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ハート ネット ピープル

受け入れながら、生きていく

[写真] 私は筋ジストロフィーの進行に合わせて、杖、車椅子、電動車椅子と使い分けています。その時の自分の身体に対応した『道具』を選んでいます。。
[写真] 私は筋ジストロフィーの進行に合わせて、杖、車椅子、電動車椅子と使い分けています。その時の自分の身体に対応した『道具』を選んでいます。

こんにちは。今月担当の野上 奈津です。

最近、つくづくと思うことがある。
私たちの病気は「受け入れなければならない」ということ。
もちろん、どんな病気であっても「受け入れざるを得ない」のだけれど、筋ジストロフィー(筋疾患)の場合は、病が「進行性」であるということ。
そして、「難病」であって、治療の方法が未だ見つからないこと。

この「進行性」の三文字は、私たちを落ち込ませ、気分を暗くしたり、ときには生きる気力をなくさせたりする。

「いつまで、自分の足で歩くことが出来るの?」
「いつまで、手動式の車椅子でいられるの?」
「いつまで、この身体は動くの?」

「いつまで」

この「いつまで」は、誰にも分からない。
だって「難病」なんだもの。今の日本では、誰にも治療することが出来ない。筋ジストロフィーを専門に診ている、日本で一番と言われている国立の病院の優秀な医師たちにさえ。

まだ筋ジストロフィーを発症して間もない頃。私は訪れる病院の医師たちに同じ質問を何度も投げかけた。
「私は将来、寝たきりになりますか?」
この言葉を口にするとき、本当は心臓がドキドキして…息が止まりそうで…医師の口から出る言葉が恐くて仕方なかった。
けれど、いつも同じ。決まった台詞が医師から告げられる。

「さあ。神様にしか分からないんだよね。後は、自分の身体に相談してみて。無理はしないようにね」

この台詞を耳にする度に、絶望的な気分になる。
神様にしか分からない病気?
厄介な病気になったものだと溜め息が出る。けれど、はっきりとした数字を突き付けられて「期限」を宣告されるよりいいのかもしれない。
神様にしか分からないのなら。自分で期限を決めればいい。そうじゃなければ、期限は永久に考えないことにしてもいい。

だけれどね。
はじめにも書いたように、つくづくと思うのだ。

「進行していく病気と、うまく付き合っていこう」
「何か、手段はある。そして、この病気を受け入れていかなくちゃ」

そう思えるようになったのは、「com-pass 女性筋疾患患者の会」を立ち上げてから。立ち上げたときには、こんなふうに自分が「私の身体」に対応していかれるようになるなんて思わなかった。
頭のどこかで、いつも「いつまで」があったから。

私が胸に置いている言葉。

「人生で無駄なことは一つもないのよ」

これは、私の友だちの言葉。

実感する。
「com-pass 女性筋疾患患者の会」の皆と出会い、そして今、つくづくと感じる。

私が特発性血小板減少性紫斑病(血小板の値が異常に下がり、出血が止まらなくなる難病)と子宮ガンを同時に発症したとき、私の入院している病院のベッドの横で彼女は言った。

子宮ガン。
38歳。独身。これから一生を独りで生きていくと信じていた。
ステージは「1B more than」と言われたけれど、それもお腹を開けてみなければ分からない。
「今なら間に合う」と医師は言ったけれど。

でも。
特発性血小板減少性紫斑病という厄介な病気のために、本当なら急がなければならない「ガンの手術」をすることが出来なかった。
身体のなかで、どんどん育っていくガン細胞。

まだある。
決定的な重大事項だ。
筋ジストロフィーの患者に、全身麻酔は危険なのだ。筋肉を弛緩させるため。
「全身麻酔を使う手術は、君のこれからの人生で、これを最後にしたい」…そう主治医は言った。
たくさんのこと、色々なことを覚悟しなければならない。

手術が恐くて恐くて。
ガンを告知されたその日から、手術の当日まで。私は寝ている時以外、「ガン」のことしか考えられなくなった。TVに視線を送ってはいるけれど、本当はその画面が何を映しているのかも、ぼんやりとしか分からなかった。

不安で不安で。
入院から手術までの二ヶ月間、頭がおかしくなると思った。
見舞い客が間をおかずに来てくれることが有難い。私は面会時間の間じゅう、ひたすらに喋り続けた。
黙ってしまったら、私の頭の中は途端に「ガン」への恐怖で占められてしまうから。

今ではもう、主治医から「完治」と言われているけれど。
あの時のことを、ふと思い出す。

38歳の3月12日。
私が、想像もしなかった3ヶ月間にも及ぶ入院生活と大手術の…始まりの日。

私には「筋ジストロフィー」で充分なのに。精一杯なのに。二つ目の「特発性血小板減少性紫斑病」という難病にまでかかるなんて。「治療の方法がない」という共通点も一緒。
そして、命を奪うかもしれないガンだなんて。
今、起きている悲惨な事態に笑ってしまったこともある。だって、笑うしかないもの。泣いてなんていたら、キリがないもの。

そんなとき。

「人生で無駄なことは一つもないのよ」

お嬢さん育ちの彼女が、言った言葉。
東京に出てきてから経験した色々なこと。
嬉しいこと、楽しいことばかりではなくて。
死んでしまいたいほど辛いだろうと…彼女の相談ごとに胸を痛めたことも幾度もある。
けれど、彼女は強かった。

辛いことは「辛いこと」として受け止めて、落ち込む時には「落ち込んで」。
全部、彼女は受け入れてきた。

あれから10年近くが過ぎて…。

彼女は今、とても幸せ。
結局は、自分が思い描いた通りの人生を手に入れた。

だから。
彼女の言葉には説得力がある。

そして。
あの時の私があるから、今がある。

進行性の病気で、心が揺れて…絶望して…生きる方法が分からなくなったとしても。
今は辛くても。心が折れてしまっても。

経験は活きる。必ず。

私のガンは、特発性血小板減少性紫斑病が教えてくれた。この病気になっていなければ、私は10年前に、この世から居なくなっていた。
子宮ガンになっていなければ、今の夫と出会うことは決してなかった。

長い人生。
今、私は大切な「皆」に向けて、この言葉を贈りたい。

「人生で無駄なことは一つもないのよ」

そう思える日が、いつか。
きっと来るから。

自分の身体を受け入れて生きていこう。
自分の身体を愛してあげよう。

-終わり-

コメント

よかったです。

励まされました。私も頑張ります。

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