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ハート ネット ピープル

オッサンの子育て支援


[写真] 自動改札口。便利な機械ではあるが、便利になるとなぜヒトは無表情になるのだろう。
駅の自動改札口。あれは出る人、はいる人がかち合うと先に切符を改札口に挿入した側の進入が確保される仕組みだ。だから改札口で向こうから同じコースを進む人を認めるや、つい足早になりいち早く切符を改札口に入れてささやかな勝利を味わってしまう私は、とてもチイサイ。 毎日実感させられる競争原理の日常。

というような反省をしつつ乗り込む帰宅時のラッシュアワー。
自分が土石流になったみたいに満員電車に揉み込まれていく。ラッシュの圧力に体が斜めになりつま先が浮く。チビだから離れた吊り輪に手が届かない。いきおい、体を前の人に預けるようにならざるを得ない。前の乗客はその度にグイと押し返す。
「この混みようですからね、お互い様でしょ」と言いたいところだが、グイと押し戻すその無言の力に断固たる関係性の拒否が含まれているから、黙っているしかない。
回りを見渡せば、誰もが眉間にしわ寄せ、仮面の無表情で押したり押し戻したりしている。不機嫌と不愉快の押しくらまんじゅうである。

なんだかなあ。毎日懸命に働いて日々を重ねて来た末に、私たちが作り上げて来た社会ってこんなに不愉快で索漠としたものだったのかねえ。こんな社会を作ろうと思って社会人になった訳ではないのだろ。答えはない。体をこれ以上ないほどに密着させていながら、それぞれの心は遥か遠く固い殻の中で押し黙っている。
ひとりひとりは誰も間違ってはいないのに、その集合体は何か、とてつもなく間違っているぞ。

ラッシュの電車の中で幼児がむずかっている。首をまわしてそちらをうかがうと若いカップルが赤ちゃんを抱き上げてあやしている。今どき珍しくもない金髪にピアスの若い母親。父親はツンツンヘアにグラサン、迷彩服のストリート系ファッションだ。「泣いたらダメでしょ」若い母親も泣きそうな顔で赤ちゃんの耳元で訴える。 「泣いたらダメ」と言われて泣き止む赤ちゃんはまずいないから、案の定、赤ちゃんはここぞとばかり体をのけぞらせ、いよいよ本格的に泣き叫ぶ。
赤ちゃんの甲高い泣き声に、ラッシュの圧力に加えて、周囲の「オイオイ、いい加減なんとかしろよ」圧力が若いカップルに押しかかる。


[写真] 庭のクリスマスローズが満開。日陰でひっそりと控えめに咲くのが、僕にぴったりだ。
「オーオー、元気いいなあ。ほれ泣くなって」
隣の乗客が向き直って救援の声をあげた。しかし大丈夫か。風采の上がらない中年サラリーマンだ。あまり救援者としてふさわしく見えない。しかもどうやら一杯やっていて、ご機嫌のようだ。
「これはどうだ、ばあ」古典的なあやし方に、当然のことながら赤ちゃんの反応は「ギャアアア」 周囲も「ダメだこれは」と再び無関心に戻る。
が、その中年サラリーマン、オッサンはめげない。
「ヨッシャ、ならこれはどうだ」今度はオッサン、自分のネクタイを引っ張りだす。ブランドものでなければネクタイの用途は無限だ。そのネクタイを赤ちゃんの目の前にヒラヒラさせる。
一瞬、赤ちゃんは虚をつかれた。事態を把握するにはその人生経験はあまりに浅い。キョトンとした。泣くのを忘れた。オッサン、がぜん勇を得た。
「ほれほれ」意外と華麗な手つきでネクタイをヒラつかせる。赤ちゃんが小さな手を伸ばした。無垢の手が初めて触れる世界がオッサンのカレーうどんのタレが付いたネクタイでいいのか。オッサン、タイを生き物のように軽く引いたりして赤ちゃんをあやす。
「キャハ」赤ちゃんが、笑った。

赤ちゃんが笑った。世界は美しい。
「おーおー、いい子だ」オッサン、周囲を得意げに見渡す。拍手喝采を期待していたのだろうが、代わりに好意の視線が帰ってくる。油断した隙に赤ちゃんはパクリとそのネクタイを掴んでくわえた。たちまちヨダレだらけ。「おーおー」オッサン、嬉しそう。
「あらダメ、放してね」さすがにバッチイでしょ、とは言わなかったが、母親の声はすっかり柔らかい。「どうも」ツンツンヘアの父親がぺこりと頭を下げる。

満員電車の空気は一変した。無愛想の固まりだった乗客が隣の他人と目を合わせ、つい微笑んで、そんな自分に慌ててまたスポーツ新聞に目を戻す。
押し合う圧力はなぜか軽く感じられ、電車の揺れにリズムが生まれる。

いや、僕だってこれまでベビーカーの母親を見かけるたびに心の中だけだけど、ちぎれんばかりに手を振ってエールを送っていたつもりだったが、あのオッサンを見習わなければな。風采の上がらないと思っていたが、その人は生活者の確かな優しさと思いやりを自然に備えていた。みんながあのオッサンのようにできるかなあ。
何しろ僕のネクタイ、ブランドものなのだ。

コメント

こんにちは。
今更ながら、今日初めてこのHPにたどり着いて
おっさんの子育て支援を読みました。
で、嬉しくなってコメントします。

5歳と3歳の子供がいます。
私が公共交通機関に乗らなくなって、
なんと…もう6年です。
妊娠中から遠ざかっています。

上の子が10ヶ月の時に一度バスに乗りました。
むずがって泣き出した時の周りの冷たい視線(特に50歳代以上と思われる女性達)が痛くて…
もうみんな、なんで今時の母親は駄目だ!って目で見るんだよぉ~(怒)
おまえの子供だって同じだったろうが!ば~ろ~!
子供と一緒に泣き出しそうになりました。
それ以来、移動は全部マイ車です。

もしあのとき、私の前にネクタイひらひらおっさんがいたら…私が泣き笑いしていたかもしれません。
あのとき、私の前に居てほしかった…。

皆さん、自分の子育て時代を忘れていませんか?マスコミも、私達今の親を、あまりにも過小評価してませんか?
少子化の中、明日が明るい日ではない今、がんばって子供を産んだ私たちを、もう少し暖かい目で見て下さい。
通りすがりに突然説教しないで、ぐずる子供を連れて歩かなければならない私達に、自分たちも大変だったと共感して下さい。どうぞお願いします。

私達は、ほんのちょっとの手助けをしてほしいのです。

「ママは大変さ」さん。コメントありがとうございます。町永です。
ママは大変ささんのような方にこそお送りしたいメッセージでした。
私も三児の父。とはいえ、今はみんな成人して、末の子はむすっといつも「別に」「さあ」しか言いませんが、どうであれ小さくて可愛い時を俺はいっぱいいっぱい知っておるぞ。おしめも替えたし、けがをしたおまえを抱えて病院まで全力疾走したのが、この父親であるぞ。ふっふ。とまあ、余裕というか、相変わらず可愛いものだという感じでしょうかねえ。

ママは大変さ、さんのお子さんは5歳と3歳、可愛い盛りです。そのころ、私はほろ酔いで帰宅するとみんなのほっぺをペロペロしていやがられたものです。

今、子育てがとても大変ですね。本来はその分喜びがたくさん得られてもいいはずなのに、ベビーカー押して、大きな荷物もって、電車やバスに乗り込んでくるママたちにどう応援したらいいのか、見ているだけなのが、私としても歯がゆい限りです。

何が出来るかな。いつも考えてはいるのですがね。
先日、暑い中、赤ちゃんをだっこしている若い夫婦に「可愛いですねえ、何ヶ月ですか」と話しかけたら、ちょっとびっくりしたようでしたが、とてもいい笑顔でも「もうじき一歳なんですよ」と答えてくれました。
あれはかつてのわが夫婦だな。

ママは大変さ、さんの言うように多くの人にとってはかつての自分たちの経験したことですからね。
ここにいるオッサンも応援しますぞ。

町永さんコンニチハ♪
ブログ始められたのですね~!知るのが遅くなりましたが
いつも「福祉ネットワーク」拝見しております。

オッサンの子育て支援というおもしろいタイトルに惹かれて思わず読みいりました。

サイゴに「そのオッサンはワタシです。」とくるのかな~と思いきや!
そうですね。オサレなブランドネクタイですものね~。^^
ホッとうれしくなるいいお話をありがとうございます♪

「介護百人一首」もごらんになってね^^

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