
押切もえ ホノルルマラソンでの伴走ランナー体験
伴走を知っていますか。目の見えない人のランナー(ブラインド・ランナー)とともに走ることを言います。ホノルルマラソンで伴走を経験したことのあるモデルの押切もえさんに話を聞いてみました。
(映像提供=TBS)
――伴走というのははじめて聞いたのですが、出会ったのはどういう経緯からですか?
2003年にはじめてホノルルマラソンに挑戦をして、その時に伴走している方を見かけたんです。車いすで走るランナーの方もいらっしゃったり、ホノルルマラソンではいろんな方が参加するんですけど、そういう光景を見てマラソンを通してこういうことができるんだと思ったのがきっかけです。それで次の年にアキレス・トラック・クラブJAPAN(※)という、障害をもつランナーを支援する団体に連絡を取ったのです。
――フルマラソンをただ走るだけでも大変ではないかと思うのですが、他人をサポートしながら走ることに興味を持った理由は?
初めて出場した年は、走っている間ずっと、コーチに励まされ続けたんです。そのおかげで乗り越えられたという思いが強かったですし、だからこそゴールの瞬間の喜びが忘れられなかった。「誰かと一緒に走る」ことで与えてもらうものの大きさを知ったからこそ、自分も誰かを励ますことができたらどんなに素敵だろうと思ったんです。
――もともとマラソンはされていたんですか?
いえ、ホノルルに参加するまで未経験でした。ですから私自身マラソン初心者なのに、伴走が果たしてできるのかという不安もありました。しかし、むしろ練習しはじめた当初は、相手のブラインドランナーの方がリードしてくれて、「楽しい」と感じることができ、この人となら一緒にできるんじゃないかと思えたんです。
――古川雅代さんというブラインドランナーの方と走られたんですよね?
はい。マッピーちゃん(古川さんのこと)とは、年も近かったし最初から打ち解けることができたのでやりやすかったです。会えばやっぱり女の子同士、いきなりガールズトークで盛り上がって。
――走るときにはどのようにコミュニケーションを取るのですか。
「絆」と呼ばれるロープを一緒に持って走るんですけど、強めに握って、「ちゃんとここにいるよ」というのを伝えあうんです。絆は2人にとっては体の一部というか、そこには温度がありますね。あとは、彼女が見えていない分、声を掛け合ったり、肌で触れ合うことを大切にしようと心がけました。
――本番ではどんなことを意識しましたか。
とにかく楽しく走ろうと。マッピーちゃんにとってはじめての海外、はじめてのホノルルマラソンでしたから、私が前の年に走ったときに気持ちいいと感じたこと、気が紛れたことをできるだけ伝えてあげたいと思いました。これが海の音だよとか、今右側に砂浜が広がっているよとか、みんなが応援してるよとか。
――42.195キロを、相手のことを考えながら走るのは、大変ではなかったですか。
最初にホノルルマラソンに参加した年は、辛すぎて泣きそうでした。特に最後のダイヤモンドヘッドの登りとか。でも、翌年は、伴走の立場になって、「がんばって」とずっと人に言っていると辛さも忘れられて、すごく不思議だなと思いました。逆に相手の喜びが何倍も嬉しく感じられた。2年目、伴走した時の方が全然辛くなかったです。むしろゴールしたときは、こんなに幸せなことがあるのかなと。
――マッピーさんとは、マラソン以外でも付き合いがありましたか?
一緒にご飯に行ったり、メールをしたり。メールは今でもよくしていますよ。マラソンの翌年、私が大怪我した時にも、マッピーちゃんはメールをくれました。最近は一緒に走ってはいませんが、顔を出すだけでもと思って、つい何週間か前にも会ってきたところです。
――伴走を体験して、今の感想を教えてください。
伴走を本格的にやられている方からすれば、私などは少し体験させてもらった程度です。それでもこの経験に「出会えてよかった」と思うんです。以前はファッションモデルというだけだと人の役に立っているのか分からなくなったりすることがありました。もらっているものの方が多いんじゃないかと。だから、自分にできることは? 普段からそういう気持ちでいられたらと思っています。
(※)アキレス・トラック・クラブJAPAN
アキレス・トラック・クラブ(ATC)は障がい者が一般市民とともにランニングをすることを援助するために、ニューヨークで1983年に設立。以来、全米に40の支部を持ち、世界52ヶ国に120以上の支部を持つ。ATC日本支部は1995年に旗揚げした。
アキレス・トラック・クラブJAPANのホームページ(別ウィンドウ)※クリックするとNHKのサイトを離れます。
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