
言葉の力

「美しい日本語」、とよく言われる。
マ、一応アナウンサーとして禄を食んでいるから、この「美しい日本語」と言われれば「ハハーッ」とひれ伏す。黄門様の印籠である。
でもね、多少というか、大いにへそ曲がりの私にとって、ただ規範としての「美しい日本語」を持ち出されると、それは「違うだろっ」と言いたくなる。
「美しい日本語」というのはどこかの標本箱に虫ピンで押された蝶ではない。
言葉というのは、その人の感性、問題意識、美学、認識知識なんやらかんやらを総動員して選びとって表現する「自分」である。
言葉は、時代の一瞬の動きの中からしっかりと獲得したい。
「言葉の動体視力」、が問われている。セピア色の「美しい日本語」は願い下げだ。
言葉に力あれ、と思う。時代をきり拓く言葉を持ちたいと思う。
おぼつかなくも「福祉」を語る上で、自分の選びとった言葉がどれほどの「力」になるのか、かすかな手応えに胸弾み、またある時は現実に押しつぶされる既成の言葉に打ちひしがれる毎日である。
年若い同僚アナウンサーが、番組の前説、と呼ばれるその日の番組の狙いを端的にコメントする収録の時、スタジオの片隅でブツブツと繰り返していたりする。
と、このどうしようもなくイヤミな団塊世代アナウンサーは、わざわざそこに寄って行って
「オマエナー、コメント覚えるなよ。何を伝えるか、そのことだけをしっかり頭に入れておけ。頭の中でコメント読むな、語れ、伝えろ。頭の中でぐるぐる空回りさせて、すり切れた言葉を再生するんじゃないぞ」
イヤな先輩である。だから嫌われるのだ。
しかし、ただ覚えた言葉というのは、音声化されるだけで、肝心の情報が何も伝わらない。なぜか。それは話す人の脳みそに情報が回っていないのである。
彼の頭の中には、パソコンで打たれたゴシックフォントの活字が右から左に流れているだけだ。ただ音声化するだけの作業の中からは何も伝わらず、想いも立ち上がらない。
もの悲しいのは、職業的な責務の中でただ「言葉を間違えてはならない、噛んではならない、言いよどんではならない」のリスクからひたすら遁走する果てに、残るのは力ないありきたりの使い古された言葉だけになりがちということだ。
アナウンサーという職能が伝えるのではない。アナウンサーという肩書きより先に「私」という存在が、ひとりの人間が伝えるのでなければならないはずなんだよなあ。あたりまえのことだが、これがなかなか重い。
「発語」、この世に初めて生まれる、その言葉は無機の活字のイメージであってはならない。自身の思いと、それを引き起こした映像に裏打ちされた力で、この世に発射するのだ。
「発語に力あれ」と。
揺れていい。言いよどんでいい。もどかしいほどの思いがあっていい。これが「美しい日本語」なのだと、言っていい。
人が話す時、頭の中に映像が浮かぶ。美しい景色。懐かしいふるさと。涙にかすむ悲しい出来事。理不尽な社会の仕打ち。映像で引き起こされる想いを、言葉は伝えているか。伝えることが出来るか。身の内が震えるような想いを、言葉で伝えているか。
頭の中に確かなイメージを浮かべて、その質量に見合う言葉を発して行きたい。
「障がい者週間」の時、知的障害のある青年が、「合理的配慮」(※)と呼ばれるところの、あるべき共生社会の環境の中、生き生きと工場で働いている様子を伝えた。
「どうですか、ここで働いて」
ディレクターが聞いた。
青年は応えた。
「はい、こうして働いて、幸せです。ハイ、幸せです」
満面の笑みで、作業の手を休めずに青年は繰り返した。
青年の言葉は、すべての人の心を貫き通して、ひとりの人間の最も力強い「言葉の力」として響いた。
※2006年の国連総会で採択された「障害者権利条約」での、重要な概念の一つとし提唱されたのが「合理的配慮」という考え方。障害があってもなくても共に働いたり暮らしたりするために必要とされる調整や配慮のことで、この場合は知的障害のある青年が働きやすいように職場の隅々に施された具体的な工夫などの職場環境をさす。




マスター、皆様こんにちは。クマです。
言葉の力はすごい。人を鼓舞し元気にさせます。
またある時は人を慰めます。
できれば、人を活かす生きた言葉使いたいと思い、日々を過ごしています。
マスター、先日の京都では、お疲れ様でした。
素晴らしい講演の中には、ハッとする言葉、唸ってしまう言葉が、たくさん散りばめられていました。
私は「自死遺族」として語る時がありますが、そこでは遺族になる前も含めた「私」も問われていると実感します。
林さんを交えた町永カフェin京都は、心動かされつつ、頭はフル回転の1日でした。
どうも有難うございました。
マスター&皆さま
大寒波の到来とともに、命日症状に見舞われている
林です(笑) ついでに風邪も・・・(>_<)
いいおとさん、
京都では久しぶりに再会できて嬉しかったです。
マスターもいたし(^o^)丿
カフェにお集まりの皆さま、
決して抜け駆け(?)したわけではないんです。
京都であった自死遺族支援のシンポジウムで、
リアル・プチ町永カフェが実現してしまいました(#^.^#)
マスターとの2年半ぶりの再会は、まるで、
会いたくて、会いたくて、でもなかなか会えない
愛しい人との心からの再会のような感じでした。
(って、もしかして私だけ・・・?)
まぁ、それくらい嬉しかったってことです。
いいおとさんとは、「渋谷の放送センターには
絶対カフェができるようなセットがあるはず」と
勝手にみんなで集まる妄想が膨らみ・・・(笑)
本当に楽しいひと時でした。
マスターの講演は、「さすが!」でした。
いっぱい勉強になりました。
仕事中のマスターも、むっちゃカッコいいです。
惚れ直しました(^。^)
いいおとさんも書いてましたが、私も同じように
「自死遺族」である前に「ひとりの人間」としての
自分が問われていると思っています。
「自死遺族」は私のひとつの側面でしかない。
「ひとりの人間」として、自分が発信する言葉に
責任を持って使いたいと思います。
そうそう、講演の中で学んだ言葉ですが、
"Social Inclusion"
これっていい言葉ですねぇ。
この言葉聞くだけで、勇気とか生きる力をもらえる。
だって、この言葉はその人の置かれている環境を
区別しないだろうから。
まるで、このカフェのことのような、
ほんとにステキな言葉。
この言葉の説明は・・・
マスター、お願い(^_-)-☆
そうだ!クマさん、
クリスマス・イルミネーション!
ド派手じゃなくて、お星さまがいっぱいキラキラ
してるのがいいなぁ。
色んな大きさや色のお星さまがいい・・・
ってなんか子どもがいいそうなコメントになってしまった。
では、今回はこの辺で。
Mahalo!
言葉の力。
日々、自らが紡ぎ出す言葉が、絆をつくるキモである仕事をしている(つまり、壊すことにもなる)ので、このコラムはすばらしい今年のプレゼントとなりました。
私事ながら、本日、誕生日で。
おめでとう!を私はみんなに言うのが大好きなのですが、お誕生日にそう言うと、「また一つ年とって、いいことなんにもないよ・・・」と言う人がいます。うむ、その気持ちはわからないでもないのですが・・・。
しかし!!
そんなとき、「お誕生日は、この世に生まれてきたことや、両親、そしてみんなに感謝する日。無事に迎えられてありがたい、こちらこそありがとう、と思う日です。そんな罰あたりなことを言ってはいけませんっ!」と年上の方であっても、しかり飛ばす?私です。
今のこの世の中、困難な状況で生きている人、生きることができず去ってしまった人、がたくさんいる今だからこぞ、「言葉の力」を信じて、ただ生ぬるい言葉だけでなく、生きている言葉を発していきたいです。
若いアナウンサーの方が、おとなしく型どおりに読んで終わらせていたり、ひとつひっかかると、あとはがたがたになってしまうのを最近少なからず見ます。自分の言葉で伝えてほしいなあ・・・私は生きた番組が見たいので、最近の若いアナが主の番組、しょうしょうつまんない・・・。昔は、ダイナミックな方が多かったような・・・。
マスター、ご指導よろしくおねがいいたしますっ!!
マスター、いいおとさん、林さん、まりさん、皆様こんにちは。クマです。
まずは、いいおとさん、お元気でしたか。良かったです。ここしばらくお見えにならないので心配していました。マスターと会われ、マスターのお話を聞かれたのとのこと。心の糧になったことと思います。
林さん、いいおとさんに再会されたこと、良かったです。その上でマスターと町永カフェに来るみんなとの集まりをしようという野望を披露し交渉したとのこと、ありがとうございます。
まりさん、お誕生日おめでとうございます。「生きている言葉を発する」ということ共感します。
マスター、いいおとさんと林さんに会われて、いろいろなことを話されたご様子、また、お二方の印象に残る講演をされたとのこと、マスターの心から発した「生きた言葉」は、色々な方を感動させ力づけて、気づかせているのだと思います。ありがとうございます。
さて、私、クマは、12月22日のライフリンク主催のメメント・モリに行ってきます。どんなお話が聞けるか楽しみにしております。どんな「生きた言葉」・「生きた話」と出会えるか楽しみです。
恒例になりました町永カフェのイルミネーション、林さんのご希望を反映して、いつものモミの木をカフェに入れ、大小沢山のいろんな色の星型のイルミネーションで飾ります。ほかにも注文出してくださいね。
それでは、皆様、お身体を大切にしてお過ごしください。失礼します。
マスター、皆様、こんにちは。クマです。
皆様にお詫びをしなければなりません。12月22日のライフリンク主催のメメント・モリに行くことができませんでした。年末の急な仕事が入り、メメント・モリを欠席することになってしまったのです。本当に申し訳ありません。残念無念です。
それでは、皆様、お身体を大切にお過ごしください。失礼いたします。
クマさん、みなさま
こんにちは。
クマさん、メメント・モリ いかれなくて残念でした。急な仕事ですからしかたないことですが
さぞかしがっかりされたことでしょう。
心からの「ごめんなさい」しっかり心に届きました。
皆様、忙しい年末をお過ごしのことと思います。今年はこのカフェの新しい訪問者として
皆さんに温かく迎えていただいたことが
私の大きな喜びです。ありがとうございました。
どうぞよいお年をお迎えください。
マスター、皆様、こんにちは。クマです。
この一年重みのある確かな一年でした。それはここをいつでも開いてくれるマスター、何かを書けばそれに対して響く応えてくれる皆様がいてくれたことにあります。本当にありがとうございます。
無縁社会・孤独社会といいますが、このカフェにはその言葉はありません。「つながり」と「ともに生きる」という旗を振って、皆さん明るく生きようとがんばられています。本当にありがとうございます。
マスター、皆様、この一年いろいろとありがとうございました。お身体を大切に良いお年をお迎えください。
そして復興半ばの奄美豪雨災害で、獅子奮迅の仕事をされている奄美の白髪のおじさん、ここのカフェの皆さんはいつでも奄美応援しています。「がんばれ奄美!」「がんばれ奄美の白髪のおじさん!」
もう6日になってしまいましたが^^;
皆様、明けましておめでとうございます。
本年も、突然ふら~っと子連れで立ち寄り、機関銃のようにしゃべっては慌しく立ち去る私、こんな私ですがどうぞよろしくお願い致します。
皆様にとっても、よい一年となりますように。
マスター、鏡開きの日はおいしいぜんざいお願いしますね!・・・って、今年こそダイエットと昨日誓ったばかりだった^^;ま、鏡開きは縁起物でOKてことで(笑)ちなみに「つぶあん」が好みですが
地方によってこしあんだったり、お汁粉だったり、さまざまなんですかね。意外と、ぜんざいなんかとコーヒーも合うんですよ~♪
明日は七草がゆで食べすぎの胃腸をいたわりたいと思います。
迷信なんて、とかいつも言いながらけっこうこういうことするの好きだったりする私です。でもゆず湯は子供達喜んだけど、七草粥はきっと不評かな~あまり子供が好むものじゃないですしね。
今日からやっとレンたちも学校が始まりました。母としては嬉しい限り(笑)
今外は風も強くすご~く寒いです。明日は雪が積もるかも!?
皆様もお体にお気をつけてお過ごしください。
マスター、皆様、遅まきながら明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。
小寒を過ぎまして、寒さが一段と増してくるようです。今年の寒さは例年になく厳しく寒風は身を切るようです。
さて年明け2日・3日、箱根駅伝の応援に行ってきました。
応援箇所は、東神奈川駅前付近、大磯駅前付近でした。
今年は、往路は混戦模様、復路は例年にない激しいシード権争いでした。
選手たちの熱い走りにいつもながらの沿道からの大声援が響きました。その声援もラストの選手になればなるほど大きくなりました。
良い年の始めとなりました。今年も走る選手たちから元気をいただきました。有り難いことです。箱根駅伝の選手たちにありがとうといいたいです。
マスター・皆様、寒さが厳しくなります。身体を大切にお過ごしください。それではお元気で、失礼します。
マスター&みなさま、
あけましておめでとうございます。
思い立った時に来ては、おしゃべりをして、そのまま帰る私ですが、今年もよろしくお願い致しますm(__)m
年明けいきなりですが、1/8(土)に母の五年祭を終えて、
今日大阪に戻ってきました。
京都府北部の実家の町は雪だったんですが、
母の法要の日だけ晴れてくれて助かりました。
母が亡くなる前年に父が亡くなっているので、
6年連続の法要をしなければならなかったんですが、
今回でようやく終わりました。
正直、「やっと終わった・・・」という気持ちでいっぱいで、
同時に、ドッと疲れが出ました^_^;
今回の法要では、ちょっと不思議な体験が・・・。
まず、お家でお参りしたあと、墓前祭を行い、
神殿に参拝したときのこと。
祝詞をあげているときに、ふと言葉がやってきたんです。
「お母さん、おめでとう。」と。
頭では、「えっ?なんで“おめでとう”なん?」と思いつつ・・・。
そしたら、また「お母さん、おめでとう。」という言葉が
やってきました。
何がおめでとうなのかは、さっぱり分かりませんが、
ただ、祝詞をあげている時、私はとても清々しいものを感じ、
喜びでいっぱいでした。
まるで、何かお祝いをしているようでした。
5年前のあの日、まさかこんな風に感じられる日が
来るとは思ってもみませんでした。
その後、食事に行った時には伯母から、昔習ってた
ピアノの先生が亡くなって翌日がお葬式であることを
知らされました。
びっくりでしたが、実家に戻っていなければ先生と
お別れすることもできなかったはずと思い、
お葬式に行ってお別れをしてきました。
斎場にはたくさんのこどもと保護者がやってきていて、
幼稚園の時からの同級生とも再会(#^.^#)
この町に生まれ、育ててもらって良かったなぁと
心から思いました。
先生のお葬式では、生き方や在り方など多くを
教えてもらった気がしました。
緑豊かで、本来の人の生き方ができる実家の町に
今の私にどんな恩返しができるか考えているところです。