
団塊世代という生き方、その後
「自分たちのこれからの生き方について議論しあおう!」。自らも団塊世代、町永キャスターが引き続き熱く語ります。みなさんからのコメントお待ちしています!
ETVワイドで「団塊が日本を変える!?」を放送して以来、たくさんの反響をいただいた。
「スッゴク盛り上がってますよおお」。担当ディレクターのひとり、ノグチくんが言ってきた。「あの世代、議論好きなんですねえ」
「キミたち世代が、議論してないんじゃないか」。団塊世代としては、ここで若い世代にチクリと反撃したりして。
そも、人生を熱く議論するなんて結構ステキではないか。 実際、自分たちのこれからの生き方と社会を大まじめに議論し、実践するグループや個人があちこちに生まれているんだからね。
これまで団塊世代というのは、急速な高齢化の中で医療や福祉の財源を圧迫し、若い世代に負担をしわ寄せする元凶、といった構図で語られることが多かった。
確かに支える側と支えられる側とのバランスを数だけで考えれば、社会不安にもつながる。しかし、この世代、自分たちの老後は自分たちで設計したいという行動力と発想を持っている。となると、まさに一方が一方を支えるという関係を組み直し、文字通り「共に支える社会」の扉を開くことにもなるのだよ。エヘン。
とはいうものの、もちろんそんなバラ色の未来がすぐにやってくるわけもない。だからこそ議論しているのだ。話し合っているのだ。どの世代にとっても自分たちの未来は所与のものとして天から降ってくるのではない。切り拓き、闘い、獲得するのだ。起て!万国の労働者!
イヤイヤ、ひとりで盛り上がってしまった。
そうそう、もうひとつ、番組で見えてきたことがある。それは団塊の世代とひとくくりにされても渦中の人は何より自己主張の世代でもある。だから、議論、実践の幅は誠に多様だ。
「社会に貢献すべし」「自分ひとり、誰かの負担にならず自立することこそ社会貢献ではないか」。 こんな議論も印象に残った。なるほどねえ。ゲストの漫画家、蛭子さんは、例の口調で「好きなギャンブル、ずーっとやっていきたいですねえー」。いいねえ。私はどれかなあ。
ある夕、意を決して家族の前で宣言した。
「息子たちよ。父の老後は子供の世話にはならないであろう。これが父の社会貢献である」
「さすがお父さん、カッコいい」「オヤジ、無理すんなよ。孝行するから」という声が拍手と共に起こるはずだった。が、シーン、無関心である。「デ?」という表情だ。
私の奥さんが言った。「アナタ。子供たち、はなから私たちの老後の世話しようなんて気はないのよ」
くそっ、グレてやる。




町永さん、ホント楽しい!「グレテやる!」って昔よく言いましたよね。町永さんて、どんな人なんだろう?家庭では?家庭はどんな家庭なんだろう?普通のありふれた普通の家庭の風景が浮かぶんですが…私は50を迎えた頃から定年後の自分を考えるようになりました。それまでは、突っ走って生きている自分しか考えられませんでした。だから町永さんのような同じ世代で楽しそうな人がいると、うれしくなります。私たちの世代っていつも難しい顔して難関突破しなきゃいけないって顔した人が多いように感じていましたから。町永さんのコメントを読むたびに一人で笑ってしまいます。ではでは。