
一鉢の草花をあなたに
春は旅立ちの季節である。
初めてのひとり暮らし。いいよなあ。何もかも新鮮なはずだ。
親元から離れての初めてのアパート暮らし。狭い部屋ながらもわが城、わが人生である。なけなしの小遣いをはたいてお気に入りのインテリア。休日は好きなCDかけて思いっきり寝坊するぞ。
そうそう、その意気。でもね、ひとり暮らし、社会人の生活というのはそうそう一直線に進むというわけにはいかない。
毎朝の通勤ラッシュ。仕事のつまずき。人間関係のあれこれ。自分の人生と夢を実現するためのスタートダッシュだったのに、たちまちの失速、なんてこともあり得るからね。
「あーあ、こんなはずじゃなかったのになあ」
交差点の信号待ちの人混みの中であなたは小さなため息をつく。
今日も残業。といっても自分の小さな仕事のミスで、そのために遅くなってしまった。先輩も周りの人たちもとても優しくて「大丈夫だよ」と言ってくれて自分も明るく答えたつもりだったのに、夜の帰り道をたどるうちに「やっぱ、わたしダメなのかも」なんて思ってしまうあなた。学生時代はポジティブ○○ちゃん、と言われていたのになあ。おっと、コンビニコンビニ。明日の牛乳とパンを買っていかなくっちゃ。
あなたはアパートに着いた。バッグの中をかき回して鍵を取り出しガチャリとドアを開ける。ガチャリという音が身をすくませるように冷たく響く気がする。
室内は当然、暗い。初めのうちは「ただいま」と室内に張りのある声を投げかけて入ってきたのに、次第につぶやきになり、今は押し黙ったまま、電灯のスイッチを入れる。蛍光灯に白々と照らし出された部屋。帰ってきた時に暗いのがイヤなのだろうか、それとも電灯をつけた時のこのウソ寒い感じがイヤなのだろうか。遅い夕食の支度をしなければならないのに、あなたはそこに座り込んだまま動かない。
「あーあ」
動かないあなたとコンビニのレジ袋を蛍光灯の明かりが照らし出している。
そんなあなたに絶好の手がある。これは絶対のおすすめ。
マ、こんな風に軽く無責任に言ってしまうところに深い意味があるのだがね。それはともかく、おすすめは、まずは一鉢の草花を手に入れることである。
草花と言っても何でもいい。休日に近くの園芸店に行ってあれこれ選ぶのも楽しい。園芸ショップの人たちは元々草花が好きだから、聞かれればあれこれと喜んで教えてくれるはずだ。今だったら、定番はビオラ、パンジー、サフィニアかな。草花でなくてもいい。シダでもサボテンでもいいのだ。とりあえずは「あ、これいいかも」と思ったら、その鉢を買って帰ろう。
ほらね、草花の鉢を抱えただけで、あなたの帰り道の風景ががらりと変わるでしょ。何となくウキウキ。
おっ、こんなところにスターバ○○ス。ありとあらゆるところにあるな、こいつ。今度恩田陸の文庫もって立ち寄ってみよう。
部屋に帰る。ガチャリという響きがウフッという感じ。
どこにこの鉢、置こうかなあ。キッチン、窓際、パソコンの横。実際に置いてみて、ちょっと離れて眺めてみたりして。
ありふれたパンジーの花の色彩はなんてやさしいのだろう。自然の生んだ色は、ほかのどんな色よりも浮き上がるように感じられ、室内の中心点になっている。たった一鉢置いただけで、あなたの部屋はやっと人の住むあなた自身の部屋になったような気がする。
植物の基本はたった二つ。日射しを好むのか、明るい室内か。過湿なのか、乾燥気味か。まずはこれだけでよろしい。あとは水やりのこつさえ、マスターすればいい。
近くに寄ってその鉢をまじまじと見れば、根本にはすでにたくさんの蕾が並んでいる。花殻を摘んで、枯れた葉を取り除き、「ほんとに手間がかかるんだから」と言うあなたの顔はとても輝いている。
あなたが世話しなければ、この地球上の小さな仲間は枯れてしまう。この小さな変化は、あなたの暮らしをやさしく変える。
夜、帰ってきたあなたは電灯をつけると「ただいま」とその鉢にきっと挨拶する。
実際、サボテンに電極つけての実験で、サボテンにやさしく話しかけると、ウヒッウヒッと波長が反応するのだそうだからね。(ウヒッとは言わない)
そしてささやかな夕食を作って、今晩は缶ビールだ。プシュッとタブを引き上げ、鉢にむかって「かんぱーい!」
メデタシ、メデタシ。
えっ、こんなにうまく行くはずないでしょって。
悪いこと言わないから、今度の休日、園芸店に行くべし。




お久しぶりです(^^)
リノのイタズラが激しくなってきてPCを
開けない日も多々・・・おかげでなかなか
こちらのカフェにもこれずでした。桜餅、もう
売り切れましたか?私も道明寺派です♪
しかし今日のマスターは詩人?エッセイスト?
なんだかちょっと違う雰囲気。文面から
受ける感じは穏やかな心情とでもいうか、
最近はよく眠れてるんですかね・・・?
愛情いっぱいな感じがします♪
正直、私は植物を育てるのがとても不得手で
やはり楽であると聞いたサボテンを一度
買ったことがあるくらいでしょうか・・・
母は生け花もでき実家の庭にはいろんな
草花があり花をたやさないような家なのですが。
なんで私はこうなったのでしょう(苦笑)
ひとつ前の皆さんのやりとり拝見しましたが
コメントにレスできなくてすいませんでした。
それにつながることですが、日曜から一年ぶりに
九州の実家に帰省してきます。(現在新潟在住)
新潟もおいしいものたくさんですが
やはり九州の方が口にあいます。
そして母の手料理はやはりホッとします。
私の実家は大分県なのですが、
代表的ともいえるのが「とり天」というものです。
唐揚げとは違ってなんともいえずおいしいです。
お店や各家庭で味付けもけっこう違いますが、
母のとり天はいまやレンの好物でもあります。
今回はリノも初めて食べれるかな。
そして今回、義実家にも帰省します。リノの
ことでちょっとギクシャク気味なのでどうなる
ことやら・・・ですが。また報告にきますね。
笑顔を見て純粋にかわいいと思ってもらえたら
いいなあと思ってます。
実家はPCがないのでまたしばらくこれませんが、
忘れないでくださいね~
リノのママ、ヒロミさん。
ほほほ、そうなのです。わたしは詩人なのです。
やっぱ、わかるヒトにはわかるんだよなあ。このピュアな詩人の魂が・・・・・
それはともかく、ヒロミさん、今頃は大分でしょうか。トリ天、有名ですよね。実は何を隠そう、今を去ること、30年ほど前、わたしは乳飲み子を抱えて妻と二人で大分で勤務していたのです。あのころは「村おこし」で活気があった。休みの日には湯布院の温泉に浸かっていたっけ。
親っていいですよね、いくつになっても無条件で甘えられるのは、親だからですものね。
ゆっくりしてらっしゃい。リノの天使の笑顔はみんなの優しさパスポートだからね。大丈夫。
帰ってきたら、また報告を待つ。それまでに桜餅はこちらで食べておきます。
おみやげはふぐのちり鍋セットでいいからね。
町永様、皆様こんにちは。クマです。
観葉植物ですか・・・枯らしたことがあり、苦手です。
昼休み外を見てみると梅の花がもう散り始めています。その花吹雪の中を歩くのはいいものです。そしていよいよ桜の花が咲き始めています。
星占い信じますか?この頃わるい占いばかりで心は散々です。疲れてしまっています。何か魔よけの飲み物をいただけませんでしょうか。よろしくお願いします。
クマさん、春が来ましたね。もう桜が咲いてますよ。
あのですね、星占いで、さんざんな目に遭うよりはやっぱり一鉢の草花に毎朝、声をかけた方がいいと思うがなあ。
マ、星占いも悪くないとは思いますが、いいときだけ真に受けりゃいいんだって。
そうも行かないのがクマさんの繊細なところなんでしょうね。
そうそう魔よけの飲み物ね。これはどうでしょ。
ドクダミ酒のニンニクすりおろし。(こりゃ、魔よけじゃなくってドラキュラよけだな)
最近はやっぱり日本茶ですね。少し値のはるいいお茶を買って丁寧に煎れるととろりとした甘さが和菓子にぴったりですぞ。和菓子の甘さは植物のやさしい甘さ、クマさんにぴったりな気がするな。
町永様、皆様こんにちは。クマです。
お陰様で日本茶飲んで、心の厄払いを日々行っております。ありがとうございます。
自分に合う寛容(観葉)植物を週末さがしたいと思います。
本当にありがとうございます。また来ます。
町永さま、はじめまして。
・・・でも、一度お会いしています、大阪で。
3月30日の全国キャラバンで、大阪のキャラバンメッセージを宣言したものです。
あの日は、私にとっては予定外な登壇となってビックリだったんですが、とてもいい経験になりました。ありがとうございました。
(主人は、「あっ、町永さんや!」ってミーハーぶりを発揮してましたが・・・(^^ゞ)
2年前の今頃、私はPTSDでバッタリ自宅入院でした。
そして去年の今頃、『冬眠』から醒め、
今年は『啓蟄』のようです。
ようやく前向きに動けるようになってきました。
大阪のキャラバンメッセージ、今では
『工夫しだいで、できることはいっぱいあんね~ん!』って言えば良かったと思ってます。(^^♪
そばに、町永さんと清水さんがいてくださって本当に心強かったです。
町永さんとのご縁、ありがとうございます。
まなとサン、こんにちは
そうか、あのキャラバンの大阪のメッセンジャーだったんですか。すばらしかったですよ。
「工夫次第で、出来ることはたくさんある」
先日、大阪で開かれた「自死遺族支援全国キャラバン」のフィナーレの様子だ。
自殺を防ぐには、と言うテーマでなんとなんと四時間のフォーラム。長時間だなあ、っておもっていたら、あっという間に熱い想いの奔流に巻き込まれるように終わってしまっていた。
まなとサンは、今「啓蟄」かあ。あのメッセージ、とても力強く、明るく響きました。だから「冬眠」からさめたばかりなんて、とても意外です。でも、啓蟄ですから、ゆっくり顔をのぞかせて、そおっと周りを見るといいですよ。うん、近くに旦那さんがいるから大丈夫。桜が散って、葉桜の頃に歩みを初めて、ひょっとしたら飛び始めるかもしれませんね。
フォーラムの帰りは、身近な人を自死で失った人や関係者のみなさんと新幹線で一緒に帰った。
ずーっと、ずーっと、語り詰めだった。自殺のこと、自分のこと、社会のこと、そのほか、いろんなことのすべて。
語ることの出来ることがこんなにもすばらしいことなのか、大切なことなのか、息をのむような思いで聞いていた。
「自殺を語ることの出来る死に」
去年の第一回のキャラバンの時の合い言葉だった。
まなとさん、これからもよろしくね。
町永さん、
早速のお返事ありがとうございます。
新幹線の中の雰囲気が伝わってくるようです。きっとみんな“熱い想い”を語ってたんだろうなぁ。
清水さんを筆頭に・・・(^^♪
全国キャラバンの1週間後、大阪では土曜日のつどいがありました。
私も、もちろん参加してたんですが、みんなの顔見てたら号泣モードに入ってしまいました。
私が全国キャラバンで登壇してメッセージを宣言できたのは、本当に多くの人に包まれて今日まで生きてきた証だと深いところで感じたんです。もちろん、つどいのメンバーも入ってます。だから、感謝の気持ちしか見つかりませんでした。『ほんとうに本当にありがとう。登壇したのは私だったけど、あのメッセージにこめた想いはみんなの想いの結集なんだよ』って。
大阪でのキャラバンのあとだっただけに新しい仲間も増えました。
そして、シェアを聞いていて思いました。
『こんなにつらい想いをしてまで頑張って生きているんだから、だからこそやれることはいっぱいあるんだ!』って。
『絶対、生命に優しい社会を創っていくんだ!』って。
あっ(^^ゞ 私、なんか熱く語ってますね。
いかん、清水さんモードになってきた・・・(^^♪
町永さん、『死』を語れる社会もすばらしいけど、
人生色々あっても、生き続けることのできる社会がどれほどすばらしいか・・・
日本の憲法ではちゃんと保障されているはずです。
今は、まだ未熟な社会だけど、その憲法の理念を現実にしていく時なんだなぁって感じています。
ライフリンクはまさにそれをやろうとしているような・・・。
『啓蟄』の私は間違いなく、多くの仲間に包まれて、今生かされています。みんなの想いが私を更に活かしてくれています。
人との温かいつながり感じる今日このごろです。
これからも、ずっとずーっとよろしくお願いします。(^o^)丿
まなとさん、熱いですねえ。いいですねえ。
今時の若者はちょっと斜めに構えて、シニカルな感じって言うのが、クールだと思っているかもしれないけれど、このまなとさんの熱くまっすぐな言葉を受けて見ろってんだ。
いや、パワフルな「啓蟄」だなあ。
そのまなとさんも冬眠して号泣してしまう、いくつものトンネルがあったんですね。
話は変わるが、このマスターは雨の日というのも結構好きなのである。スキッとした晴れ上がった日ももちろんステキだけど、しとしと降る春の雨っていいものだ。
小さな庭のガーデンパラソルの下でコーヒーマグを手にじっとしていると、腐葉土の香りが漂い、黒くぬれた土を割って草木の芽が伸びていくのが見えるようだ。
こんな風に雨に降り込められてぼーっとしているときにこそ、実は熱い思いが自分の心の深いところでたぎってくる気がする。
まなとさん、身近な人の自死を語ることができなかった多くの人は、自分の命の輝きを自分で封印してきたんですね。
語ることで、まなとさんのように命を実感し、仲間を見つけるのだと思います。
まなとさんのように熱く語る人がたくさんいた方がいい。そしてその傍らに小さくつぶやく人も同じようにきっとたたずんでいる。
語り合える仲間のいることに乾杯である。
マスターから、軽めのアルコールのサングリアに氷を浮かせて、「乾杯!」
さすが、町永さん!
かゆいところに手が届く!?
そうなんですよぉ、命の輝きを封印してしまうんです。
・・・というより、封印しないと直後に訪れる
「お通夜」「お葬式」「逮夜」「四十九日」「百ヶ日」「一周忌」などなどをこなせないんです。
悲しんでる暇がとれないんですよ。
私も泣く暇ありませんでした。
しかも、徹夜でお通夜の準備をしたため
本番でコクリコクリを居眠りしてしまいました。喪主なのに・・・(^^ゞ
でもね、ある程度、時が経てばもう一度
命の輝きを取り戻していいんです。
それまでより、どんなに自分の命が尊くて、
美しくて、愛しいか感じるはずです。
そして、それを活かそうと・・・。
まぁ、失恋と同じで忘れることはできませんけどね・・・
私も自死遺族ですけど、今後何らかの形で
命の輝きを取り戻すお手伝いができたなぁって思っています。
町永さん、いつかお会いしてゆっくりおしゃべりしたいですね!(←勝手に私が思ってます)
報道関係者としてではなく、1人の人間として
町永さんに魅力を感じてるまなとです。(^o^)丿
クマです。こんにちは。
まなとさんと町永さんのメッセージを読んで心が温まりました。
このページを見て、自殺を思いとどまる人がいると思います。
励まされて、元気を取り戻す人がいると思います。
ありがとうございます。
かゆいところに手が届く。
さすが、まなとサン、鋭い指摘です。
そうです、わたしは「しゃべる孫の手」と呼ばれているのです。
それはともかく、やはり、まなとサンも自死遺族だったんですね。こんな風にさらりといってくれると、こちらも身構えなくてすむのですが、でも一方で、まなとサンがこんな風に言えるようになるまでには、さぞかし大変だったのだろうと、改めて思うね。だからこそ、命の輝きがこちらにしっかりと伝わるような気がする。
まなとサンのように「実はわたし、自死遺族なんだ」と、心の奥深くではありったけの勇気と決意をかき集めて話し始めて、でもそれを聞いた人が「ふーん、そうなんだあ」と変に深刻にならず、当たり前に向き合ってくれて、「大変だったんでしょう?」
そんな風に話が続くといい。
自死遺族のみなさんの周りでそんな会話があちこちで生まれたら、それはそのあちこちで命が輝くってことなんだろうなあ。
そうなってほしいなあ。
こんにちは。お久しぶりです。自ら死のうとして入院していまして...。主治医からもまだ入院していた方がよいとのことでしたが頼み込んで先日退院したところです。たぶん、また入院します。自死遺族さんの方に会って是非お話しを聞きたいと強く思います。生きてても迷惑をかけ、死んでも迷惑をかけるのだったら死んだ方がいい。そう思うからです。今、生きてしまっている事が非常に辛いです。旦那が帰ってくるまで家にひとり...そんなことばかり考え続け...自分では答えだせないのに...。マスターのハーブティだけがこころにしみる。きっと自分は生きたいんだと思う。だけど上手く生きれない。「17才のカルテ」みたいです。
クマさん、町永さん、
コメントありがとうございます。
そうなんです、普通にしゃべることで命の輝きを取り戻してくださる方がいらっしゃるとしたら、
それは、ほんとにうれしいことです。
私の命も更に輝きます。
「そういう存在である」(←言い切り!)と、自分に言い聞かせて今を生きているまなとです。
吉田さん、まなとさん
はじめまして。番組プロデューサーのミヤタと申します。カキコミありがとうございます。ちょうど町永さんが書き始めていた新しい回の原稿を、お返事の代わりにアップしています。「つながるということ」というタイトルです。ぜひご覧になって下さい。