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ハート ネット ピープル

いじめは誰も幸福にしない

「昔、いじめはなかった」
「昔のいじめは陰湿ではなかった」
「昔はいじめではなく、遊びの範囲だった」
という人がいるけど、ありゃあウソだね。

いじめにランクの差なんかないし、どのいじめも、このいじめも、全て陰湿だ。軽いからかいだって、立派ないじめだ。

そういう言い分は、全て、いじめたり、それを傍観している人の論理だと思う。いじめられている人の気持ちに立った考えではない。

多分、古代メソポタミア時代にも、いじめはあったと思う。「いじめ」がクローズアップされてなかった時代にも、絶対「いじめ」は存在した。

社会が発達し、「いじめ」が原因で起きた不幸な事件をマスコミが取り上げるようになって、たまたま社会的な問題になっただけだと思う。

以前にも書いたが、昭和40年代、50年代に小学生、中学生だった僕に対するいじめも、かなり陰湿でひどいものだった。

多分、当時の同級生に聞くと「あれがいじめ?」という人は絶対たくさんいるはずだ。
その苦しみや感覚は、いじめられた当事者でないと分からないだろう。

「いじめは、誰も幸福にしない」と思う。

数年前、小・中学校の同窓会があった。正直気が進まなかったが、思い切って参加した。参加すると、みんないいオヤジ、お母さんになっていて、楽しかった。話も弾んだ。

上機嫌になった僕は、二次会参加を決め、タクシーに乗り込んだ。乗ると女性2人が乗っていて、内心「ラッキー」と思った僕は、そこで意外な話をされた。

「大橋君、小学校のころ、ものすごくひどいいじめを受けていたよね。先生にも言えなかったし、何もできなかった。私たち、ずっと心配して、傍観していたことを後悔していたけど、きょう元気な大橋君を見て心の底から安心した。あのとき、黙って見ていて本当にごめんなさい」

こりゃあ、驚いた! 当時からもう30年近く経っているのに、
彼女たちは、僕がいじめられていることをずーっと覚えていて、
今も後悔していたのだ!

そうか、あのときは全く気づかなかったが
彼女たちも、やっぱり胸を痛めていたのだ!
30年近くも苦しんで、僕のことを心配していたのだ!

ああ、やっぱり「いじめは誰も幸福にしない」と痛感した。

いじめは、いじめた方も、いじめられた方も、それを見ている方も、
みんな不幸にしてしまう。

いじめた方だって、「残酷」な時期を過ぎれば、自分がやったことがどれだけ人に辛さを与えたか、目の前に突きつければ多少はその痛みが分かるだろう。

だから、「いじめ」がみんなの心に重いものを残す前に、何とかしなければ、と思う。

そして加害者、被害者、傍観者を含め、
不幸にも「いじめ」を経験してしまった子どもたちには、
それを乗り越える、勇気を持ってほしい。

当時は辛かったが、
「あのときいじめられたから、僕は人の痛みがわかるようになった」
と思えるようになったのは、あのあと、両親やいい先生、友人たちに認められ、
心からの「励まし」に恵まれて成長できたからだと思う。

コメント

僕は秋田にすむ女性です。僕はみんなより発達が遅れていました。苦しくてたまらなくて今でもイジメられたときのトラウマが心の傷深くのこっています。そのせいで今かよっているフリースクールでも人間関係がうまくいかなくていつもプログラム(授業)は途中で放棄してしまいます。今日も午前中だけで帰ってきました。頭もよくないし人とどう話したらいいのかわからない。来年の4月には自立館(寮)にとまって上手に人と付き合っていけたらとおもいます。正直、家族は僕の苦しみや痛みをほじくりかえすようなことしかいいません。前むこうなっていってくれればそれだけでよかったのにお前はダメだお前はダメだ。あれもダメ、これもダメ。そんなんじゃ家出したくなります。イジメさえなければこんなふうにはならなかったのにといつもおもっています。イジメさえなければ普通の学生として受験勉強もできたし高校でもきっと色んな友達ができたはずなのに。僕は中学卒業までイジメの事実をいえませんでした。逃げたくてもお前はなまけてるって学校を休ませてもらえませんでした。逃げ場がなかったんです。ただひたすらたえるしかなかったんです。

エブリワンさん、せっかく勇気あるコメントをいただいたのに、8ヶ月も返信をしないでごめんなさい。本当に申し訳ないと思っています。

エブリワンさんの心の叫びに、どう応えたらいいのだろう、とずっと思っていました。4月からは寮で頑張っていらっしゃるのでしょうか?

「逃げ場がない」その苦しみに、今もどう答えればいいのか正直、分かりません。でも、エブリワンさんには、辛さに負けず、居心地のいい場所を見つけて、そこで人の優しさや愛情をいっぱい感じてほしい、と心から願います。

僕も、割と最近までトラウマに苦しんでいました。後ろに人が近づくと、いじめられていたときの恐怖が蘇って、今でも反射的にビクッとなるのです。数年前、自分の子供でも後ろに来るだけで恐怖感でいっぱいになった自分に、愕然となったことがありました。

僕は、理解のある両親のお陰で、何とか自分の個性を生かして生活できるようにはなりましたし、高校時代からは友達もできて明るくなりましたが、「いじめ」のときに感じた恐怖は大人になっても続いていました。

僕なんかに比べれば、家庭でも逃げ場がなかったエブリワンさんは、本当につらかったことでしょう。今まで本当によく耐えて、頑張られたと思います。そういう状態が続いたのに、こうしてネットで気持ちを発信されるのは、勇気もいったでしょうし、すごいことだと思います。

僕が、後ろに人が近づいてもビクッとなる様が、ちょっとですが少なくなったのは、ごく最近のことで、妻や子供たちからの愛情を、心の底から感じるようになってからです。

人の心を癒してくれる存在は、人の心しかないんだな、とつくづく思いました。文面から拝するに、エブリワンさんはきっと心の優しい方なんだな、と思います。

いい出会いがあることを、心よりお祈りします。エブリワンさん、幸せになりましょう!そうじゃないと、いじめたヤツラばかりいい思いして、世の中不公平です!!

お返事になってないかもしれません。すみません。

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