
つながるということ
新宿の片隅のその居酒屋はいつにないにぎわいだった。
ふだんはあちらこちらで何組かのサラリーマンのグループがいるだけの店内が、いきなり大入り満員である。テーブルの間隔をくっつけ、片づけられた土間のスペースには椅子がぎっしりと並べられ、そこに次から次ぎに客がやってくる。名前を挙げれば、誰もが各界で実績を上げオピニオンリーダーと目されるそうそうたる顔ぶれだ。
「認知症と共にある社会を考えよう」と、立場を越え職種を横断し自由に語り合おうと、何人かの人が声を上げ、何人かの人が発起人となり、それぞれが何人かに声をかけたら、店にあふれるこのにぎわいになった。
医師に介護福祉士、自治体担当者、出版者、看護士、村長に議員秘書、テレビディレクターに、このわたしも片隅に混じっていた。
「認知症を巡って具体的にこの現実を変えていく提言をしよう。認知症と共にある社会を、これからの日本のあるべき姿としていこう」
ごくごく大雑把にいえば、こんな想いの下に集まった面々である。それにしてもこんなに集まるとはね。とりわけ発起人のメンバーはそれぞれ「これはオレの人望だな」と、勝手にニンマリしていた。 マ、はたから見れば単なるヨッパライの集まりと見えないこともないのが難点だったが、でも、全員が驚くほど真剣だったし、その語らいの内容は前向きで具体的だ。
「それぞれの立場が主張するだけでなく、もっと互いの声を聞こう。互いにつながることが出来たら大きなうねりになって、きっとこの現実を変えていくことが出来る」
介護福祉士が、唾を飛ばしながら熱く切りだした。唾は迷惑だったがみんなは深く頷いた。
「つながらなくっちゃ」緻密な理論家で知られる女性研究者も乙女のように頬染めて賛同した。
議論は深夜まで続いた。
これからの日本の「認知症」を考える上で、この宵はひとつの記念碑となるようなひとときだった。
700系新幹線のぞみは静かに夜の新大阪駅を滑り出た。
車両の一角には周囲を気にかけながらも、興奮と昂揚を押さえかねている一団が乗り込んでいた。
大阪で開かれた「自死遺族支援全国キャラバン」の関係者、参加者たちだ。
自殺対策を掲げ、去年の7月に東京で第一回を開き、その後9ヶ月で全国をキャラバンをして回り、その47番目、ファイナルの地が大阪だった。
一年で3万人の自殺者、大変な事態だ、とんでもないことだ。しかし、嘆くより呆然とするより、やることがある、やらなければならない。自死遺族支援の実行委員会は立ち上がるより早く動き出し全国を駆けめぐった。
9ヶ月で47カ所のキャラバン? 誰もが無理だろう、と思ったし関係者の中でさえ、出来るか?と思ったそのキャラバンをやり遂げた。やらなきゃ、ただその思いが重なり合い響きあって、駆け抜けることが出来た。
最後のキャラバンを終え帰京する新幹線。
虚脱と疲労と、メンバー同士の名残惜しさが交差する中、彼ら彼女たちの語り合いは途切れなかった。
実行委員会の主要メンバーで、自身も自死遺族である青年はこう語った。
「親に自死されたこの気持ちは、誰にもわかりっこない、ってずっとそう思っていた」 とっぷりと暮れた窓外を、街の灯がにじむように流れていく。
「でも自分の体験や気持ちをおずおずという感じ語り始めたら・・・」
缶ビール片手の年輩の参加者は優しいまなざしを青年に注いでいる。
「そのうち『わからないかもしれないけれど、わかりたい』という人が現れてくれて・・・・」この話をするとき、青年は必ず小さく涙ぐむ。悲しい涙ではない。そのたびに自分を生まれ変わらせてくれる決意の涙だ。親が自死したときの、ただただ辛い中で、悲しむことさえ出来なかった涙とは何という違いだろう。
「だから、語り続けてきた。キャラバンをやってきて、そう言う人が出てきたことがうれしいし、今度はまだ語ることが出来ない人の話を聞いていきたい」青年は晴れやかに顔を上げてそう言う。
人が人であることが出来るのは、つながることが出来るからだ。
「つながっていこう」
認知症に取り組む人々。自殺対策に取り組む人々。全く別個のように見えるこの課題は期せずして、同じ言葉で語られようとしている。
「つながっていこう」きれいな言葉に寄りかかるのではなく、身の内に十分に響かせて取り組んでいきたい。
(写真はフィクションです。笑)
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こんばんは^^無事帰還いたしました。
思ってたより義実家でもよい雰囲気で過ごせました。
リノが人見知りなく愛嬌たっぷりなのがよかったようです♪
私の実家では、それはそれは舐めるように
可愛がってもらえました。1年に一度会えるか
どうかの孫なのでこれも親孝行ですかね~
さて、私の話はいいとして、つながるということ、
素敵です。認知症、自殺対策にも共通すると
ありますが、結局全てに共通して言えますよね。
私が理想として考えていることが、まさにその
主張するばかりでなく、互いのことを聞こう、
もっと知って、手をとりあっていこう、という。
ダウン症者は数が多く研究なども比較的
すすんでますし、全国どこにも親の会などが
あります。それはそれでとてもありがたく、
何より居心地がいい、気楽に過ごせます。
でも私もリノも、当然一生ダウン症者とその
家族とだけ関わって生きていけるわけでは
ないですし、健常者はもちろん他の障がいや
病気の方々とも共生していくわけで。
だから、えー、うまく書けませんが、まず自分
がやっていきたいこととして、ダウン症を理解
してください、受け入れてください、と主張する
ばかりでなく、違う障がいをもつ子たちの親御さんとも
補い合い助け合って、そして健常児だって育児
はとても大変だということも再認識して、本当
の意味での共存、共生を目指したいです。
残念ながら現状では、ダウン児のママでも
(一例としてです)自閉の子とはちょっと・・・
とか、逆に自閉の子のママで「ダウンの子
のママには私の気持ちはわからない」とか。
けっこう多いと思うんです。口には出さずとも
そう思ってる方。確かに、特徴とされる性格
だとか、間逆のようなところもあったりして
ペースなども合わないかな、と単純には
思ってしまいがちですが。でも、障がいを
もつもの同士がまず分かり合おう助け合おう
という気持ちにならずして、健常の人に
「もっと知って、もっとわかって」って言うのは
なんだか矛盾してるような・・・こんなことを
よく考えてますが、人に言っても理想論だと
笑われるかなあなんて思ってあまり言えて
ません。まず同感してくれる仲間を手探りで
探してるというところです。
クマです。こんにちは。
いつもお世話になっています。
活きやすい社会をめざしたいですね。
両方の動きがその基盤になるとおもいます。
活きやすい社会を作る。誰もが思うことですが、忘れがちになってしまいます。
まなとさんたちの動き(自死遺族支援全国キャラバン)は活きやすい社会を作る原動力になると思います。ご無理せずがんばってください。沢田知可子さんの「gift」・「命の色」という曲をエールとしてお送りします。
吉田さん季節変わり目で不安定ですね。私も同じです。生きていることだけでまるもうけと考えて悪いことを考えないで明るくいきましょう。沢田知可子さんの「gift」・「命の色」という曲をエールとしてお送りします。
町永様、活きやすい社会をつくることは、小さなつながりから始まるのですね。このサイトもそのひとつで、それがやがて大きなつながりになっていき、そして活きやすい社会を作り始めるのですね。ありがとうございます。お身体を大切にお過しください。いつも本当にありがとうございます。では失礼します。お元気で。
リノのママ、ヒロミさん、クマさん、こんにちは。
春だなあ。新緑がまぶしい。毎年、桜の季節になると、桜の花の下でのんびりしたいものだ、新緑になると、あの若々しい緑の下をゆっくり散策して過ごしたいものだ、と思うだけで、ここ数年、実現した試しがない。
子供の小さい頃は、子供にせがまれて渋々、たまの休日、家でゴロゴロしたいのに、花見やピクニックのまねごとに出かけたけれど、その風景は今やとても得難い思い出の一ページだ。その意味、子供のおかげ、子供の力だなあ。今じゃ、うちの奥さんと一緒に出かけるというモチベーションが今ひとつわかないのだな。ウーム、危機であるな。
さて、リノママ、ヒロミさん。まずはリノにメロメロになったジジババの気持ちはよくわかるな。子供の力というのは、実は当の親は身近すぎてわからないところがある。でもヒロミさんは、ダウン症のリノちゃんのおかげで、子供の可能性や、力をしっかりと見つめ、信じているものな。あーたは、エライ。
つながることをこんな風に、自身の中でつかみ取ろうとしてくれると、かえってこのマスターは、偉そうにいっただけなので、恐縮である。
クマさん、いつも丁寧なメールの文体にクマさんの細やかな気配りを感じ、こちらもこのマスターの杜撰さを恥じ入ったりしている。クマさんも体調の好不調の波のなかで、吉田さんをしきりに気遣う。この本質的な優しさは何でありましょうかね。
クマさんが冬眠したり、さまよったり出来る場所がもっとあちこちにあればいいと思ってますぞ。このカフェがそんな場所になるといいですね。
では、最近、はまっているルイボスティーをどうぞ。
アフリカのお茶で、ちょっと癖があるけれど、体にはすごくいいんだそうだ。アフリカの大地のおおらかさとともにどうぞ。
町永様、こんにちは。
コメントありがとうございます。ルイボスティーおいしかったです。ありがとうございます。
吉田さんのことは、インターネットの上とは言え、つながったひとがいなくなるのは、寂しいというより悲しいことです。失いたくはないものです。そして吉田さんからは「小さな幸せを見つける」ということを教えていただいた恩があるからです。小さな幸せを見つけることの大事さは生きる力のひとつになりました。
さて、人のつながりは命の寿命と心の寿命を長く持たせる力があると思います。そして社会の寿命も長く持たせる力があると信じています。とにかくこの場で出会ったつながりを大切にしたいと思います。
私みたいな心が不自由なものにとってこのカフェは唯一を安住させる場と思っております。
また、来ます。お身体を大切にお過しください。
あと、ヒロミさん、こんにちは。
障がい者またその親同士、意外と分かりあうということはむずかしいですね。おそらく自分自身のことで精一杯で。いつか笑いあえ理解する日が来ると思います。大変と思いますが、お身体を大切にお過し下さい。
町永様、ヒロミさん、ではお元気で。
クマさん、ルイボスティー、気に入ってくれましたか。
ノンカフェイン、ノンカロリーだから、寝る前でもメタボでもおすすめです。
実はこのお茶、先日横浜に行ったとき、赤レンガ倉庫で「アフリカ・フェア」をやっていて、アフリカ各地の物産展も併せて開かれていたわけ。そこにはアフリカの人がたくさん、販売に当たっていたのだが、鮮やかな民族衣装に身を包んだ長身でスリムな体型がとてもかっこいい!
さらにその漆黒の肌のぴかぴかと光ったキメの美しさ。圧倒されたね。そのアフリカの人が、進めてくれたのがルイボスティーだった。
「おまはん、これ買うよろし。これ飲む。おまはん、ライオンより強く、インパラより速い、約束するよろし!」 こんな感じで圧倒的な巨人が実に愛想よく言ってくれた。
こんな風に遠くアフリカの人と言葉を交わしながらティーを試飲したのもうれしく、是非もなく購入したのだ。
今もルイボスティーを飲むたび、あの優しい瞳をした漆黒の肌のアフリカの巨人青年を思い出す。
これだって、つながるということだよね、クマさん。つながるってやってみれば、簡単で、そのあともずっと何かが残るような気がする。
ジャンボ!
町永さん、こんにちは。 まなとです。
前回、頻繁にコメントを送ってしまったので
ご迷惑だったんじゃないかとちょっと気になって
いました。
「つながるということ」
とても素敵なことですよね。この言葉をタイトル
に選ばれた町永さんも素敵です。(^_-)-☆
4月も下旬になり、まなとは本格的に活動を
するためにホームページをオープンしました。
ここでは、アドレスは書けませんがライフリンク
の藤澤さんに聞いていただければと思います。
そして、ある決意をしました。
でも、まだ内緒です。 5月に東京に行く予定があるので、
その時にライフリンクに行って
直接、私の決意を伝えてくる予定です。(^^♪
吉田さん、はじめまして。
まなとです。
なんだか、ご縁を感じます。
・・・というのも、私の旧姓が「吉田」でして・・・。
吉田さん、私は2年前に母を自死でなくしました。
だから、断言できます。
吉田さんが生きていることで迷惑を受けている
人は誰1人いません。
むしろ、吉田さんが生きていることで、吉田さん
の存在が誰かの支えになっていることの方が確かです。
これは、私が亡くなった母から教えられたことです。
人間、どんな状態でも、ただ生きているだけで
誰かの心の支えになっているんです。
なんか、一方的な書き方になってしまったかも
しれませんが・・・(^^ゞ
いつか、お会いできる日がくることを願ってます。
まなとさん、こんばんは。
今、夜である。
夜のこのカフェは誰もお客がいないから、まなとさんのような方が訪ねてくれるのは大歓迎で、迷惑などありようはずがない。
まなとさんとの、このカフェでの会話はとても楽しかったというか、ためになったというか、考えさせられた。
こんな風に互いにあーでもない、こーでもない、という考えが春の風のように行き来するのが一番だな。
まなとさんが吉田さんに言ってくれたことは吉田さんだけでなく、みんなの心に届く。言葉に力と熱があるね。
まだ内緒の、まなとさんの活動がどうであれ、世の中を変えるのは、なにもおエライさんではなくて、生活を担うひとりひとり、庶民といわれたり、市民といわれている人々であることは間違いないな。
さすがは、町永さん!
ほんとに素敵です(^_-)-☆
そうなんですよ! 今、ここで生きている私たち
ひとりひとりが『生き心地のいい社会』に意識を
向けるだけでOKなんです。
そして、自分に何ができるのか考え、実行する。
しかも、それが自分にとってもすっごくワクワク
することだったりする。
きっと、周りから見たら「大変そう~」って思われ
そうなことも・・・。
今日、ある方と半年ぶりお会いしたら
『ちょっと~、どうしたの? なんか、前よりすんごく
柔らかいエネルギーになってるよ~』
って言われました。
『恋してるんでしょ~?』って。
この言葉、ある意味正しいんです。
3月30日にある人とハグをした時、深いところで
感じたんです。『あっ、つながってる』って。
それから、人との出会いやふれあうことが
私の中でますます素敵なことになりました。
町永さんとのブログでのやりとりも!
今、私は『人との出会い*つながり』に恋して
います。
母のうつ病はとてもひどくて、本当に辛そうで
した。自分で自分をコントロールできないことの
辛さは体験した人にしか分からない。
でも、母の人生を一緒に生きてきたから、吉田
さんの辛さもすごくうなずける。
私の父は身体障害者、母は精神障害者でした。
でも、生命の尊さは健康な人と何も変わりません。
今、ここで一生懸命生きている。
ただ、それだけです。
だから、お互いをサポートできるような環境が
整ったら、日本はもっとすごい国になる。
ひとりひとりの意識の向け方ひとつで、日本は
本来のパワーを取り戻すはずです。
なんだか、とりとめのない文章になってしまい
ましたが、今の私が感じていることです。
当カフェのマスターである。久しぶりだな。マスターの登場は。
このマスター、ご存知の方はご存知だが、実は、いい加減なオッサンである。
で、そのいいかげんのオッサンがいろいろと考え込んでしまう事も、これまた実は多い。
このカフェを訪れてくれる、皆さんが「つながる」という事をひとつひとつ自分の体験から肉付けしてくれて、その意味でも「つながる」という言葉が「つながって」いくようである。
クマさんにしろ、吉田さんにしろ、そしてまなとさんにしても、客観的な状況としてはとても大変だ。過酷な環境の中にあったと言っていい。
そういうまなとサンが、「つながる社会、生き心地のいい社会について考えたり、実行する事ってわくわくする」なんて、とてもポジティブに言われると、まいったなあ、すっごい人だな、という感じ。
実はホントは「つながる」という事はそんなに簡単ではない。今、この瞬間も自分の周囲を厚いコンクリの壁に取り囲まれているような、切実な思いをしている人がいるはずだ。
どこかで、「つながりたい」という思いはかすかに点滅しても、今この時はそんな事は思いもよらない圧倒するような孤立感。声も出せず、身をちぢ込ませるしかない思い。
吉田さんもクマさんも、まなとさんもそんな思いを経験して来たのだろう。
でも、その思いを言えば、どんどん切実さ、深刻さの斜面にずるずると引き込まれてしまう。そうではない、出来る事は、今、伝わらなくても語る事なのだ。みんなそう思っている。
かたくなに拒否する鎧に向かって、あえて、みんな語っている。「つながろう」
いつか、分かる。分かってほしい。
「つながる」魔法は、縮こまった身体をほぐし、顔を少しだけ上げて、「つながろう」と思ったそのときに、妖精の粉のように、あなたに降り掛かる。
皆様こんばんは^^
皆様のやりとりを読ませていただき、うーん私もまだまだ
青二才だわ、と痛感です。年齢はそこそこ重ねていますが
障がい児の親となってはまだ2年ちょっとで、右往左往の
2歳児状態です。皆様のコメントはすごく勉強になります。
町永マスター(こんな呼び方変ですかね。笑)、私はまだ
褒めていただけるほどのことは実行してないので・・・(^^;
まだまだ「口ばかり」「思うばかり」がほとんどでして、
あれもしたいこれもしたいと頭の中でいろいろと考えては
いますが、現状では日々の生活でアップアップで気がつけば
今日も一日終わってた、みたいな・・・
もしもこれからも数年後も、こうやって町永さんとも
つながっていられたとしたら、そしてその時私が何か一つでも
理想を現実とすることができていたら、その時には
たくさん褒めてください♪また、その時まだ何もできず
ウジウジウロウロしてたら、喝!を入れてやってください。
クマさん、私にまでお言葉をありがとうございました。
確かに、同じ障がいを持つ子の親同士でも考えが
合わない人もいるので、理解しあうというのは口で言うほど
簡単ではないな、とは実感しています。
でも、私が障がい児の親となって、私の元々の友人などは
もっと知ろうとしてくれてたり、新聞などに何か障がい関連の
いいエッセイなどが載ってたとすると、私が気づいてるかな、
とメールをくれたりします。リノの成長を一緒に見守り
喜んでくれたりもします。リノを授かってからは以前よりも
世の中捨てたものじゃない、というのを強く感じるようにもなりました。
嫌な事件やニュースが目立つ昨今ですが、悪い人悪いこと
ばかりじゃないですもんね。こうやって少しづでも、
あちこちで人と人がつながっていけたらいずれはとても大きな輪になるかもしれません。
諦めずにがんばります☆
ヒロミさん、いいなあ。いや、ほめられるようなコトしてないっていますがね、そんなことはない。
「口ばっかり」「思うばっかり」と言いますがね、そんなことない。
だって、子育てって「口ばっかり」「思うばっかり」じゃ出来ませんぜ。リノちゃんの笑顔は口ばかり、思うばかりでは生まれません。
ヒロミママのホントの思いがこれ以上ないほどの具体的な形で現れたことのご褒美です。きっと。
世の中、悪い人ばかりではない。そのとおりだなあ。
誰にもが必ず、母という女性のおなかから生まれたのですからね。
へその緒で「つながって」いたのだ。
町永様、こんにちは。
久しぶりに、お邪魔させていただきます。
4月から復学した学校の方も、ようやく、落ち着いてきました。
「つながる」って、とても大切なことですよね。
私は、つながる=連携であるとも思っています。
介護職にとって、このことがとても大事だということを、今回、改めて、実感しました。
学校でも、友達とつながっていなければ、大切な情報を知らずに、過ぎてしまうことも少なからずあります。
でも、それには、自分が自分の殻に閉じこもっているのではなく、オープンにする必要があるんだなぁって、復学し、新しい学年に仲間入りしたことで、思いました。
ひゃ~なんともありがたいお言葉(☆☆)
なんか嬉しいやら照れるやら、真に受けてもよいのかしら
という気分です。日頃の暮らしの中で平凡な自分のことを
こんな風に褒めていただいたことがないのでなんだかとても恐縮であります。
一番近くにいるはずの誰かさん(旦那!?)は
そんな言動一切ないので・・・2ヶ月先の私の誕生日、
今年はどんな日になるかしら~という感じです。
去年は一切無視(忘れてた?)でしたし。
年に一度くらい嘘でもねぎらいの言葉くらい言って
くれてもバチあたらないと思うんですけどね~
町永さんは奥様に感謝の気持ち表してますか(笑)?
してなかったら、ぜひ、してくださいね♪
ネットとはいえ、こうして町永さんとつながっていられる
こと、今の時代に生まれたからこそですし、
私はまず、リノの存在がなければこうして福祉関連の
番組にも関心もたなかっただろうし、今こうやって
町永さんにメッセージを送ってることもないと思うんです。
そうやって考えると(こういうこと考えるのが
好きなんです)
私がレンとリノの親となれたことも、町永さんと
出会えたことも(お会いしてはいませんけどね)
「すべて必然」だなあとつくづく思います。
ま、つまり文句ばかりしか出ない旦那とも
必然だってことになりますが(苦笑)ま、いいか。
彼なくしてレンとリノは生まれなかったし。
今日は気分よく眠れそうです♪明朝おいしい
コーヒーお願いします^^酸味は少ないものが
好みです☆
shioriさん、ヒロミさん。ようこそ。
最近、このカフェはおしゃれな女性でにぎわっているようである。このマスターのフェロモンのせいであろうか。
春になると、妄想がわき上がるようだ。
でも、ほんと、福祉の世界に、今もっとも必要とされているのは、shioriさんのような柔らかな感性と、ヒロミさんのような確かな生活実感、母としての実践でありましょうな。
さて、介護職を目指してのshioriさん、復学、良かったですね。shioriさんのような人にこそ、介護職になってもらいたいものである。
周囲の人とのつながり、とshioriさんは言うが、実はその周囲の人の方でも、shioriとのつながりを求めているのに違いない。
幼い子供と歩くと、自分勝手に歩き回るくせに、何かの拍子に子供の方で手をつないでくることがある。
こちらの手にすっぽりと包み込まれる、ふにゃふにゃの柔らかい幼子の手の温かさ、はかなげな感触、あれが「つながる」原点な気もするけれど、どうでしょ、ヒロミさん。
ヒロミさん、このマスターは古い人間でして、なかなかうちの奥さんに面と向かって感謝というのはねえ・・・・・・
でも、その代わりといっちゃなんですが、たまに外食に連れて行くと、とても喜ぶね。
「いつも、こんなおいしいもの食べてるのね」とか「ここ、高いんでしょ」を連発しなければもっといいのだが。
マ、感謝の気持ちとしては、こんなものかなあ。
それでは、ヒロミママ、shioriさんには挽きたてコーヒーをどうぞ。
ヒロミさんのリクエストで酸味の軽いものと言うことでしたので、マンデリンの甘みをお楽しみあれ。
町永さん、こんばんは。
まなとです。
今回から実名で投稿することにしました。
実は、4月下旬ごろから実名で自死遺族支援
について語ることが、私の中でリスクではなく
なったので実名を公表することにしました。
(とは言っても、妹たちのことを考えると気持ち
は複雑ですが、自分の生き方を示していくしか
ないと思っています。)
これからもどうぞ、よろしくお願い致します。
(^o^)丿
まなとさん、いや、林さん、町永です。
「ある決意」というのは、この事だったのですね。
林さんの中で、いかに大きな勇気ある決意だったのか、私には想像もつかない。
でも、その事が林さんの中でも、とても大切な事だったのかは、よくわかるような気がする。
その決意に敬服。春盛りの決意がさらに次の季節の大きな実りをもたらしますように。
でも、まなとさんもすてきなペンネームだ。
この私も、時折、さえないカフェのマスターに入れ替わったりしますからね。
町永さん、たびたびこんばんは。
先日、初めて実名で投稿しましたが、今日新たに
決めたことがあります。
私は「Guiding Light」というホームページを持っていますが、
そこに『ときどき、自死遺族』というページを
作ることにしました。
私の体験談や、つどいの日程などなど載せて
いこうと思っています。
自分にできることにチャレンジするには勇気も
いるので、これからも応援してください。
よろしくお願い致します。m(__)m
町永さん、
コメントありがとうございます。
“まなと”というニックネームは、実は将来私が
子供を産むことが出来たらつけようと思っている名前なんです。
今は、まだドクターストップがかかっているんですが、
OKが出たら、子供を産みたいと感じてます。
私の中では男の子のような気がしていて
それで“まなと”なんです。
漢字では“真詞”か“真音”にしようと勝手に
決めてます(^^♪
(↑旦那様の意見がまだ反映されてません!ガハハ…)
もし、子供を産むことができたら是非、町永さんにも会っていただきたいです。
こんにちは。クマです。
今回は、マスター大忙しの回ですね。お疲れ様です。
いろいろなひとが立ち代り、
次々と書き込みそして教え教えられ、
つながっていきます。
そしてつながりは新たな次の人へとバトンタッチされていきます。
つながりが大きくなっていきます。
次はさてどんな人にバトンタッチされていくのか。
まるで水面に落ちる水の一滴の波紋のようです。
広がれ、広がれと思います。
マスターお身体を大切にしてください。では失礼します。
クマさん、ホント今回は大忙しと言うより何か不思議な力に満たされていくような、そんなカフェだな。
立ち寄ってくれるみんなの言葉に耳を傾けるだけで、どんどんつながりが見えてきたような気がする。
林さんの書き込みも、呼んでしばらくはほほ杖をしたまま、考え込んでしまった。
「自死遺族」のおひとりである林さんが将来は子供を産みたいという。「いのち」の切実なつながり。つなげるものは「まなと」 真実の言葉、音。
林さんの投げ込んだ言葉だけでも、クマさんの言うとおり、湖面に投げ込まれた一石のように、心に確実に広がっていく感覚に満たされる。
そして、クマさんのように、広がれ広がれと見守る周囲の人々。
こう言っちゃ何だが、このカフェ。なかなかのものだなあ。