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ハート ネット ピープル

団塊世代の実感を語り合おう。

[写真] 愛犬のマロンと。

「ETVワイド 団塊が日本を変える!?」の町永俊雄キャスターが「ハートネットピープル」に登場です。みずからも団塊世代、来年の還暦を間近にして思う、その心境を月イチ連載で語ります。団塊の皆さん、一緒に語り合いませんか? コメントお待ちしています! 

何を隠そう、私は団塊の世代である。ということは、来年は赤いチャンチャンコ、還暦である。であるのに、当の本人にはその実感が皆目無い。

赤いチャンチャンコ? ケッ、なのである。

考えてみれば団塊の世代はいつも外からレッテルを貼られてきた。ベビーブームに始まって偏差値世代に受験競争。全共闘世代と呼ばれ、ニューファミリーになって核家族。そしてついに団塊世代、大量退職時代、なんて言われている。俺たちから言い出したことないぞ、一度も。

振り返ってみれば、確かに受験競争は目のくらむような倍率だったから、それこそ「赤尾の豆単」(入試頻出英単語の豆辞典)をボロボロにしてなんとか切り抜けた。でもそれだって友人から聞いた僕たち世代の現実ほどのインパクトはなかった。

友人は声を潜めて言ったものだ。「あのな、オレたちは数が多いだろ。ということは結婚でこれまでのように年下の娘を、と言うと男女の比率バランスが崩れる」「・・・」「女ひとりに、」「・・」「マ、男トラックいっぱいだな」。

この競争を勝ち抜く自信はなかった。だから今の奥さんで手を打ったのだ。イヤ、それはともかく友人にも結婚相手は同級生同世代というのが多い。それがまた新たな夫婦家族像を、この世代が築くことにもなるのだがね。

そして今、今度は老後に突入することになる団塊世代がまたも時代の注目を集めているというのだ。

「要するに、団塊世代がこれからの人生をどう過ごすことになるのか、僕ら次に続く世代は見ているわけです。時代を変える期待の星になるのか、はたまた、次の世代の負担、お荷物になってしまうのか、ってね。ヒヒ」。

プロデューサーのトザワさんはこう言った。最後のヒヒ、は声には出さなかったが、私には確かに聞き取れたように思えた。年のせいかもしれない。

なるほど、そういうことか。であれば私たち自身で我が世代のレッテルを描こうではないか。

はるかな昔、時代を僕らの若い力で変えられる、そんな風に思った瞬間があった。その頃の思いをかき立てつつ自分たちの世代の実感を語り合おうではありませんか、団塊世代の皆さん。

コメント

 団塊世代は「お荷物」、という言葉にカチンと来た方、すみません。私が番組のプロデューサーのトザワです。
 私は昭和39年生まれ。団塊でも団塊ジュニアでもなく、番組を担当するまで、団塊世代のことなんて意識したことありませんでした。
 でも改めて職場を見回してビックリ。入社以来、私を怒鳴りつけていた上司の多くが団塊でした。イヤな思い出がよみがえるとともに、一方で、「あっ、団塊ってこういう人たちなんだ」と急に親しみが湧いてきました。
 ところが、いまその上司たちが元気がありません。定年を前に、「余生は田んぼを耕して暮らしたい」なんて言っています。許せません! 部下を罵倒しながら仕事を引っ張っていたあの情熱と才能を、簡単に捨てないでほしいのです。
 私は若いころ、世代を上げて「何かと闘った」経験がないことを負い目に感じていました。聞けば団塊の方々には、学生時代、理想を掲げ権力に立ち向かった経験がおありとか。僕ら下の世代からすれば、それだけで尊敬に値する存在です。
 「日本沈没」が現実のものになろうとしているいま、もう一度社会と向き合って熱いものを見せてほしい。余計なおせっかいかもしれませんが、それが番組をやる一番の動機です。
 そして最後に。3時間の生放送は、言葉のうらにあるホンネまで映し出してしまいます。団塊の世代は本気かどうか、それを見極めようとしている他世代の目があることもお忘れなきよう…。
 

ずっと会社員として人生を送ってきました。団塊世代の我々が次の世代のお荷物になるのでは、との御意見、耳が痛いような、反発したいような複雑な気持ちです。
確かに我々の世代は、よく言えば個人主義、悪く言えば自分のことしか考えていない人間が多いのかもしれません。でも周囲をよく見れば、社会のために貢献しようと頑張っている人間もたくさんいます。私自身は、定年後には福祉の世界に飛び込もうと勉強中です。
きっと地道な一人一人の行動が、団塊世代のイメージを良いものに変えるきっかけになるのでしょうね。

私も団塊真っ只中57歳です。良くも悪くもその数の多さは放っておくわけにはいかない世代。時代の方向を決めると言っても過言ではないと思います。今までのような定年後はのんびりとではなく価値ある時間を生きたい。

 私は高卒後、電子部品メーカーに就職し、35歳の時、念願の独立。電子機器製造の下請けを15年余、そして51歳の時、諸般の事情で廃業。そして何となく食品メーカーに就職し(ここの工場の設計者が、あの有名な私の好きな安藤忠雄氏という事もあり)現在に至っております。現在56歳。
 私の実家は、南信州天龍村の山の中の一軒家で、今は誰も住んでませんが、休日に家内と一緒に訪れて、急斜面のわずかな畑にある数本のユズやウメ、自然発生したコ ンニャクの栽培など、楽しんでいます。
それと、十数年前から「現代アート」に興味を持ち、作品作りしていて、駄作の置き場所に実家を利用していますが、だんだん手狭になり屋外に置ける物も作ろうと忙しい情況になってきました。
「誰も知らない作家の、誰も見に来ない山の中の作品展」の開催に向け、静かに時には慌しく進行中です。
 今までは、過去を振り返らず、前進あるのみという思いでやってきましたが、時には、人生、過去を振り返るのも必要かと思う今日この頃です。
 以前、やろうと思っていて出来なかった事、やりかけて途中でやめてしまった事、特に、二十歳前後の頃の「夢」の実現にこれからいろいろ再チャレンジです。

 団塊世代、それは今の日本を作り上げてきた世代であり、これまでの歴史の中でも異例な短期間における日本の変化を自らの目で見てきた、また親から語り受け継いでいる貴重な世代であると思います。そのめまぐるしい時代を体験してきているが故に、一線を退いた後も、ゆっくりすることができず、良い意味で頑張り続けてしまうこと、それが老後の”生きがい”となっていく世代ではないでしょうか。
 私は現在、休日を利用して環境問題について学んだり実際に活動体験をしたり、地元の町づくり活動に参加したこともありますが、その中で最も強く感じることは、どの年代よりも50~70歳代の男性が圧倒的に多いことです。ついで、大学生か主婦の女性。
 現役で若手担当者では、休日にわざわざ会社外の活動に奉仕する元気もないのかもしれませんが、少なくとも50歳代の方は現役の方が多いわけで、やる気に加え体力さえ、今の若者に勝ってみえるほどのバイタリティにあふれています。
 共に活動をしたことのある60代の男性は、「ある活動で一緒になった人と、また別の活動で再会するケースが多い。ボランティア精神を養った人材を育て広めよう、、という考えとは反し、もはや、やる人はやる。やらない人はやらない。という二極化が進んでいるようだ。それに、若者の姿がほとんど見られない状況。」と懸念を抱いていました。

ただ、一方で、私の目からみた心配事も2点あります。
①団塊世代の家庭を含むあらゆる場面での一生懸命さが、逆に若者自らの行動を必要と思わせない、つまり自分がやらなくても誰かがやっているという安心感からくる人任せな態度へつながっている。
②団塊世代にとって、若者との(仕事外での)コミュニケーションは積極的とは思えない。

現在働きながらも様々な活動に力を注いでいる多くの団塊世代の方々は、今後の未来を担う若者の手本となるべきであり、且つ、そのノウハウを若者へ引き継ぐ重要な役目を担っています。
そのためにも、日常の家庭などから若者とのコミュニケーションを積極的に行うという、とても基本的なアクションの訓練が、実はとても重要な鍵となってくるような気がしています。

30代の会社経営者です。

団塊の世代の方々は、私たち等、下の世代へ圧迫的なコミュニケーションが多いのではと、
自分の経験から、思っていました。

同年代の友人に聞いても、同じ意見でした。

しかし、もしその傾向があるとするならば、どうしてなのか、を番組で解き明かしていただけましたら幸いです。

夜汽車さん、なぜ圧迫的な接し方をする人が多いのかという疑問に、私なりの考えを答えさせていただきたいと思いました。私達は生まれてから今日まで(57年)狭い部屋にぎゅうぎゅう詰めに押し込まれて生きてきたような感じで、手を伸ばし、足を伸ばし、少しゆっくり息抜きしたいと思ってもどこにもそんな場所がなかった、という人生のようでした。いつもいつも追い越せ追い抜け、負けるな、落ちこぼれるな(運動会、受験戦争、出世競争)…などなど叱咤激励され続け、背中を押され続け、立ち止まったら人生に置いてきぼりにされるんだと思い込んでしまったというか、思い込まされた言うか、そんな一生だったと私は感じています。だからその習性というか癖というか傾きというかこだわり、とらわれから離れることができないでいるのではないかと思うのです。それで団塊人間は自分以外の人にも気づかないままそれを押し付けてしまうのだと思います。自分が教え込まれたように。ただ、団塊世代にはいつも何事に対しても必死に向き合うという良さがあると思います。ですから必死に考え必死に答えを探して時代に問いかけ続けた世代ではないかと思うのです。明治、昭和の戦中までの世代の方は言われたことにそのまま黙って従う世代ではないかと感じています。戦後の私達は黙って従いたくないが、かといって何をしたいかと問われてもそれを考える暇が与えられず、数の多さと時代のスピードの速さの中でいつの間にか定年に辿り着いてしまったという方が多いと思います。私も何かを求めて突っ走ってきたひとりです。ようやくゆとりを持って時間を使えるようにもうすぐなります。自分の時間が自由に使えるようになったら何をしようかと好奇心だけは20代のままですから楽しみです。私に育てられ影響を受け無気力世代になった私の子供達も私からの圧力に抵抗していろいろありました。でもそのことも団塊世代はそのままにしない世代なんだと思う。(ただ人間には個性がありますからそんな人ばっかりじゃないので、ある一面としてですが)何が悪かったのかと?とまた必死に考えます。そして答えを求め続けます。圧力的な接し方は生きた時代の影響と、必死になって何かに向かう習慣が時に相手のことも考えない言動に走ってしまうのではないかと私は考えています。いかがでしょうか…

これから団塊世代の我々が退職していく訳だが、本来はこれからはゆっくり、のんびり心身を癒す、まさしく晴耕雨読の境地に浸れる事を多くの団塊同胞は期待していると思うが、今の世の中見て、本当に安心、安全が保証されているかどうか、最近は富に不安や危惧を強く覚える。今の若い世代のふがいなさを見ていると、健康で、いろんなKNOW-HOWを持ち、又経済的にもちょいRICHな団塊の世代は今後も”死ぬ迄”周囲から期待され(と言うか”あて”にされ!)、ゆっくり出来るのは”あの世”だろうな! 本当に損な世代だよ。

テレビの中でコメントされている方達は定年のない方々ですね  定年後 パパたちは 中学高校の時代に何が楽しかったか何に夢中だったか思い出して!! もういちど それ やってみて!! 生き返るよーー!! その次 ご近所で、住んでる町で できること 見えてくるヨーー!! いままでやってきたこと 一度 捨てること だいじだよー  新しい自分が見えてくるよー!! おばちゃんたちだって 同じだから いろいろ やってきて 今があるんでーす
プライド捨てて 裸になろうよ!!
60歳  専業主婦 (パート派遣 仕事経験者) 

まだまだ、いけるぞ、50代60代。人生においてのキャリアを生かして、新しい発見や発想とアイデアの展開の世代でするどうか頑張ってください。よろしくお願い致します。、。、。、。礼。

ダンカイ、ダンカイって、マスコミのサカナにしてほしくないわ。はっきり言って不愉快です。

団塊が日本を変える!?
面白くて元気が出ました。
また続きをお願いします。

年金を食いつぶしたのは年金官僚です。私は今もまじめに年金及びろくに病院にも行かずの健康保険の保険料を収め続けています。それが、それでなくても予定額を大幅に下回った金額の年金しか得られない年金の、年金受給年齢が近づくと共に、人数が多いというだけで、お荷物だとか、年金、健康保険を食いつぶすだとか、食い逃げ世代だとか、マスコミを挙げてのキャンペーン。年寄りを邪魔にするのは今にはじまったことではありませんが、年寄りになる前から、社会貢献しろとか、どうあるべきかとか、次世代の不満のはけ口にされているみたいです。世代同士を敵対視させるのは分割して統治せよの実践にしてもNHKまでがそれに便乗するのは心外です。視聴料も延々と納め続けていますのに。人数が多すぎると言われ続けましたが、次は焼却炉が足りないとか言われるのでしょう。こういう嫌みな投稿はどうせ没ですな。

番組を見ていて、団塊の世代の女性は何をしているの?というのが素朴な疑問でした。

常日頃から政治家をはじめ、男たちは(暮らし)というものがわかっていない!と思っています。

高齢化社会と言いながら、高齢者に冷たい政治、社会、街、企業、絆...

商店街が消え、野菜ひとつ買うのもままならず、90歳のおじいちゃんが足の弱った85歳のおばあちゃんと暮らして、当然車に乗れないから街はずれの大型ショッピングセンターへは行けず、日々の買い物は、自転車で遠くの店へ行くという話に泣きました。

専業主婦の私に、なんの力もないけど、生まれ育った商店街を復活させよう!まずは資金づくり。そのために自費出版しました。ネットだけで販売しようと考えていたら、その本はセミナー用のテキストにいいから、そっちへ売り込んだら?と言われ、今、方法を思案中。

若き日の信長が愛した町。当時の立派な道標もあり、華麗な祭りも由緒ある神社もある。

この町で暮らし、この町で死にたいと思う暮らしやすさ、人々の絆。そういう町で私は育った。
商店街のおじさんおばさんみ~んなに育てられたんだ、とこの歳になってしみじみ思う。

これからその恩返しです。次代の子供たちを、人が行き交う、人の声が聞こえる、暮らしている人の顔を知っている町で成長させたい。

団塊世代の女性の中には、こんなことを考えている人間もいるのです。

町永様
拝啓
面白い番組をありがとうございました。
私も、町永さんと同じ1947年生まれのサラリーマンですが、町永さんはもっとお若いと思っていました。
というわけで、私も来年定年を迎えます。会社は、65歳までいられるようですが、来年サラリーマンは卒業しようと思っています。
そしてその後の10年間か15年くらい、今までの経験を生かして、住宅の設計や住まいづくりの仕事を立ち上げようと思って準備をしています。今日の斉藤さんのようにNPOも選択肢のひとつですが、
テーマは、50歳からずっと温めてきた自分の夢の実現です。
それは
『人と地球に優しい住い作り』です。
自分ではHuman Ecology Designと名づけました。自分の夢の実現と、希望の住いを作りたいと思っている人、シックハウス症候群や、体が不自由で悩んでいる人、アスベストや地震が心配な人、自然エネルギーを使って地球に負担をかけたくない家を作ろうとしている人、古い家を壊して捨ててしまうことに疑問を感じている人などなど、そうした人たちとの共同作業で、住いを考えて行きたいと思います。
もちろんこれまでに仕事や生活の中で出会ったさまざまな専門分野の人々とコラボレーションをとって進めたいと思います。
そして自分の夢の実現と、おこがましいですがささやかな社会貢献ができればいいなと思っています。
今日の放送では、同じようにがむしゃらに人生を生きてきた人たちが、70年代に見せた情熱をもっと熟成された形で、持ち続けていることを改めて共有することができ、自分の夢の実現への、勇気が与えられました。

団塊の世代、道は一人ひとり違えど、みんなでわたれば60、70台も怖くない。なにせ日本最大の勢力ですからね。(=経験×人数×70年代に培った情熱)
10年後が楽しみな世代です。みんな良い笑顔でそのときを迎えられたらいいと思います。
町永さんもいろいろ考えていらっしゃると思いますが、どうぞ良いご出発をされますようお祈りいたしております。
また貴兄の企画された今回のような番組や、ホームページなどで、今後も、自分お夢実現に向けてのヒントや助言をいただければ幸せに思います。
お疲れ様でした!
                         敬具

ETVワイド、驚きに満ちた3時間で楽しめました。私はS32年生まれで、皆さんから見ると「シラケ世代」と呼ばれる年代です。団塊の世代の皆さん達が熱く何時間も語っていた姿に新鮮みを感じたくらいです。というのはわたしたちの世代から徐々に「熱く語る」という行為はなくなっていったと考えられます。個人的にはそれは残念だと思いますが。

夜汽車さんの「圧力的なコミュニケーションの仕方」が気になるというのも同感です。わたしたちにとっては、熱く語られて意見されても「説教」のなにものでもありません。わたしたち世代が小学生だったころ、安田講堂に立てこもる大学生の姿を見たり、ミニスカートで闊歩するお姉さん方を見るにつけ、大人になるってこういうことなんだろうかとなぜか心配になった記憶があります。「一生現役でがんばる!」というのは大変いいことだと思いますが、その「圧力的コミュニケーションの仕方」は少しずつ改めて頂けたらと感じます。

時代は変わっていくのですから、下の世代にも未熟ながらいいところもありますし、成熟しながら謙虚な姿勢を持つ、人の話に耳を傾ける、といった具合で人生後半を元気に過ごしていただけたら、ほんとうに下の世代にとっていいお手本になる皆様だと信じています。

私は団塊の世代ではありません。
しかも、外国人です。
でもとても興味があります。
もっとも若者らしい青年期を送った人々のように思われ、現代日本史を理解するひとつの重要なキーワードでもあるように考えられます。
この番組、見ようと思っていたのに、
うっかりして見られませんでした。
再放送はいつですか。
お願いします。。。

S24年生まれのビートルズ好きの団塊世代です。54歳で会社を早期退職し、伊豆に移り住んで、自給自足ではなく半給半足(季節の野菜を作りDIY等で、できるだけ自分でやれることをやっております)。週に1回程度上京し、これから上場しようとする会社の人材育成も合わせてお手伝いしております。

私が少し懸念していることは、「団塊」という言葉自体の響きがひとつの塊として捉えられて年金はじめ大きなお荷物的に考えられてしまう現実です。特にマスコミは、白黒付けたがる。「団塊」の名づけの親である堺屋太一さんは、『「団塊」とはひとつの塊であるけれど、それぞれ個性を持った塊である』と我々に気を遣って評しております。

ですから、この世代の特色としてそれぞれが個性を生かせる存在になっていけば、世の中も上手く回っていくと思います。しかし、「団塊バッシング」のようなことが起こるとすれば、世の中全体がとても不幸なことになるような気がしております。と言いますのも、この800万人が仮に鬱積したものを吐き出すことをお手伝いするような、一人の英雄(団塊の世代にとって)が現れて心を掴むとすればますます対立の構図が顕著になり、とても心配です。ヒトラーが中産階級の心を掴んで暴走したように、団塊はラブ&ピースですから、戦争はありえないにしても一塊の進む方向が不安になります。

これは悪い例ではありませんが、私が考える団塊のひとつの塊のような気がしてなりません。それは、私の勝手な考えを言わせていただけるのであれば、小泉自民が衆院選挙で圧勝したのもサラリーマン社会でトップからおかしいことを言われてもそれを変えることは至難の技と感じていた人たちが、あのでかい組織を変えるこのに対して、快哉を叫んだのではないかと思うからです。私はあの選挙は小泉自民が圧勝すると思っておりましたし、団塊の方たちの中にもそう思っていた方が沢山いたのではないかと思います。

こんなことをまとめて、面白おかしく自費出版しようと思いましたがあまりに高額なので止めました(笑)。ホームページにでも載せようと思い現在格闘中です。 
 

もし団塊の世代の方で私の投稿をお読みになって嫌な気分になったらごめんなさい。
私自身も悲しい結論というか、なんとか良い反論を頂いてスッキリ出来たら良いと思っています。

私は30台で団塊ジュニアに当る世代なのですが、このまま日本が少子高齢化+借金大国として進んで行くと、後の世代から
「とても恥ずかしい、自分たちの生活を守るために若い世代を食い物にした世代」
と見られてしまうのでは無いかと心配です。
と言うのも、現在800兆円も借金があり、なおかつ地方自治体の負う負債も結局国が連帯保証しているようなものと考えると、借金1000兆円とも言われています。

この借金は膨らみ始めたのは1970年代からで、ちょうど我々が生まれた年で、団塊の世代の方々が働き盛りの頃ではないかと思います。
もちろん巷で言われるように官僚や公務員の税金の運用が必ずしも正当かつ効果的に行われたとは思いません。税金ムダ使い、と良くNEWSになりますし。
ただし、これら公務員がムダ使いできる金額と、日本の毎年の借金との間では、ケタが全然違います。片やムダ使いは2000億円とかで、毎年の借金はここ20年近く30兆円です。
そう考えるとムダ使いは無いに越したことはないですが、日本の借金の大勢を占める原因では無いと思われます。
となるとどこに原因が、と思うのですが、
やはり支出の内訳などを見ると、医療・(介護)・年金などの社会保険に当る部分が大きいです。
私の結論としては、ですが本来は1970年代に選挙権を持っていた方から現在の我々以下まで、もっともっと低い行政サービスのレベルで満足しなくてはいけなかったのではないでしょうか。「将来からの借入れ」してまで生活の質を保たず、バスが走らなかろうと、トイレが汚かろうと、道路がガタガタだろうと、です。

私は後の世代から「ムダ使い世代」「借金世代」と言われると思うと恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいです。

この状況の中、団塊の世代の方々が働いて国家を支える側から国に養ってもらう側に回ってしまう、というのはとても怖いです。
団塊の世代の方が特別罪深いとも思えませんが、働く層:扶養される層というシーソーが大きく傾くので。。
反論をぜひお願いします。
寂しい話ですみません。

 「団塊の世代」と、10把ひとからげにして、あれこれとおっしゃる方もおられますが、基本的に、ひとりひとり違いますし、それぞれの考え方で生きていると思います。もちろん、今の世の中のさまざまな問題について、何らかの関わりはもってきたわけですから、そういうことについて無責任ではいられませんし、当然、これから社会に対しても自分なりのことはしていかなければならないと思います。しかし、政治の失敗は、あくまで政治の失敗であって、それを世代の責任だというのは、見当違いだと思いますよ。
 たまたま人数の多い世代なので、社会的に大きな影響がある点は、まあそれなりの自覚をもった方がいいのかもしれませんが、私にとって、自分より若い世代の人たちというのは、順当にいけば私の方が先に死んでこの世からいなくなるわけですから、自分が生きてきたことの全てを託すことのできるとてもありがたい存在であり、だからこそ、とても大切に思っています。
 はじめに、人はひとりひとり違うと書きましたが、ひとりひとりがその異なる個性をしっかり出して、自分なりに輝こうとすることで、社会はより豊かになると、私は考えています。
 現在57歳。53歳の時、高校の国語教師を辞めて、それから歌をうたっています。学校、保育所、公民館、老人ホームなどで歌い、時々、コンサートやオペラに出たりしています。楽しみながら、自分なりに社会的責任は果たしているつもりでいます。「団塊の世代」であろうと、「少子化世代」であろうと、いずれ死が待っているのですから、自分の生を精一杯生きることが全てではないかな。その中からこそ、自分の、社会に対してなすべき課題も見えてくるような気がします。

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