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ハート ネット ピープル

装具初心者から...車椅子までの道

[写真] 「コンテナ」。今回の父娘旅行でも、やっぱり飛行機の乗り降りは、コンテナでした。車椅子ごと、昇降機のようなもので運ばれ…無事にコンテナ内部へ。私はカメラマン。父は初めてのコンテナに、興味津々です。
[写真] 「コンテナ」。今回の父娘旅行でも、やっぱり飛行機の乗り降りは、コンテナでした。車椅子ごと、昇降機のようなもので運ばれ…無事にコンテナ内部へ。私はカメラマン。父は初めてのコンテナに、興味津々です。

こんにちは。野上 奈津です。
11月に 「装具初心者」 の記事を <続く> としたにも関わらず、まる2ヶ月間、間が空いてしまいました。
12月の 「ハートネットピープル」 で 「続き」 を書きたかったのです。
けれど、父と二人、モルディブに旅に出た先で、帰国予定日の前日に父が入院してしまい、ようやく日本に帰ってきたのが昨年の12月28日でした。

「原稿が書けない!原稿を送ることが出来ない!」
私がとっても大事に思っている 「場所」 (「ハートネットピープル」) なのに。
その間、会の共同主宰者、西岡奈緒子ちゃんが1月に素敵な文章を書いてくれました。
私の勝手な都合で沢山の人にご迷惑をお掛けしました。申し訳ない気持ちと、有難く深く感謝する気持ちの両方で…胸の溢れる思いでいます。

「装具初心者」…続きです。
※  因みに、ここでいう「装具」とは「足首を固定するプラスチック製の 「補助具」 とも呼ばれるものです。

筋ジストロフィー人生においての 「第一関門」 である 「杖」。

ここで言う 「関門」 とは、足首に装着した 「装具」 のせいで、お洒落の自由を奪われる…。
障害者としての意識を改めて持つ。いや、持たざるを得ない。
「装具」 であれば、洋服で隠すことは可能なのだけど、「杖」 はそうはいかない。目立つもの。

ただ、それだけの…思い込みとも言える理由で…私が杖をつき始めたのは、発症から30年近くも経っていたのだ。
「だって、歩けるもの」
私の場合、「歩く」 という作業は、一般の人の歩行の三倍の時間がかかる。ちょっとよそ見をして歩いていると、途端に力の入らないつま先がコンクリートの隙間にはさまって、大きく前にバタンと転ぶ。
子供の頃はよく転んだものだけれど、大人になってからの…「転ぶ」 という衝撃は、身体よりも心に大きなショックを与えるのだ。
平らな道で。極上の、ふかふかの絨毯の上で。突然、転ぶ。

それでも。
「だって、歩けるもの」
私は、頑なにそう言い張った。主治医に対しても、周りの人のアドバイスに対しても。

今、思うと。あの抵抗は…「何」 に対しての抵抗だったのだろう。
私の年齢…40代の半ばあたりで杖をついて歩くことが、みじめに思えた。
「あの人、足が悪いんだ」
私とすれ違う人たちは、皆、そんな同情と好奇の目で私を見ているという妄想にかられる。事実、私をわざわざ追い越して、私の足に視線を送る人がいる。けれど、その事実が気になるのは…見栄。自分を格好良く見せたい見栄のせい。
誰に対して?
自分に対して。

けれど、そんな見栄は通用しないと、それほどの時間を置かずに分かってくる。

[写真] 「コテージ」。海の中では、足が悪くても自由自在!浮力で楽々移動出来ます。今回、生活全てが「海の中」であれば良いのに…と思いました。水の中では決して転ぶことはないんですもの。この浮遊感がたまりません。
[写真] 「コテージ」。海の中では、足が悪くても自由自在!浮力で楽々移動出来ます。今回、生活全てが 「海の中」 であれば良いのに…と思いました。水の中では決して転ぶことはないんですもの。この浮遊感がたまりません。

私は身長が高い。決して華奢な体型ではないから。「とても健康そうな人」 という印象を人に与える。
杖をついて電車に乗る。椅子に座ってしまうと、降車駅でドアまでたどり着くことは出来ない。なので、降りる駅のホーム側のドアにペタリと張り付いて、その位置を確保する。電車を降りる人、乗る人たちの凄まじいパワー。いっせいに、一つのドアを目指す人たちの力には叶わない。
狭い車内でうごめく人間の渦を見ながら、思った。
物理的に無理なのだ。限界なのだ。自分の足で、自分を支えることが。

ある日、友達とラッシュ時の私鉄に乗った。
「ねね、電車が駅に着いた時さ、恐いからドアに張り付いていよう!」
「大丈夫だよぉ。本当に奈津は心配性だなぁ。私を信じて! ちゃんと降りられるから!」
あれほど自信に満ちた彼女の言葉を信じた私。二人は車内の真ん中にいた。つり革につかまることが出来ないほど、混んでいた。私は彼女に必死にしがみ付いていた。
その後。電車がホームに着いてから、降りる支度を始めた私たちは、ドアが開いた瞬間、くるくると人の渦の中で踊るように回っていた。
やっとの思いで、人をかきわけて電車を降りる。
「だから言ったでしょう。足首に力が入らないんだから、無理なのよ」
「そうかぁ。奈津の足は、私が思っているよりも力がないんだね…」

そう。それは、私たちには物理的に難しいこと。自分の足で地面に立つ力がないのだもの。
仕方ないよ。
この 「仕方ないよ」 まで、どれだけの時間を費やしたろう。随分とかかった。
今では 「必需品」 となった杖。どこかに、置き忘れるなんてことはあり得ない。だって、私のもう一本の足だもの。
恥ずかしいとも思わなくなった。だって、私のもう一本の、とても大切な足だもの。

それでもまだ、車椅子にたどり着くまでは大変だった。
それも見栄。

けれどね。見栄なんてどうでもいい。
転ばないでいることが、一番大事。

「進行性筋ジストロフィー」 の患者たち。
私たちは、「歩くために必要な道具」 を探さなければならない。今ある、身体の筋肉を維持していくために。

「com-pass 女性筋疾患患者の会」 の皆の知恵。
生きていくために必要な知恵。

私に 「見栄」 なんかがなかったら…。
とっくに 「身体をいたわる方法」 を見つけていたかもしれないな。

格好悪くなんかない。
格好悪くたっていい。

だって、なければ生きていかれない 「私たちの足」 だもの。
いつも、「もう一本の足」 をピカピカに磨いて、いたわってあげなくちゃ。

コメント

そうそう!! そうなのよ・・・ と 何度も頷きながら読ませて頂きました。

私も 杖をつくことに対して 自分自身で 相当ハードルを高くしてしまっていたなぁ と 今になれば 思えます。
杖の必要性を感じたのは 30代でしたから なかなか すんなりとは 行きませんでした。
購入するまでに2年ほど・・・使い始めるのに1ヵ月余りかかりました。
使ってみると 本当に楽なのに まだまだ 常時使用するには 抵抗があって 回りの目ばかり気にしていました。

最近になって そうこう言っていられない状態がになり やっと踏ん切りがついた次第です。

次の段階として 今 車いすの使用で また 奮闘中です。全く 学習能力のない 私・・・

もっと ちゃん 体をいたわってあげなければいけませんね!!

私は、自分を自由にするために道具を選び使ってきたから
なっちゃんのように葛藤する事も無く
着々と道具を手に入れ、使いたい放題使ってきました

こうやって歩けなくなってしまった今日まで
道具と仲良くそして依存しながら過ごせていることは
私にとってラッキーだったかもしれないなぁって思います

いろんな人の話を聞くと、
杖デビュー、車椅子デビューという言葉が有るぐらい
大変な思いに時間を費やし受け入れていらっしゃると気づかされる
私が、どれほど図太いのか思い知らされる場面でもあるけど(笑)

筋疾患のような病気になると
杖、車椅子と順序経て道具を自分の体の一部にしながら
生活をしてゆくことになるけれど
なんらかの理由で、躊躇している方には
道具を使って、自由を手に入れて!!と言いたいなぁ
きっと、今のなっちゃんは
皆に、そう言えるんじゃないかなぁ・・(笑)

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