたとき、頭からそれを感情的に否定したりせず、愛情ある“無視”をすることが大切で、その行動が収まった瞬間に、いいタイミングで温かい肯定的な言葉をかけてあげれば、その問題行動は減っていく」と言われ、なるほど、と思った。
実際に、その「愛情ある無視」を実行することは難しいのだが、長女と接する中で、愛情ある無視を夫婦で心がけていると、最近、娘の笑顔が以前にまして増えている、と気づいた。
そう言えば、僕が子どものころ、僕がどんな問題行動をしようと、父と母は僕を頭から否定しなかった。子育てをしながら、改めて父と母の偉大さに気づき、自分自身をもういちど振り返り、一歩でも近づこう、と思う。




大好きなパパに叱られた後、心細い思いをしたのかな…。
取り返しのつかないことをした後って、どうやったら、ばんかいできるか、子どもなりに、一生懸命、考えたりしますよね。
こんなことになるなんて、思いもしなかった…ごめんなさい…は、せいいっぱいの心の言葉だと思います。
私だったら、じゅうたんを落書きしたことより、優しいパパがいなくなってしまうことの方が、何十倍も悲しくて、泣いていたと思います。
パパのことが、大好きだから、パパが怒っていると、私まで不安になってしまう…私が子どもの頃って、そんな感じでした。
愛情ある無視は、取り返しのつかないことを、もう二度としないと、子どもたちを、成長させてくれるようですね。
何より、パパのことが大好きだからこそ、ですね。
ブルーシイさん、コメントありがとうございます。
そうなんですよね。子どもって、取り返しのつかない失敗をしたら、子どもなりに、色々考えるものなんですよね。
今回の場合、娘は落書きした直後は、「フワフワのカーペットに絵が描けた喜び」でいっぱいだったのです。
それを、僕が一方的に叱って、彼女は「とんでもないことをした」と認識が変わってしまった。
彼女の心に傷をつけることなく、今後はカーペットに落書きをしないよう、しっかり肯定したうえで心がけをさせればよかったと思います。
子どもは、親が考える以上に、気を使い、考えているものだな、と思います。
でも、僕の経験から考えると、フワフワのカーペットに絵を描けた経験を大事にしてあげたい、とも思うのです。
今度は落書き用のカーペットを買おうかな、とも思ってしまいました。
矛盾してますが、この矛盾も子育てには必要なものなのでしょうね。
「愛情ある無視」は難しいですがこれからも頑張ってやろうと思っています。
先日は、泣き叫ぶ娘と一緒に泣き叫んでみましたが、これが効果てきめんで、娘も僕も、すぐに「笑い」になりました。
こんなユニークな僕と娘を、温かく見つめてくれる、妻にも感謝、です。
こんにちは、大橋さん。
お疲れ様です。
なかなか、コメントできなくて、すみません。
わたくしにも、当てはまる部分を感じました。
手に出ないのですが、私はメール文章にて傷つけてしまう場合があります・・・実は最近なりました。(やってはいけない、きつい否定)
相手にどのような理由があったであれ、私が友達の心をぐさっと傷つけてしまいました。
なんて、自分の未熟さを感じてしまいました。
で、頭を冷やしてから・・・メールでこころこめて「謝りして・・・」適度に(1週間くらい)で、後はそれでも、応答がないのであとは、ゆっくり相手が心を開いてくれるのを、待つのみです。
そのときに、友達に「ありがとう、許してくれて」
いいたいと、思います。
(でも、今は待つのみ・・・連絡をです。相手を尊重し連絡しないでも、肯定をしようと思います。)
大橋さんの書き込みを観て、素晴らしい「愛情表現」をされているな、いいなと思います。
わたくしも、いつか友達と「笑顔になるために」待つのみです。
このような書き込みを読めて・・・自分の気持ちも落ち着き「だんだん」です。ありがとうございます。
これからも、よろしくお願いいたしますね。
寒くなりましたね、家族皆様体調には、お気を付けくださいね。
同じような状況が我が家にもありました。
落ち込んで落ち込んで
自分を責めていました。
でも、こちら読ませていただいて
すこしホッとしました。
私も子供も、うちの場合は主人がサポートしてくれていますので
ゆっくりと進んでいけばいいのかな?と
思うことが出来ました。
ありがとうございました。