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ハート ネット ピープル

私を外食に連れてって

[写真] わが年賀状イラストの特別ウェブ公開。寅年だからね。毎年パソコンでイラストを作っているが、ウーム、この才能が恐ろしいな。と自分でつぶやくオマエが恐ろしいのだ。良いお年を。
[写真] わが年賀状イラストの特別ウェブ公開。寅年だからね。毎年パソコンでイラストを作っているが、ウーム、この才能が恐ろしいな。と自分でつぶやくオマエが恐ろしいのだ。良いお年を。

妻を外食に連れて行く。愛の砂漠に咲いた一輪の花だ。
言ってることがわからない始まりである。
要するにそれなりに奮発したレストランに奥さんを連れて行くという、費用対効果を度外視した豚に小判、猫にマタタビといったスリルとサスペンスに富んだ挑戦なのだ。
「ケッ、釣り上げた魚にエサをやるなんてな、無駄に太るだけだ」
そう言った友人がいた。ひどい友人である。不毛の結婚生活に違いない。しかし一面の真理につい頷いてしまった私も悪い。

というわけで (どういうわけだ?) うちの奥さんをちっとは名の知れたレストランに連れて行く。
慇懃に迎え入れられて夫婦で足と手が一緒に出ないように心の中でいちにいちにと声をかけてテーブルにつく。
夜景にキャンドル、きらめく食器。足元にまとわりつくマロンがいないのが寂しい。
軽やかなステップでソムリエがワインリストを持ってくる。
「フム」 ボルドーであろうがブルゴーニュであろうが、まずは右端のプライスリストだけを手がかりに選択しなければならない。
「やはり、これにするか」 重々しくうなづき注文するが、要するにそれ以外の選択は財政的にあり得なかっただけだ。
ときにうっかりして、運ばれてきたのがハーフボトルであったりする。どうりで割安 (量換算ではメチャ割高) だったはずだ。
ティスティングのとき、ソムリエがにこやかにボトルを差し出したりすると、「おぬし、知っていたな」 と不信感がわき上がるが、こちらもにこやかにグラスを傾ける。レストランは、虚飾に彩られた一幕の劇場の舞台だ。

まずアミューズ(編集部注:フランス料理で前菜の前に出される突き出しのこと)。
「オレ、一口で食べられる」
「シッ」
次々とすり足で運ばれる料理。盛りつけも美しく、奥さんは 「ワア」 と 「キャア」 をよそゆきのトーンで発している。
「合羽橋で同じような盛りつけのサンプルを見たぞ」
うちの奥さんは無視している。こういうところでは会話を楽しむものだろっ。

大体が運ばれてきた料理にすぐに取りかかれないのはせっかちな私には辛い。何で目の前の皿にオアズケなのだ。今度からはマロンにはオアズケなしにエサをやることにしよう。
「三重の活きアワビと平貝のカルパッチョに今日の鮮魚をそえて、ボルト酒のジュレ。いろどりにスプラウトを散らして、ハ、おりますです」
夫婦して神妙な面もちで説明に聞き入る。何のことだか、ちっともわからない。
確かに釣り上げた魚に活きアワビはないよな、といった考えがちらっと頭をよぎる。

全部のディッシュに懇切な説明がつくのだ。
「カナダ産オマールエビにランド産フォアグラ、そこにビスタチオムースとマンゴーマリネを添えまして (これでぐっと利益幅を大きくしてます。ハハッ) それぞれの味わいの競演をお楽しみ下さい」
かっこ内のせりふは当然言うはずもないのだが、私にはシッカと聞こえた。

「ネ、ネ、記念ですもの、写真撮りましょうよ」
うちの奥さんがデジカメをそっと取り出す。
「そういうのはね、上野公園の西郷さんの銅像を口を開けて眺めるようなものだぞ」
私の言うことにも説得力がなかった。ギャルソンが素早くすり寄り 「お撮りしましょう」 と夫婦のツーショットを撮ってくれた。
これでこの夫婦は一世紀に一、二回しか、こういうところに足を運ばないということが明らかになってしまった。

最後にうやうやしく勘定書が運ばれる。
うちの奥さんがちらっと不安げな表情を浮かべる。このまま私が厨房に行って三日ほど皿洗いをしなければならない事態をおそれているに違いない。
幸いそういうことにもならなくて済み、レストランをあとにする。
「おいしかったわあ」

といいながらも、夫婦とも場違いなところから解放されてどこかホットしている。クキクキと首を廻しながら
「あそこ寄ろ」
なじみのスター○○クスでカフェラテ飲んで、やっと人心地がつく。レストランでも華やかなデザートと一緒にコーヒー飲んでいたはずなのに、ね。

そう、ごくたまにこういうところに行くのは、結局、つましい自分の暮らしのかけがえのなさを再確認するための儀式なのだ。
身の丈にあった自分のくらしの居心地の良さ、小さな生活の大きな安心にこの夫婦は帰っていく。

「さ、マロンが待っているわ」

コメント

マスター、皆様こんにちは。クマです。
奥様を誘ってレストランに行かれたとのこと、良かったですね。奥様を大事にされているのですね。奥様さぞお喜び満足したでしょう。喜んでもらう相手がいるのがうらやましい。そして難しい料理の説明をよく覚えていますね。改めてマスターの記憶力には賞賛の拍手を!
マスターの奥様への気遣いが感じられる今回の文章、私大好きですね。なんだかんだといいながら慈愛にあふれています。いいですね。奥様への愛を感じます。(^o^)
さて、町永カフェのクリスマス会&忘年会をやりましょう!マスター・林代理マスター!
マスター、皆様、お身体を温かくしてお過ごしください。では、失礼します。

かつてこういう思考というのは小市民の(プチブルジョアとも言ったっけ)幸福、と言いましてな、マ、なんと言いますか、志ある若者としては唾棄するものとされていましたな。
でもね、うちの奥さんと結婚するときつくづく思いましてね、この人だけは幸せにしよう、幸せにしなければならないな、とね。
ハハハ、若気の至りです。小さな男の小さな誓いでしかない。
閉じた志に未だ心痛む。友は許してくれないだろうとも思う。
でも他者の幸せを望むなら一番身近な人を幸せに出来なくて何が出来るだろう、なんてね、自己弁護と正当化の中で、歳月だけが茫々と流れてしまった。

うらぶれたカフェのマスターとして社会の一番片隅に身を置くしかない。
良いお年を。

マスタ~、こんばんは(^。^)
『小さな男の小さな誓い』
案外、女性にとってはうれしかったりするんですよぉ。
マスターの言う"一番身近な人をまず幸せにする”というのは、
とても大切なことですよね。
でも、時として近すぎて難しいことも多々ありますが・・・^_^;
私もこの歳になってようやく気がつきました。、
まずは自分を幸せにしてあげないと
周りの人を幸せにするなんてできないなと。

マスターんちとは違って、うちのクリスマスは
旦那さまも私も2人とも日が変わる前に仕事から
帰宅した状態で、しかもとってもヘンな夕食でした。
たこ焼き・黒豆・ポテトサラダ・銀むつの味噌漬け(←これだけは頂き物)
2人とも仕事で疲れてたんで、テキトーにコタツの
テーブルの上に並べたら、ありえない取り合わせでした。
思わず「クリスマスやのにあり得へんわ。普段の晩ご飯よりひどい取り合わせやわ。」
で、銀むつの味噌漬けだけは超高級なものだったようなんですが、
庶民の私には、他のお魚となんら変わりなく・・・(笑)
でも、こうして生かされて、住む家があって、
食べるものがあって、一緒にご飯食べる人がいると
いうことに感謝です。
2人して「こういう幸せは大切やなぁ」って話しながら
ヘンな取り合わせの晩ご飯を食べたクリスマスでした。
これもきっと記念に残るクリスマスの晩ご飯に
なるんでしょうね(笑)
では、皆さま、良いお年をお迎えください。
このカフェのおかげで楽しい1年でした。
来年もよろしくお願いしますm(__)m

マスター、皆様こんにちは。クマです。
年も押し詰まり、早くも今日が仕事納めです。今年一年いろいろありがとうございました。
マスター、皆様、良いお年をお迎えください。では、失礼します。

マスター並びにみなさま
札幌は、暖色系のイルミネーションが降り積もった白い雪を照らす、心温まるホワイトクリスマスでした。
今年は、奮い立つ勇気と心が和む笑いをたくさん頂きました。
大変有り難うございました。
生き抜かなあかん世の中ですが、息も抜かな生きていかれへん。
そんなことをしみじみ思った年の瀬です。
みなさん、良いお年を。

マスター、皆様、明けましておめでとうございます。クマです。
本年も何とぞよろしくお願いいたします。
さて、2日・3日両日、箱根駅伝の応援にいきました。国道1号線沿いの人の波が切れず大いに賑わい盛り上がりました。タスキを背負って走る選手が来るたびに『がんばれ!がんばれ!』の歓声が響き、そして最後の先週に近づくたびにその声は大きくなるのです。関東の正月の良き風物詩です。
では、マスター・皆様、お身体を大切にしてお過ごしください。失礼します。

みなさん、このカフェのマスターである。
遅ればせながら新年あけましておめでとう。
というか、正月というのはおおっぴらにお酒飲んで、グタグタごろごろ出来るのはうれしいものである。
それはともかく、今年はいい年になるぞ。
なんの根拠もないないが、そう思うことにした。
時代の閉塞にとらわれてたまるか。
僕らはつながることが出来るし、伝える言葉を持つことが出来るし、この社会を変えることが出来る。きっと。
そう思うことにした。
このカフェではそう思うことにした。
僕らをなめてはいけない。
だれに言っているわけでもないが・・・・・
おさけが残っているわけは少しはあるが・・・・

マスター、皆様、こんにちは。クマです。
年末年始の休暇中、奄美の白髪のおじさんの本を本屋で探し、買って読みました。
多重債務者が出てくる過程とそれに対して奄美の白髪のおじさんの具体的な対応・対策が出ていてとても良い本でした。わかりやすく一気に読んでしまいました。奄美の白髪のおじさんのご苦労の一冊、是非ともお勧めの本です。その本を探すのが大変かもしれません。大きな書店でしたら、法律問題等のところにその本は並んでいます。
では、マスター。皆様、お身体を大切にお過ごしください。失礼します。

マスター&皆さま、

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。
久しぶりのカフェのオープンが嬉しい(^。^)
年末年始はみんなとおしゃべりできなくて
寂しかったです。

いいおとさんのいる札幌は寒いだろうけど、
ロマンチックなクリスマスだったんですねぇ。
うらやましい限りです。
今回のいいおとさんのコメントでは大きな発見が
ありました。
まさか、まさかのダジャレ?
関西弁のコメントに思わず噴出してしまった。
なかなかやりますね~、いいおとさん(笑)

マスターもほろ酔い加減でいい感じ!
「僕らをなめてはいけない」
気に入りました。
ほんまですよ、国民をなめたらあかんと思います。
国民一揆(?)が起こらないうちに、政府は
気を引き締め直さなあかんと思います。

実は、旦那さんが本好きでいっぱい買うんです。
でも大抵は私が先に読んでしまうんですが・・・。
昨日は「客家(ハッカ)大富豪 18の金言」と
いう本を読んで、1人でめっちゃ感動してました。
人生を生きていくうえで、
そして商売を行なううえで大切なことが
分かりやすく書いてあるんです。
私が一番感じたのは、「やっぱり団結力っていうか
信頼をベースにした人の本来のつながりの強さって
すごいよな。」ということでした。
だからね、マスターの言う「僕らをなめてはいけない」なんです。
信頼で成り立っている私らの発信力や行動力を
なめてもらっては困るんです。

って新年早々、でっかく出てしまいましたが、
今年も(?)謙虚に1年を生きていきたいと
思っています。
よろしくお願いしま~す!

林代理マスターも顔を出して、松飾りもとれたし、いよいよ、このカフェも新しい年のスタートである。
林さんの「なめるんじゃない」への熱い共感と、「謙虚に過ごします」のギャップにのけぞるけれど、林さんの謙虚はすさまじくポジティブな「謙虚」なんだろうね。
デ、クマさんも書いていたが、奄美の白髪おじさんの著作の前文には
「当たり前のことを当たり前にやってきた」ということもかかれていたが、この謙虚さも圧倒的な迫力であるな。
改めて謙虚に「俺たちをなめるなよ、この現実を良い方に、当たり前の方に進めるからなっ」

マスター、皆様、こんにちは。クマです。
今日昼休み職場の梅の木を見たら、この寒さの中一つ二つ三つと咲き始めています。春遠からじですね。
では、マスター、皆様、お身体を大切にお過ごしください。失礼します。

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