
「一人ひとり違っている」ことが豊かさ。

4月から放送を開始した福祉番組「ハートをつなごう」。同番組で、堀尾アナウンサー、ソニンさんとともに、キャスターを務める石田さんは、「収録は毎回、少しも聞き逃せないほど内容が濃いので集中力が必要ですが、出演者の方からは大きな刺激と勇気をもらっています」と語ります。これまでの放送を通して、石田さんの率直な感想を聞きました。
番組ではこれまで、「認知症」「発達障害」をテーマに取り上げました。共通していると感じる点はありますか。
人の「強さ」でしょうか。今まで不透明で、よくわからなかった状況が理解できた時、人はそれをちゃんと受け入れていけるんですよね。そこに生きていく「強さ」、受け入れる「強さ」を感じます。発達障害を持つお子さんのお父さんが、「ずっと待ち望んでできた子どもだったので、障害があるからといって、そんな辛さはおおきなものではない」とおっしゃっていたのが印象的でした。
これは、みなが一様に持っていて、誰にでも発揮できることだと思うんですよ。困難な局面に置かれた人が強さを発揮しているのを目の当たりにするにつけ、そう思いますね。人が人を受け入れたり、今の自分のありのままを受け入れたりする、あの感覚は小説の題材としても興味深いものがあります。
番組内で「まず “人”があって、次に“病気や障害”がある」ことを強調されていますが、もう少し詳しく聞かせてもらえますか。
人は往々にして、相手の「障害」や「病気」など表面上のものばかりを見てしまいがちだと思うんですよ。でも、実際に会うとその人の「人間性」や周囲の支える人々との「関係性」に気づくはずです。認知症になっても、自分の人間性を保ちながら、結局なんとか生きていくんですね。失われていくものもあり、大変なことも出てくるだろうけれど、基本的なその人らしさ、“地”の部分というのは変わることなく、残っていく。人はその障害や病気を持つ以前から備わっている、その人の「人間性」や「関係性」の中で生きていけるものなのだということ。どこまで行っても最後に残るのは“自分”なんだとわかって、心強く感じましたね。
関係性という意味では、パートナーの大切さも語っていらっしゃいますね。
番組を通して、認知症になった方が、色々な能力が落ちていく中で、その人の“地”の部分が残り、またそれをきっかけに夫婦の絆がかえって深くなっていく様が見えたときは、感動的ですらありました。友人でも代わりができない、パートナーとだけの濃密な関係は、ある種のセーフティネットでもあると思いますよ。夫婦であることは、面倒や、ややこしいこともありますが、少なくとも危険を半分に減らせますからね。近年未婚率が上がっていますが、結婚するというのは大きなことだと改めて感じています。
石田さんの小説では、いろいろな人のいろいろな生き方が描かれています。あらゆる人がその人たちらしく生きて、「共生」していることを大切にされているように思えますが。
僕はよく「都市」を描きます。都市にはいろんなタイプの人がいて、変わった人もいるところが面白いんですよ。池袋にしたって、下北沢だって雑多でしょう。そこがいいのです。「現代」というのはいろんな人が集まる時代なんですよ。私たちは、「人はみな同じ」と思いがちかもしれませんが、そうじゃない。一人ひとり違っているわけです。そのバラバラな感じが、ある意味「豊かさ」であるとも思うんですよね。その「豊かさ」がさらに受け入れられるまでになればいいと思います。「発達障害なんて、別にフツーのことじゃない」と言えるようになればいいですね。それが共生だと思うんです。
まだ日本は、障害者や老人が外に出て歩いていないと思います。車椅子であったり、お年寄りのカップルが手をつないでいる姿であったりが、もっと当たり前の風景のようになればいいですね。
(2006年8月18日にインタビュー収録)




こんにちは。
8月放送分の収録のときに、名刺を配ったものでございます。思い出していただけましたか。
あの時は、みなさまから助言をいただきまして、ありがとうございました。
石田衣良さん、番組時は滑らかなこめんとありがとうございました・・・感動しております。
障害・病気、もっとユニークな人たちが、ちょっと普通じゃないということ、でも楽しいよ・・・違う目線から物事が見えるから、言える社会と声に出せればいいですね。
私は、障害者という位置づけで半年になりますが、人間性がちょっと笑わせてしまうキャラクターなので、これで今、生きていけているんだと、私自身にも感動しつつ、周りのみなさんにも感動しつつでございます。
だから、私は「障害をカミングアウト」します。
つつみ隠さずに、真っ直ぐ真剣にです。
もっと、多種多様な人があふれる、日本になって欲しいですね・・・将来は楽しみです。
いつか、番組をご一緒させていただく機会がございましたら、これからもよろしくお願いします。
それでは。
ハートをつなごう、いつも拝見しております。
石田さんは、他の番組においてもそうですが、本当に優しいコメントをなさいます。なおかつバランスをとりながら本質は突いておられ、見ていて安心できるのです。奇をてらわずに、泰然としていらっしゃるから言葉がスーッと入ってきます。これからもこの番組内で、優しい存在であり続けられますように。
ちなみに、わたくしは七月に新宿であった朝日新聞カルチャーで、帰りに思いがけなく、お話がちょっとできた者です。あの時も優しくて色っぽい石田さんでした。
はじめまして。17歳の女子高生です。10月2日の放送をふと見て、コメントを送りたくなったので。
あたしはリストカットを学校にカミングアウトしたのですが、学校に「刃物を持ち込むな」といわれ、断って退学してきました(笑)。学校側にリスカの説明を何回もしたのですが、受け入れてもらえないと感じたので。学校側や大人は、「親権」ばかりみて、なんでも保護者に話してしまう気がします。それこそ、プライバシーや人権・自己決定権なんかは認めてもらえません。未成年者のあたしたちのコンプレックスの根本はここらあたりにあるのかも知れないと思っています。
自分がしていることが正しいことかどうかは分からないし、きっと後悔することもあるだろうと思います。けれど、いまあたしは自尊心をもって(高慢?)動けているので、満足しているところです。
「ハートをつなごう」のような活動をしていらっしゃる会社は少ないと思うので、すごく嬉しいです。ちなみに石田衣良さんのファンだったりします。
コメントは1000字程度……と書かれていますが、これで500over。さすがにこれ以上は無理そうなので、ごめんなさい。
こんにちは
この前、発達障害のお子さんをもつ夫婦が話し合い(討論?)をしている放送を見ました。その番組の最後に石田さんが「全国の夫婦は偉い、ほんとみんなよくがんばってるよね~」というコメントを出しておられましたが、私もそう思います。
お恥ずかしい事なのですが、この番組を見るまで私は殆ど発達障害の事を知りませんでした。とても勉強になりますが、番組を見ていて私はいつもこう思ってしまうのです。
「それって私の周りにも似たようなケースがあるなぁ」とか「結局子育てってとても難しくて親の心配は尽きないものなんじゃないのかなぁ」
とかです。
結局言いたいのは、障害があってもなくても親と子の関係や夫婦のあり方、家族の関係はそう変わらないんじゃないかなということです。
私自身も夫との関係、仲良くなったりものすごーく喧嘩してみたり。子供にも怒ったり叱ったり、でも誰よりも一番かわいく愛しくみえたり・・・毎日が切磋琢磨です。
番組に出演している方々にも解って頂きたいです。「うちも同じようなものだよ」と。そうしたら、「そうじゃない、きっと違う」と言うのでしょうか。解りません。
ただ私も知らないと知ってるとでは大違いですからテレビを見て良かったです。
なんだか支離滅裂になってしまいごめんなさい。自分の気持ちをそのまま書こうとすると尊敬語とか色々使いたくないのです。失礼がありましたらお許しください。
私事ですが、最近石田さんの本を読み始めました。ここで感想を書いてはいけないのでしょうね。一言、「お仕事がんばってください!!」
発達障害(ADHD+アスペルガー)の中2の男子の母です。
いつも石田さんのあたたかいコメント、真摯な態度に支えられている一人です。
石田さんや世間の方がおっしゃる
『障害があってもなくても親と子の関係や夫婦のあり方、家族の関係は変わらない』
まさしくその通りです。
ただ、
発達障害のことも知らず(理解しようとせず)、いい加減な子育てをしている方(石田さんのことではなく、たまにいるんです)に 「お宅は過保護」 とか、「子育ての苦労はどこも一緒」 などと言う方に出会うと、反感を覚えてしまうことがあります。
障害児がいる家庭と、いない家庭での違いがあるとすれば、手抜きができるかできないか、ということじゃないでしょうか。
ここでの手抜きとは、=怠慢、お気楽・・・という意味ではありません。
発達障害においては、自然に任せておけることや自然発達することが極端に少ないので、指示や教えが日常的に必要な場合が多く、それが何十年も続く・・・ということです。
私の知り合いで、3人の子 (長女;定型発達、 長男;軽度発達障害、 次男;重度自閉症)のお母さんがいます。
曰く、真ん中の軽度の子が一番、育てにくくて大変だと言ってました。
『親がなくとも子は育つ。』
『子は親の背中を見て育つ』
という言葉があり、実際も成り立つことが多い。
でも、発達障害の場合、親の背中を見て成長していく・・・ということができにくい。
異性との付き合い方や、人との距離感とか、暗黙のルール、性についてまでもが、具体的な指導が必要であったりするんです。
重度の場合においては、それなりの環境(専門の学校や世間の認知など)も整ってきているので、学校に行ってる間は、心配も問題もあまりないと言ってました。
しかし軽度は、通常の学校に行ってるので、一番誤解も偏見も多く(学校の先生や身内さえ)、支援もほとんどないので、1日中朝から晩まで親がサポートしなければならない。
理解のないひどい先生に当たると、毎日家に苦情の電話がきたり、付き添いを求められたり。。。
障害特性含め、すべてのことについて共通理解のため、何十回も話し合いが必要になります。
定型発達であっても子の心配がつきないのは同じですが、心配や支援の質が、それぞれ違うってことでしょうね。
私は、発達障害の疑いがある32歳の独身女性です。
私は、同年代の友達が余り居なくて、いつも家族と殆んど一緒です。京都府内の通信制高校を4年前に卒業してからは、ずっと家事手伝いの毎日です。ボーイフレンドも皆結婚してしまって、毎日が何か物足りなさを感じます。負担と重荷になるような私が居たら、家族にとって辛い生活になると思っています。早くこの病気を解ってくれる相手と幸せになりたいです。
成人の発達障害を診断・治療出来る病院をもっと沢山増やして欲しいのが願いです。発達障害は、見えない病気なので、解ってくれる企業も増えて欲しい。
こんにちは。
私は去年、3月16日放送のひきこもり特集
『福祉ネットワーク』
で、取材を受け、ちょっとだけ出た者です。
今でも覚えていらっしゃるでしょうか。
「一人ひとり違っている」
これって人生の醍醐味だと思います。
国や人種、地域、風土、歴史、文化・・・。
全く同じものって、ひとつも無いと思うんです。
それと一緒で、人間だって全員違う。
“個性”。
そうひとくくりにしてしまうには惜しいほどです。
皆同じなんてつまらない。
ちょっと人より違うほうが、断然面白い。
「右へならえ」なんてナンセンス。
四方八方、好きな方向へ行こう!!
日本が、国民が、それを認めることが出来る、
広いよのなかになればいいですね!!
そしたら差別なんか無くなって、
不条理な理由で孤立することも無くなる。
私自身、色んな人から
「変わってるね」と言われます。
でも、幸い私の周りの人は理解ある人たち
なので、褒め言葉と感じています。
「変わってるね」
この一言が、誰にとっても褒め言葉になる日が
来るといいなあ、と一人勝手に思っています。